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武器っちょ

誰が何と言おうとオレは菓子職人志望です!

作者: 霜水無

「薬と毒は紙一重だよね?」の続編になります。

前作を読んだ方が話がよりお楽しみ頂けるかもしれません。

「---不味い。もう一回」

「ふぐっ」


王都にある小さな菓子店で今日も師匠の切り捨てる声とオレの呻き声が響いた。


やり直しを命じたのは、五年程前に魔王討伐の為に神子として異世界から召還された女性でオレの師匠。

そんな彼女は小さな菓子店とは言え、今や一国一城の主だ。

異世界の菓子を扱う、物珍しさと美味しさで評判な菓子店である。


そんな菓子店の店主である師匠は当然忙しい。だと言うのに何人かいる従業員の中でも一番の新人であるオレ教育に師匠が直々に当たってくれているのには理由がある。


分量も、作業工程も、他の先輩の菓子職人に一からきちんと教えてもらった。だけど、オレが作ると何故か見た目は普通なのに恐ろしく不味く仕上がる。何回作っても、誰に教わってもそうなので、師匠が直々にオレの作業工程を確認する様になったのだ。

しかし師匠の目の前できちんと作っても、見た目こそ向上すれどやはりその味は変わらず終い。自分で食べてもとことん不味い。何故だ?


一度だけ奇跡的に「美味しい」と言われたが、直後にその菓子が原因としか思えない食中毒をにも似た症状が師匠と先輩達を襲った。

師匠の知り合いの僧侶の姉さんに回復魔術を掛けてもらってどうにか復活した師匠が「毒物菓子だけは美味しく作れるかもしれない」という推測を呟いていた。そんな事は無いと思いたい。切実に。でもこれに関しては色々と問題大有りなので確認が取れていない。


就職して早一年経つが、どれだけ教育してもらっても美味くなる事は無く。

結果、仕事としてオレがマトモに出来るのは品出しと接客のみである。




「ここまでくると一種異才だねぇ」

「うぅぅ…。オレだって、オレだって師匠達が作る様な異世界のお菓子が作りたくて就職したのにっ」

「よし、分かった。君には別の技術を継がせる!」


作り直した菓子を一口かじった師匠が溜息混じりに、それでいて酷く感心した様な声で言うが、どれだけ努力してもどうにも出来ない。

師匠もそれを分かっているのだろう。それ故の宣言。


それは師匠が遂にオレに対する正規の従業員教育に匙を投げた瞬間だった。







それからの三ヶ月はこれまでと違ったレシピを師匠直々に叩き込まれた。

何でも師匠が魔王を討伐した秘密兵器とも言えるパイのレシピで、まだ他の先輩達も習っていない一品との事。

それが嬉しくてがむしゃらに修行した。


教えられた師匠のパイの味は凄まじかった。酷いと病院代わりに僧侶の所へ行く羽目になった位だ。オレの作る菓子以上にとんでもない。

そんな菓子しか作れない自分に何だか物悲しさを覚えたのは秘密だ。


同時進行で創造魔法の修行も積まされた。いつでも毒物菓子を出現させられる様になる為だ。


オレだけの修行。筋が良いと初めて師匠に褒められた。

だけど。




「オレ、菓子職人になりに就職したのにどうしてこんな事になってるんだ、師匠ー!」




思わずそう叫んだのは不可抗力だと思う。うん。


今でも町の周辺に出現するモンスターの討伐が必要なのは分かる。

その討伐に当たっている主力パーティーは、師匠が魔王討伐に出た時の勇者、武闘家、魔法使い、僧侶、盗賊といった面々。


一日限定とは言え、その中にいきなり放り込むなんて師匠は酷すぎる!

有名過ぎる面々に囲まれて、初討伐。うお、マジで緊張する。


「あら、神子が貴方の事を将来有望株って言ってたわよ?」

「えっ、師匠が!?」

「えぇ。菓子職人としては壊滅的だけど、武器としての菓子作りに関しては天才だって」

「のーんっっ!!!」


僧侶の美人さんが笑顔で言ってくれたけど、それって全くフォローになってないし! オレ、師匠や先輩達みたいな菓子職人になりたかったのに。

師匠、武器なんて上手く扱えないオレですが、毒物菓子だけで本当に生きて帰れるんでしょうか(泣)


「大丈夫だろ。神子のパイの威力は間違い無い」

「…本当っスかー?」

「いきなり異世界から連れてこられたまともに戦った事も無い女の子がそれで生き延びて、魔王まで討伐してるんだぞ。武器として実力はお墨付きだろうが」


盗賊の兄さんが笑顔で言ってくれた言葉に、ぐっと拳を握る。

そうだ。この三ヶ月、オレは師匠直々に一からその毒物菓子の技術を色々叩き込まれたじゃないか。


「オレ、師匠の名に恥じない働きをしまっす!」

「おー、頑張れー」

「頑張ってね」

「「「………」」」


気分を新たに宣言すると、盗賊の兄さんと僧侶の姉さんが拍手してくれた。他の三人には目を軽く反らされたけど、何でだ?







「援護はしてやるからやれるだけやってみろ」


森の奥の方へと入り込んだ所で盗賊の兄さんがそんな事を言った。

オレの出来る事は、師匠に叩き込まれた毒物菓子だけなんだけど。


取り敢えずパイをいくつか創り出し、そっと大樹の根本に置いてみる。そのままパーティーの面々の元へと戻ると、変な沈黙が三秒程流れた。


「…罠ね。それも随分と原始的な」

「神子は自分から食わせに行ってたよな。まぁ、あれは半ばヤケクソだったけど」


僧侶の姉さんと盗賊の兄さんのそんな声は聞こえなーい!


そして、待つ事暫し。

鼻をヒクつかせながらイノシシの様なモンスターが出現した。


「うっそ、あれ有効なの?」

「来ちまったなー」


お気楽な二人とは対象的に、他の三人はそれぞれいつでも戦える様に構えている。

そんなオレ達の目の前で、モンスターがおもむろにパイに近付き、匂いをしっかり確認してから食べた。


「「食べた!」」

「…あれ?」


もっしもっしと噛みしめるモンスターに苦しむ兆候は見られない。

それ所か、二つ目を食べ始めている。


「ちょっと。美味しそうに食べてるんだけど」

「マジかよ。武器パイじゃないのか?」


二人が言う様に、あれちゃんと毒物菓子として創ったはずなんだけどな。あれあれ??

思い掛けない事態に焦っていると、最後の一個を食べたモンスターが満足そうな表情をしたままぶっ倒れた。


先に食べてたのは、草ジャム入りのアップルパイ。最後に食べたのは毒入りのクリームチーズパイ。


「……………あれ、もしかして師匠の推測大当たりなの?」


毒物菓子なら美味しく創ってるの? オレって。

ボソリと呟くと、パーティーの面々が物凄く微妙な表情でオレを見てきた。




それから色々試しているうちに、推測が実績を伴って目の前に突き付けられる事になった。


更には囮として普通の菓子を創り出せば、こっちはやっぱり不味いのかモンスターが昏倒する。そんなに不味いの!? と思わずツッコむオレを余所に、そこをパーティーの面々が倒した。


オレ、どんだけ菓子作りの才能が無いの? マジで凹むわー。


「成程。神子の見る目は確かだったわね」

「こりゃまた無駄なのに有効な才能だな」

「無駄って言わないでっ。オレの精神的ライフポイントはもうゼロよっっ」


悪気は全くないのに、どこまでも残酷な僧侶の姉さんと盗賊の兄さん。この二人にここまで言われるだけの成果を出しているオレが反論出来るはずもなく、こうなる事を予想していたであろう師匠を恨んだ。


思わず涙していると、今まで全く話した事もない勇者の兄さんにポンポンと労る様に肩を軽く叩かれた。

更には武闘家と魔法使いの兄さんには「強く生きろ」とまで言われてしまった。この人達、良い人だ!

もしかしてさっき目を反らしたのは、こうなる事を分かってたんじゃ無かろうか?




そんなこんなで一日参加の討伐は上々の成果を上げた。

王都に戻り、店にいる師匠の元に全員で報告に行くと、店の状況に応じてオレの貸し出しが勝手に交渉されていた。


「次は、能力上昇の修行に入りましょうか」


にっこり笑った師匠。

だけど、毒物菓子に創作菓子の能力上昇ってどうやって?







後日、店の休みの日に師匠も加わったパーティーで向かったのは、何と魔王城だった。

魔王討伐後に、魔法使いの兄さんが魔王城への転移魔法陣を作成したらしい事はどうでもいい余談。


目の前の立派な城にポカンと口を開けて呆気に取られていると、師匠に引っ張られて中に入った。


我が物顔で進んで行く師匠に、当然人型のモンスターが次々と出現する。

「さあ、修行よ。張り切っていきましょう」

「へ?」

「彼等なら喋れるから感想を聞かせてくれるでしょ。それをしっかり生かしなさい」

「は、はいー!」


有無を言わせない師匠に、取り敢えず菓子折りとしてきちんと箱に入れて菓子を幾つか創り出し、向かって来た魔族に挨拶しつつ差し出してみる。


「つ、つまらない物ですが?」

「…ご、ご丁寧に?」


困惑しつつもきちんと受け取ってくれる当たり、モンスターと言えど人が良いのかもしれない。


「それを食べてみてもらえません?」


師匠が鉄壁の営業スマイルでそう声を掛けると、周りにいたモンスター達が素直に菓子に手を伸ばした。…素直に食べちゃうんだ。


微妙な罪悪感を感じていると、普通の菓子を食べた面々は「ぶふぅ!」っと噴き出し、毒物菓子(今回は毒入りのクリームチーズパイじゃなくて草ジャム入りのアップルパイ)を食べた面々は「う、美味い!」との感想をくれる。……物凄く複雑だ。


「これって凄い光景よねー」

「だよなー。真相を知ってるオレ達でもびっくりだって」

「それよりも勇者パーティーに貰った菓子をモンスターが普通に食うな」

「…オレ達がいる意味あるのか?」

「言うな。オレに至っては単なる交通手段の扱いだ」


………何て言うか、ウチの師匠がスミマセン。




師匠曰くの修行をしながら徐々に上へと進んでいく。


モンスターによっては食感や甘さ、風味の意見をくれたので、それを取り入れていくとまるで評論家の様な感想が出てくる様になった。

何故か普通に食べられる菓子の方が師匠の武器パイ並に凶悪な威力を発揮する様になっていったけど(泣)


そんなこんなでやって来たのは最上階。飛び抜けて立派な扉の前に辿り着いた。


「よし、目的地到着」

「え。ここって魔王の居室っスよね!?」

「そうね。あ、さっきみたいな菓子折り出してくれる」


魔王の居室を目的地と言い、さっさと進もうとする師匠って。

そんでもって何で誰も止めないんだろう。武力での主力の三人は遠い目をしてるし。


「たのもー!」


オレの疑問を余所に、オレの創り出した菓子折り片手に師匠は本当に突入して行った。


「お、お前は…っ!」

「お久しぶりと言っておくわ」


中にいた魔王は偉そうに王座に座っていたが、師匠を見た途端に滑り落ちる。凄い動揺っぷりだった。

そんな魔王に師匠はにこやかに挨拶している。


「私の弟子がそれは美味しいお菓子を創れる様になったのよ。是非とも魔王に食べて欲しくて来ちゃった」

「んな……っっ?!」


師匠の言葉に、魔王の顔から一斉に血の気が引いていく。そんな魔王に師匠は菓子折りから菓子を取り出して迫っていた。

この光景って。


「師匠と魔王の立場が逆転して見える…」


思わず呟いたオレは悪くない。


師匠に手ずからオレの普通菓子を食わされて悶絶し、毒物菓子に幸せそうな表情をしてから悶絶し、「これ以上は勘弁してくれっ!」と拒否すれば笑顔の師匠自らが創り出した毒物菓子を目の前に突き付けられて顔色が土気色に変化する魔王。超シュールじゃね?


「アンタがキチンとモンスターを統括してないから今でも色々問題起こってるんでしょうがっ。さっさと統括なさい!」

「も、申し訳ございませんっ!」

「ほら、ついでに弟子の為にきっちり完食して感想寄越しなさい!!」

「ぎょええぇぇー!!」


あれ、魔王ってこんなに弱いの? オレの目がおかしいの??

思わず目をゴシゴシ擦るが、目の前の光景は変わらない。さっきの武闘家の兄さんの呟きは最もだった。


「…………取り敢えず、魔王サン頑張れー」


何だか魔王が可哀想になり、思わず応援してしまった。







因みにこの師匠の拷問ちょうきょうのお陰なのか、一月が過ぎる頃にはモンスター達が少しずつ大人しくなり始めた。師匠凄い。




「不味い! やり直し!!」


今日も王都にある店に、オレの作った菓子をかじった師匠のそんな声が響く。


オレは勇者の兄さん達のパーティーに時々混ざりつつ、目下一人前の菓子職人を目指して修行中である。

最近は簡単なクッキーだけは「普通に食べられる」との評価を得られる様になった。でも、相変わらず師匠のこの声が決して消える事は無い。


そんなオレの頭痛の種は、菓子職人の格好をした冒険者としての知名度の方が上がってきている事だ。


それでもオレは主張する。オレは冒険者じゃなく菓子職人志望だ! と。

その後、弟子の創る草ジャム入りのパイが珍土産として極稀に王都にある冒険者組合の窓口で販売される様になったとか、ならないとか(笑)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 苦労性になってしまった魔王様、素直に食べるお城詰めのモンスター、異文化交流の曙ですね。 [一言] 楽しませていただきました。ありがとうございます。なんか変な力が肩にありましたが、読んでたら…
[良い点] 続編(というよりは同じ舞台での別の物語)としての出来は素晴らしいと思います。 小説でも漫画でもアニメでも映画でも、続編は駄作になりがちですが、これはいい。 [気になる点] 前作の薬と毒を…
[一言] できればこのお話をもう少しだけ読みたいです!
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