始まりの街ーアカプルコー【3】
「いやーははは。大丈夫。すごく驚いただけ。」
恥ずかしさから強がるジソウ。ポリポリと頬を掻いていた。
大丈夫でしたら。と安心する女性――というよりは見た感じでは女の子といったほうが良いだろうか。
そこに、相良が駆け寄ってきた。
「おい。まったく、宗二、じゃなくてジソウ。何をやっているんだお前は。街中の建物に入る場合は表示が出るまで待つと……。」
いうのを知らんのかと、続けようとしたが、彼は自分の発した言葉でビクッと震える女の子を目の端に捉えてしまい、バツの悪そうな顔をした。
しかしわざとではないし悪気も無かったのだがそれも仕方ない。相良は己の体の大きさと声の低さのおかげで結構な威圧感がでることを理解していた。それをもって、意図はせずとも自分より明らかに年が下にみえる女の子、それもアバターとはいえとびっきりに可愛い子を怯えさせてしまったのだ。
「あ、お友達さんですか?」
一方で、なにもなく怯えるような態度を取ってしまった事を恥じられる程に聡かった彼女はすぐに表情を改めると、花の咲くような笑顔でそう聞いてきた。
そして、その機微をなんとなく悟る事ができた男二人は年下の彼女を素直に尊敬した。
……と、ここで黙っているのは失礼だと気付き、その通りだと相良は頷く。
「リアルで友人付き合いしている。俺は相良。コイツはジソウだ。」
「あ、私は橘理満花です。高2です。アバターはリミカ……ってそのままですね。」
簡潔だが、相良のそれが自己紹介だと気がついた女の子、リミカは咄嗟にそう応える。
しかし、その応えに、相良が言えたものではないが、少し厳しい顔をした。
「リミカさん。そう簡単にリアルの個人情報は言うものじゃない。女の子だとリアルばれしては問題も多いだろう。今のは、俺たちは聞かなかった事にする。」
あっ、と気付いたようだ。そして、リミカは少し困った顔をしたが、すぐに肯いて、忠告を真摯に受け止めた。
「相良さんが良い人でよかったです。」
そして、不意打ちに、感謝を込めた綺麗な、真っ直ぐの笑顔を向けてきたリミカに相良はドキリとしてしまう。さっと彼女から顔を背けると、俺は違う俺は違うと呪文のように呟きだした。
何時も冷静で、普段女より剣術を極める事を気にしている硬派な相良の、そんな姿が珍しかったので、ジソウは噴き出すのを我慢するのが大変だった。
「そ、それでリミカちゃん、君は一人なの?」
我慢に成功したジソウは、不思議そうな顔をするリミカを見て、また、その背後に視線をめぐらしたが結果それらしい人影は見当たらなかった。
「そうなんです。って、言いますか、お二人のように知り合いが居る事自体が珍しいんですよ?」
それもそうかと思い至るジソウ。ハイローズの抽選倍率はとんでもない事になっていたのだから、仲の良いもの同士でプレイできるなんて方がめったにないものである。
一時期、周囲に当選したことを自慢していた者に、落選したことを逆恨みした者が襲い掛かるなんていう事件が発生していたくらいだ。
「ならさ、これも何かの縁だし、一緒に行動するかい?」
一人ならばこれ幸いといわんばかりに、リミカに誘いを出すジソウ。決してナンパではない。もっとも、相良がもっと楽しい事になれば良いという考えが本命としてあったが。
そして実際に、その誘い文句を聞いてリミカより相良のほうが驚いていたのだから、これまた噴出しそうになってしまった。
「ええっ! いいんですか? 私、足手まといになりそうなんですけども。」
そう言って、ちらりと相良の反応を窺うリミカ。別に他意はなく、ジソウだけの決定でこの二人の仲に入って良いのかの是非を問うような目線だった。
そんな彼女にジソウは、とりあえずこの子は天然だなと安心した。
「お、俺は別に構わん。」
「本当ですかっ!」
相良がそういうと無邪気な笑顔になるリミカ。やはりゲームとはいえここまで表現されているのだ。この年頃の女の子が一人では心細かったのだろう。
それに、確かに最初リミカは、相良を体がでかくてちょっと怖そうだなどと思ったが、今では既に、なんだか可愛い人だと感じているぐらいで、ジソウのことはギルドに突っ込む奇行を見ていることもあり変な人だという印象が強いが、雰囲気が意外としっかりしてそうだったので大丈夫だと感じていた、ということもある。結構にリミカは直感に頼る女の子であった。
――という訳で、めでたくリミカはジソウと愉快な仲間たちの、一員となったのである。
「さてさて、そこ行く君たち。ここはアーツマテリアルの販売店だよー。」
無事に旅団登録を行い、NPAの受付嬢から旅団証とアーツ盤を受け取ると、餞別として1000Hを貰った。そして現在、ジソウ一行は、旅団建物内にあるアーツ販売店の前に居た。
「よし、よく来た。いらっしゃい。おやおや、どうやら冒険者のひよっ子たちだね。」
アーツの販売人は黒豹の獣人のようだ。黒豹本来の獰猛さは全く感じられず、むしろピンと伸びた長い髭と鼻をヒクヒクさせたかと思うと、ニッコリと笑う姿は、なかなかに気さくな人物を感じさせる。
どちらかというと、彼のつやつやな毛並みを触るのを堪えているリミカの目の方が怖いかもしれない。
「そうです。えーと、アーツは6個までなら無料で選んで良いんですよね?」
「ああそうだよ。ほれ、このリストから選ぶと良い。リストの中で黒くなっているアーツマテリアルは特典では選択できないが、欲しいならお金を貯めて購入してくれよな。何か質問はあるかい?」
「そうですね。ですと、何か良い組み合わせとかありますか?」
そうですねと思案した後、思いつきでそう聞いてみるリミカ。
なかなか上手い事を聞くじゃないかと、にやりとする黒豹販売員。
「良い組み合わせか。どんな冒険者になりたいとかお譲ちゃんは決めていたりするかい?」
「仲間ができたこともありますし、どちらかといえば、アイテムを使ったり、補助魔法とかで支援できたりしたら良いなと思います。」
「ほー。君は良い子だねぇ。よっしゃ、そんな優しくて可愛い子には良いことを教えてあげよう。」
「か、かわいいだなんてっ。やめてくださいよぅ。」
リミカの人柄を気に入った彼は、自らの人工知能の記憶野を検索し、ルールに引っかからない程度の助言をしようと決める。しかし、それは表には出さずに、あくまでもからかい半分で返した。
からかいを受けたリミカは顔をさっと赤らめ本当に恥ずかしそうにしている。
「ふむ。アイテムで補助を考えるなら職業で付術職人を選ぶのは面白いかもしれないね。アーツは彫刻と絵描きと器用強化を一緒のラインで組んでると楽しい事が起きる。後、普通に有用なアイテムを作るとすると、錬金術師か彫金師などかな。その場合は実験と調整の組合せが良い。で、補助魔法を使いたいならば、無難に補助魔法のアーツと補助強化、支援強化を組合せるのがいいか。」
「わ、わ、わ。なんだかいっぱいですね。うーん悩んじゃうなぁ。」
突然の情報の嵐にリミカの頭がパンクしそうになるが、その中から気になったものを取り出す。ちなみに、補助魔法のくだりを除く先の組合せは掲示板で出ていないものだったりする。
「彫金ってアクセサリーとかを作る生産職ですよね?」
「そうだよ。」
「……うん。実は私、生産職選びで彫金採ろうかと思ってたので、決めました。丁度良かったです。」
「ほほう、彫金か。なら次でアドバイスは最後だ。基本中の基本だが、アーツの熟練度を上手くあげたい場合はなんであっても意識して自分の手で行う事だよ。よく覚えておくように。」
「はい。分かりました。親切にありがとうございます!」
現段階では貴重すぎる情報を貰ったリミカは販売員に丁寧に感謝を述べた後、一息つくとリストへ視線を送った。
だが、ふと、そういえばさっきからずっと後ろから声がしない事に気がついた彼女はどうしたのかと振り返ってみた。
そこには、リストが表示されたと同時に熱心にそれを見始めた二人の姿があり、その熱心なさまを見ていると、なんだか自分がお姉さんになった気がしたが、それは内緒だ。
「……はい。決定っ!」
「俺も大丈夫だ。」
「私も……はい、おっけーです。」
三人はそれぞれ欲しいアーツマテリアルを選択し、決定し終わる。それらはアイテムストレージのアーツ欄へと収納された。
「ふむ。いいかい、ひよっ子達。アーツマテリアルはきちんとアーツ盤に装着しろよ。持ってるだけじゃあ意味は無いからな。アーツは奥が深い。たくさん買って、たくさん試すように!」
「って、お兄さん。それってただの宣伝じゃん。」
「ははっ。当たり前だろう。これで私は飯を食べているんだ。じゃんじゃん買ってじゃんじゃんお金を落としていってくれよな!」
「良い根性してるなぁ。」
いい事を言うのかと思いきや、お店の宣伝だったようだ。従来のゲームでは考えられない程、人間味を持っている。
「はっはっはっ。そうだ、いい反応をしてくれる君たちに一つお願い事をしても良いかな?」
「願い、か?」
「ええ。もし、フィールドでもダンジョンでも何でも良いんだけれど、さっきのリストに載っていないアーツマテリアルを見つけたら持ってきて欲しいんだよ。」
「リストに無いアーツですか?」
「そう。もし持ってきてくれたら御礼はするよ。期限もとくには設けない。気が向いたら来てくれ。」
――ピロン。『アーツの探求者』のクエストが発生しました。
おお、何かデジャヴ? ジソウはそう感じたが、とりあえず気にしない事にしてメニューを開いてみる。
「あ、店員さん、ちょっとごめん。待ってくれい。」
いきなりほったらかしはいけないと思い、そう言ってからジソウはメニューのクエスト欄に『アーツの探求者』が出ているのを見つけたので、そこを開いてみる。相良とリミカも同じくクエストを見つけていて開いていた。
書かれている内容は彼、コリンク(という名前らしい。クエスト製作者に名前があった)が先ほど言っていた内容そのままである。
「二人とも、いちおーだけど、どうする?」
「まあ、指定もないんだ。これくらいならお安い御用だろう。リミカさんもそれで良いよな?」
「あ、相良さん。リミカで良いですよ。はい、私も受けても良いと思います。」
「ですって。じゃあ、お願いされますよっと。」
二人の賛同を得たジソウはクエスト受注ボタンを押し、また、クエストを受ける事を口頭でも伝えた。すると、メニューのクエスト名の横に受注中とマークがついたのを確認できた。
「すまないありがとう。いやはや、時間取らせて悪かったね。では吉報待っているよ。」
ニコニコ嬉しそうな顔をするコリンクの言葉に、それではと店を後にする三人。
とはいっても、クエストも大事ではあったが、まずはアーツの装着がしたい。そんな彼らは旅団玄関に設置されている長椅子に腰を下ろした。