準備は完了?
遅くなりました。どぞー
魔術師の作り上げた電脳世界は、広大なネットワークによって各電脳空間同士をつなげることで常時更新維持され、日々広がっていく。
まるで宇宙の如き際限の無さである。
三次元で作りこまれた電脳空間に、現在市販されているプログラムソフトを基にすればディティールの設定だけで容易に自分の空間を作ることが出来る。
いわゆるホームの開設だ。
最近、ようやく一般用に流通し始めた『ゴーグル』にはプログラムが既にインストールされている。
未設定の空間とアバターがご主人様の登場を今か今かと待ち構えているのだ。
そして、魔術師たち発明の最大の売りが、この電脳世界への意識投影――通称『ダイブ』である。まさに数歩先を行く圧巻の技術であった。
電極を介在した脳波を読み取り、脳直接に空間情報を送る。そして空間を三次元で擬似的に体感させることを可能とした。
また、電脳世界での動作が現実に適用されないように電気信号は回収され、それと平行してある程度の姿勢維持の補助が行われる。
世界各国、幾百人の優秀なプログラマー・ハッカー・クラッカーが魔術師の開発した技術を己のものにせんがため、ブラックボックス化された機工に挑んでいったが、悉く挫折している。
閑話休題。
VRステーションの電脳空間での登録はベンチに座っていた事もあり、速やかにダイブを行い、支部ホームへ到達した。
電脳空間はある程度自由に拡張や設備の用意が可能で、受付の係りとなるNPAにルーチンをインストールし、場を整えればあら不思議、窓口200個は完成する。
そのおかげで、立位ダイブを決行した者とも大して後れを取らず、滞ることなく登録ができた。
初めから電脳空間で受付したほうが良かったのではという声も聞こえてくるものだが、公式ホームページ上にて注意喚起をしていれば、当日このように殺到する事は無いだろうとしたのは考えが甘かったのか。
まあ、一番の理由としては受付が実際に対応して署名してもらうことが最適であったことが関係する。この『ハイローズ』が今後のVRのさらなる発展を目指した、データを集めるための臨床実験を兼ねているのだから契約はしっかりと行わなければならないのだ。しかし、何にしても、プレイヤーとなる彼らはそのお題目の元集まったのだから、今更と考えるのが大半だろう。
それを現在、一つの巨大な電脳空間に200人ものアバターが静かに、だがどこかそわそわしながら座って説明を受けているという光景が彼らの「はやくやらせろっ!」という気持ちを表している。おそらく契約文面は流し読みだ。
申し合わせたようなタイミングでログアウトし、ゴーグルを脱いだ二人は並んでいる人たちを尻目に、登録が完了したことをVRステーション入り口の職員に話す。そして、二人は誘導に従い列に並んだ。受付にて最終確認を受けるようだ。
宗二の順番がくると、首に下げているドックタグを受付の女性に手渡す。女性は機械にタグをかざすと宗二へと返した。
「はい、ゴーグルのIDにて確認が取れました。坂之下宗二様ですね。この度は『ハイローズ』のご購入ありがとうございます。各登録は終了しています。そのため、こちらでは証明書の発行を行います。」
カタカタと半透明な空中モニターに受付の女性が何かを打ち込む。するとゴーグルからピロンッと軽快な音が鳴った。何かが届いたようだ。
「ご確認ください。」
そういわれた宗二は再びタグを手に取り、縁を長押しして起動させる。すると、受付にあったような半透明のモニターが空中に現れた。ゴーグルの付属品で連動しており、外部の操作端末の一種である。音声認識機能と手で触れて操作する機能の二種類が備わっている。
「大丈夫です。証明書確認できました。」
「ありがとうございます。そちらに表示されている文字列ですが、『ハイローズ』での登録番号ですので無闇に他人へ見せないようお願いします。また、下4桁の数字はダイブカプセル番号になりまして、ゲートを潜った先の部屋番号と照らし合わせください。」
宗二は手元のモニターの証明書に表示されている数字を見た。下4桁は0120となっていた。おそらく一号室のどこかに当たるのだろう。
「場所決まってるんですね。」
「はい。中がとても広いので、自由にしてしまうと毎回お悩みになる方がでると想定されたので。」
「なるほど。」
「ふふ。実は、発行順で決まっていますので、出入り口に近い部屋から決まっていきます。早い者勝ちですね。」
内緒ですよといった風に微笑む彼女に内心、少しドキリとしつつも、宗二は曖昧な笑みを返した。そして、受付を離れると、先にゲートで待っていた相良の下へ向かう。
二人は合流すると番号を元に部屋を見つけ(通路出てすぐ目の前だったが)、自分のダイブカプセルの前に着いた。
「分かってはいたが、部屋、つーか、カプセルは隣同士だなー。」
「ああ、番号が20と21だからな。」
連番だったので、当然の結果だった。受付の彼女の言う事を疑っていたわけではないが、まんまである。
「よっしゃ、いいじゃん。気にすんな。」
「気にはしていない。」
「おう。じゃ、待望のVRの世界へれっつらゴーと行こうじゃないか!」
「古臭いな。そのネタ。」
「うっせ、うっせ! 俺、一番のりー」
「番号からしたら――」
「そこからは言わない約束だぜ!」
宗二と相良はやいのやいのとやり取りをしながら、カプセルの蓋を開け、取り扱い説明に従いセッティングを行い、目を閉じ、手元の起動ボタンを押すと意識を手放した。
次からはようやくVR!