VRステーション前
お気に入りって嬉しいものですね。
創作意欲がわきます。
しかし、まだ現実世界。
宗二はVRステーションの前に予定時間の10分前に着いていた。
常日頃、宗二は十分前行動を心がけているのだから当たり前だ。……というのは嘘で、むしろ、少し時間にはルーズな方である。
単に、もうすぐプレイできるハイローズの期待がための偶々である。
しかし宗二は明らかに後発組だ。開店前のVR ステーション前にいる人々の熱気、というより我先にという執念は最前列の人々の足元にある寝袋を見れば推し測れるだろう。
まるで年始の福袋商戦に乗っかった人々、はたまた某祭典の行列のようである。
そして、やはりと云うかこの手の祭り事に見かける存在、ローカルテレビの取材などマスコミだ。この手のネタは飛びつくものであるのだ。
彼らは水を得た魚のように、スーツ姿の女性アナウンサーとそのあとを追うカメラマンが開店前行列にアタックをかけていた。
宗二は当選者なのだからここまで並ぶのなら少々遅くなっても良いから外れて待つかとか、テレビに映るの嫌だなだとか消極的なことを考えていたので、並ぶ事はせずに、遠巻きに見る野次馬に徹していた。
それに何やら最前列の方で「辞めて!」や「そんなこと言うなよ!」など喧嘩のようなやり取りが聞こえる。あともう少しなんだから慌てんなよと、この喧騒にちょっとげんなりする宗二だった。
当然、騒動にアナウンサーとカメラマンが向かったのが見えた。
「おっす。宗二。」
少しの間ふらふらと視線を巡らせていた宗二に渋く太い声が後ろから降ってきた。
「お、相良。来たか。」
「待たせたか?」
「ううん、私も今来たとこ。」
「やめろ、気持ち悪い。」
「わはは。すまん。」
宗二が振り返るとそこには、開いているのかいないのか分かりづらい程細い目をした長身の男、相良が立っていた。
二人は適当に軽口を交わすとVRステーションの正面にあるコンビニエンスストア前のベンチに腰を下ろす。
「飲むか?」
そういって、宗二は手に持っていたコンビニ袋から缶コーヒーを相良に手渡す。
「あぁ、すまないな。……本当にこういうところは気が利くなお前は。」
苦笑をこぼす相良。
だろう? とでも云うかのようにニヤリと笑う宗二。
そして、二人で仲良く手にした缶コーヒーを口に運ぶと一息吐く。
「時間だな。」
「そうだな。」
腕時計に目をやると短針は10時を指していた。
当選者のほとんどが来ているのではと考えてしまうほど長い列だ。
職員の誘導でようやっと動き出したようだが、贔屓目にみても非常にゆったりとした動きだ。進んでいる気がしない。
だが、それもそうだ。カウンターで受付をして契約書・誓約書の確認や各種登録を行わなくてはいけないのだから大量の人間が殺到しても混雑するだけなのだ。ハイローズのホームページでもその事は掲載されていた。
だからだろうか、気長で従順な日本人気質を持つような者やよく訓練された特殊なとある一部の人種を除いて、待つことに慣れない現代に生きる人々は恥をさらすように早くしろなどと叫んでいたりする。
喧騒が広がる際、突如スピーカーからキーンと嫌な音が辺りに響き渡った。
『あーあー、マイクのテスト中。あー、マイクのテスト』
突然の音に離れた位置にいる宗二達すらもビクッと体が強張った。スピーカー下にいた彼らはもっと大変だっただろう。この音が苦手な何人かはしゃがみこんでいた。
だが、未だざわついてはいるものの静かにすることは出来たようだ。
『……はいはい、失礼します。えー、みなさんおはようございます。この度は、朝早くにお並び頂きましてありがとうございます。』
チーフ何してるんですか!と後ろから聞こえた気がするが放送は続いた。
『いいからいいから。と、すみませんこちらの話です。えーみなさん、公式サイトは見ていただいたと思いますが、まさかそれでもこれほど混雑するとは、ちょっと私は甘く見ていました。』
優しそうな声音が毒を混ぜながら話す。
『そこで、本来は現実での署名が最適なのですが、緊急的な対応処置として、現実の受付と平行して電脳空間での受付も行いたいと思います。手数おかけしますが、こちらの支部のホームまでいらしてください。そちらでの案内に従い受付を済ませてもらいます。ただ、契約完了証明書の発行やキャラクターエディットは別枠です。』
云うが早いか、後列の何人は早速ゴーグルを起動させ、電脳空間へダイブしはじめた。その勢いたるや立ったままダイブするほどだ。整列させていた職員はその光景に慌てて、未だ迷っている人に注意を促している。
『と、みなさま、危険ですので、立ちながらの起動は……遅かったようですね。とりあえず、お知らせは以上です。何かありましたら、近くの職員にお願いします。失礼しました』
ブツッと音がしたと思うと、どうやら放送が切れたようで途端に静かになる。しかし、それも一瞬のことで、すぐさま職員の誘導を促す声が聞こえてくる。後列の人間は座って電脳世界にダイブする者とおろおろするものに分かれた。
「だってさ。したらば、俺達もいきますか。」
「おう、そうだな。……俺たちは座ってて正解だった。」
維持を促す信号も送られるため、立ちながら電脳空間へ旅立つことはできる。しかし、周囲と意識が隔絶されるため、安全装置は施されているとはいえ無防備になりとても危険なのだ。その事は取り扱い説明書にも載っているし、注意換気はしっかりとされている。
「じゃ、相良お先いくぜー」
そう言うなり、宗二はゴーグルを装着すると右側についている電源をオンにする。そして三秒ほどの起動ラグを待ち、意識をアバターに投影させた。