小人姫と涙
「気が付いたか。」
ぼんやりした頭で横を見れば、しかめっ面したアレイがいた。
いつの間に自分の部屋に戻っていたんだろう…。ていうか、アレイがものすごく怒ってる。
腕組んで眉間に皺寄せて、目は爛々としてるよ。なんでこんなに怒ってるんだろう?
「おい聞こえてんのか?何か言えよ。」
「…どうしてアレイがいるの?」
ただ疑問を口に出しただけなのに、その途端更にぐっと眉間に力を入れたアレイが大声で次々と言葉を放った。
「俺じゃ不満か?ああ、バスクスじゃなくてガッカリってことか。悪かったな、俺で。だいたい、お前はいつまで寝てるつもりだよ。もう二日も経ってるんだぞ?自分がどれだけ周りに迷惑かけたかも分かってないのか?…いいよな、小人姫だか何だか知らねえが、ただいるだけでちやほやされてよ。お前がいるとムカつくんだ。今回のことで小人姫のことが知れ渡ったから、これから先もあいつみたいなのが出て来ないとも限らないんだ。その度に周りに心配かけるのか?その度に俺は苦しくなって、それでもお前を探して、それで泣いてるお前を見つけなきゃならないのか!ふざけるなよ!!」
「アレイ、そこまでにしろ。」
冷静なマルリさんの声が聞こえたところで、アレイははっと我に返ったように口を噤み、そのまま足音荒く部屋を出て行ってしまった。
誰もアレイを引き止めなかった。もちろん私も。
さっきアレイは何て言った?私が悪かったの?自分の意志でも何でもないのに連れて来られて、勝手に大層な存在にされて、変な人に痛めつけられて。それが全部私が原因だとでも言うの?
それこそふざけるなと言いたい。だいたい、あんな事のあとすぐに私が立ち直れるとでも思ったのか。私はどうすれば良かったの。圧倒的な体格差はあったけれど、何も抵抗しなかったわけじゃない。逃げたかった。早くアレイ達のところへ戻りたかった。だからバスクスさんが来てくれた時は本当に嬉しかった。そう思うのはいけないことなの?
茫然とアレイの出て行った扉を見ながら考え込んでいると、遠慮がちに「ミホ…」とマルリさんが声を掛けてきた。まるでごめんね、とでも言いたげな瞳とぶつかる。
「アレイはね、たぶんミホのこと一番心配してたよ。ミホが攫われたって分かった瞬間部屋を飛び出してさ、周りのいくつかの部屋を見て状況を判断して、すぐに国主様のところへ行ってものすごい剣幕で「あんたのところで誘拐されたんだから、ミホの捜索に協力しろ!」って。思い返すと勢いってすごいよね。まあ、そのアレイの気迫のおかげかすぐに捜索隊が組まれて、まずその時点で職員の点呼をしたんだ。やっぱり内部犯ってのが一番ありそうだったからね。そしたら五人ほど所在のわからない人たちがいたんだ。それで、手分けしてその職員の自宅を確認することになって、そこでもやっぱりアレイが一番に飛び出してたな。犯人とは別の人だったわけだけど。」
「でも、さっきのアレイの言ってたことマルリさんも聞いてたでしょう?もう迷惑かけるなって…。」
「これはあくまでも僕の想像だけど。ミホのこと、アレイは自分が見つけたかったんじゃないかな。きっとミホを助けてあげられなかった自分が悔しいんだろうね。自分が守りたかったのに、みすみす目の前で奪われるは良いところは友達に持っていかれるしで、不甲斐なさでも感じてるんじゃないの。さっきはあんな風に言ってたけど、アレイはミホのこと大事に思ってるよ。ミホが眠ってる間ずっと傍から離れなくて、食事とか風呂とか行かせるのに苦労したんだから。それにバスクスのこと、ものすごい顔で睨んでたからね。余程ミホとバスクスが抱き合ってるのを見たのがショックだったみたい。」
いやショックとかそれはどうでもいいんだけど…結局まとめて言うと?
「ミホが起きて安心したんだよ。でもあいつ素直じゃないから。「心配した」の一言が言えなくて、つい逆のことが出てきたんじゃないかな。後半部分はまあ、本音だろうけど。部屋から出て行ったのも、怒ってるんじゃなくて、安心して泣きそうだったからかもね。」
穏やかな笑顔で話すマルリさんには悪いけど…全くわかりません。
というかまだ体が思い感じがして頭がうまく回ってない。だめだ、もう少し休みたい。
マルリさんの方へもう一度顔を向ければ、「ごめんね、いきなり長く話しちゃって。アレイのことは僕たちで何とかしておくから、ミホはゆっくり休んで。」と布団を掛けなおして静かに部屋を出て行った。
さっきのアレイの言ってたこと…ちゃんと考えたいけど、瞼が勝手に下りてくる。ごめんね、起きたらまた考えるから、と心の中で言い訳して、再び重い眠りへと落ちるのだった。
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次に目を覚ました時は、既に夕方だった。夕焼けの優しいオレンジの光が部屋に差し込んでいる。
そして今度傍にいたのはマルリさんとピートと、そしてバスクスさんだった。
私が起きたことに気付くと、ピートが満面の笑みで「良かったー!」と叫び、そしていつものようにマルリさんに窘められてバツの悪そうな顔になる。しかし、直後一転して神妙な顔をしてピートに謝られたのには、こちらが首を傾げてしまった。
「どうして謝るの?」
「…ミホがあいつに攫われたのは俺のせいなんだ。俺、ミホの服とか買いに行ったときに、学院に小人姫が現れたんだって自慢しまくった。そんなことすればミホにちょっかい出す奴が出てくるってちょっと考えればすぐ分かるのに。だからごめん。俺のせいなんだ。ミホに怖い思いさせて本当にごめん。」
そう言ってぽろぽろと流れる涙を隠しもせず、ごめんと繰り返すピート。するとマルリさんが言いにくそうに言葉を続ける。
「それからミリアムの実家でも、息子の学校に小人姫が、って大騒ぎだったみたいでね。ただ、皆悪気があったわけじゃないんだ。まさか生きているうちに本物の小人姫に会えるとは思ってもみなかったから少し興奮してしまったというか…。一番悪いのはミホを守り切れなかった僕たちだよ。もっと早くミホが国主様と面会すれば、小人姫がこの国に現れたことを公にできたし、国の保護下にあることもはっきりできたはずなんだ。それなのに…。」
マルリさんもいつもの穏やかさがどこかに行ってしまったみたいに渋い顔をしてる。
なんかやだな。こうやって私は無事だったのに。
「ピートもマルリさんももう謝らないで。確かに怖かったけど、今こうやって皆のところに戻ってこれたんだよ。それに今日のことがなくても、もしかしたらこの先で同じようなことが起こる可能性って、かなり高いと思うんだ。自分で言うのもなんだけど、私って珍獣みたいなものでしょう?元の世界でも貴重な動物を密猟したりとかする悪い人がいたから、この世界でだって同じようなこと考える人が絶対いるはず。またこういうことが起こらないように対策できると思ってさ、誰が悪いとかはやめようよ。」
そうそう、まだ完全に立ち直れたわけじゃないけどね。なんだかあれだけ痛めつけられた割には元気だし(もしかしたら小人姫特典かもしれない)、自分が外に出る危険性も理解できた。だから周りに迷惑をかけないように…
そういえばあの犯人はどうなったんだろうと、今更疑問に思ってきたのでマルリさんに質問してみた。すると返ってきたのは思ってもみなかった展開で。
「ああ、あの男なら死んだよ。ミホが攫われてしばらくしてから、急に空が暗くなってね。覚えてるかな?初めに説明したこと。小人姫が悲しみや痛みを感じれば、それは国の危機だって…そう、実際ミホは痛みを与えられたわけだ。それで、暗くなったと思ったら、今度は数か所で同時に雷が光ったんだ。これは急がなきゃまずい、と早く捜索隊を動かそうとしたら、一軒の家のすぐそばの大木に落雷があった。それで近くまで来ていたバスクスが飛び込んでみれば、ミホと犯人を見つけたってわけ。バスクスに殴られた犯人は外へ逃げ出したんだけど、まるで狙ったみたいにそいつに雷が落ちてきたんだ。犯人は即死。小人姫に手を出せばどうなるか、これで知れ渡っただろうね。」
「雷だけでなく、突然の豪雨に見舞われた地域もあったと聞く。もしあのまま監禁などされていれば、天候による災害でまず国全体に被害が及んだはずだ。」
マルリさんとバスクスさんが淡々と話す。
小人姫って「幸せ」をもたらすんだよね?でもそれじゃあまるで呪いの…はっ!もしかしてアレイが最初に言ってた「呪いの人形」ってこういうこと?!なんてこった!