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第6話 旅支度と出発


 昴は寝室に与えられた客間でベッドに寝転び、天井を眺めていた。枕元の横に置いてある白熱電球のスタンドライトが部屋の暗闇を照らしている。


(さて、どうするかな…)


昴は夕食時のことを思い出す。


 夕食には、エミの家族全員が同席していた。母のアリシア、父のテイラー、そして村長でエミの祖父であるカーサスだ。祖母は昔に亡くなったそうだ。


「それで、昴君。君はこれからどうするんだい?」


エミの父親であるテイラーが昴に尋ねる。


「行くあては無かろう。お主さえよければ、村に住めるよう手続きするが…」


カーサスが付け加えた。彼はこの村の村長である。住民登録などはできるのだろう。


「いえ、俺はこの村を出ようと思います。」


「ほう?」


昴は考えていたことを切り出した。


「俺はこの世界のことをまだ何も知りません。知識を得るためにも、少し旅をしようと思います。」


「そうかい?一人では危ないんじゃないかな。」


テイラーが心配そうに昴を見る。だが、カーサスが言葉を紡いだ。


「その点は心配ないぞ。こやつは昼間村の食堂で悪さしとった旅人二人を締め上げたからの。腕はわしが保障するぞい。」


「とはいってもお義父さん、地理も分からないでしょう?」


テイラーが道が分からないのでは?と言い加えるが、カーサスは意外なことを口にした。


「道案内はエミにやらせるつもりじゃ。」


「えっ?おじいちゃん!?」


突然名前が出たエミは、驚いてカーサスと昴を見比べる。テイラーも驚きを隠せず、カーサスに反論する。


「エミはまだ17だよ?いくらなんでも無理だ。」


「なにを言うか。エミに魔法を教えたのは誰だと思っておる。」


カーサスはなんのそのといった感じで答える。何の心配もないらしい。


「大丈夫なんですか?」


昴はエミを見てからカーサスに問う。エミは何かブツブツ呟いていたが、話の行方を聞き逃すまいと耳を立てていた。


「何の問題もないわい。エミは日常で使う魔法から魔導戦闘までこなせる。旅の仕方も教えたしの。」


「で、でもお義父さんっ。アリシアも何か言ってくれよ。」


「あら、私は賛成よ?可愛い子には旅をさせよって言うじゃない?」


「むぅ…そうかな…。うん、二人が言うなら良いだろう。くれぐれも気を付けてくれよ?」


「分かりました。エミは俺が守ります。」


「よく言ったわ。男の子はそうでなくっちゃ!」


「…というわけなんじゃが、エミ、良いかの?」


一通り話を終えた一同はエミの方を見る。エミは真面目な顔つきで皆を見返す。


「分かったわ。外の国を見るのも面白そうだし、私行く。」


「そうか。じゃあ、よろしくな、エミ。」


「ええ。よろしくスバル!」


エミと昴は視線を交わす。旅立ちは仲間を一人得て、決定したのだった。


「それで、いつ発つ気なの?」


「そうだ。準備もしなきゃいけない。」


マギット夫妻が質問する。昴の答えは決まっていた。


「明日の昼頃には出たいです。エミも大丈夫?」


「準備にそれほど時間はかからないわ。大丈夫よ。」


エミは目を自身に輝かせて言った。


「そりゃまた急じゃの。分かった。お主の分の荷物と食料はわしが手配しよう。」


「お気遣い感謝します。」


「うむ。」


そんなやり取りをして、夕食と昴の進路会議は終わったのだった。


 そして今、昴はシャワーを浴び、客間でベッドに寝そべっているのだ。昴はカーサスの言葉を思いだす。


『炎天山には近寄るでないぞ。あそこはここ最近、強力な人外が多く出没するでな。』


 人外というのは、この世界に存在する魔物、モンスターの類の総称だ。カーサスの話によれば、炎天山というのは、その昔金鉱山だった山で、かなりの大きさらしい。金鉱の洞窟跡がそのまま放置されており、内部も相当入り組んでいるそうだ。少し前までは、人外もそれほど生息していなかったのだが、最近になって人外による死傷事件が多発しているそうなのだ。カーサスは何かがある、と唸っていたが、実際どうなのかなんて、昴には分からない。とりあえず、エミも一緒に行くのだし、近寄らないのが得策だろうと昴は考えていた。

 そんなことを考えていると部屋の扉がノックされる。


「スバル、私。」


声はエミだった。昴は入室を促すと、エミはそっと部屋に入ってきた。


「あのね、渡したい物があるの。」


エミはそういって、ミサンガのような物を渡してきた。


「これは?」


「人狼族に伝わるお守りみたいなものよ。一度だけ身代わりになってくれるの。」


見れば、所々にビーズのような物も編みこんである。スタンドの明かりで反射してまるで宝石のようだ。


「そうなのか。これはどこに着ければ良いんだ?」


「腕とか足だけど、一般的には腕よ。着けてあげる。」


そう言ってエミは昴の手の平からミサンガ(らしき物)を取り、昴の左腕に巻いた。


「利き腕じゃなくて良いのか?」


昴はふと疑問に思ったことを聞いてみる。


「利き腕には武器を持つでしょ?どうしても交わせない攻撃は左手で防御するから、こっち。」


昴はそういう物なのだなと納得した。エミはミサンガを解けないようにしっかりと結び、昴との距離に気が付いて頬を染める。


「こ、これで大丈夫。」


「ありがとな、エミ。」


「いいのよ。誰かに作ってあげることなんて無かったし…」


エミは俯いてそう語る。最後のほうは小さくて昴には聞き取れなかった。


「明日からはよろしくな。俺は分からない事だらけだから、エミ、案内してくれるか?」


「もちろんよ!いい旅になると良いわね。」


エミは胸を張って答えた。尻尾をパタパタさせているから喜んでいるのだろう。分かりやすい性格だ。いや、見た目というべきか。


「じゃあ、改めて。」


そういって昴は手を差し出した。エミは一瞬その手を眺めて我に帰り、手を握り返す。握手は全世界、次元共通の挨拶だ。昴は、エミの手から伝わる温もりを感じて、自分が今、確かに生きていることを実感した。


「す、スバル…?」


「…あぁ、悪い!」


昴はエミの声で自分が必要以上にエミの手を握っていたことに気づく。慌てて手をパッと離す。エミは何故か少し残念そうにしていたが。


「そ、それじゃあ、もう遅いから。また明日。」


「ああ。おやすみ。」


「おやすみなさい、スバル。」


昴はしばらくぶりにする就寝の挨拶を交わした。


 旅立ちは明日。放浪記のプロローグは終わり、序章への幕は開かれた。

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