第4話 きっかけと魔法
昼下がりのひと時を、昴は異邦人として過ごしていた。一緒に隣を歩いている少女の頭には柔らかそうな犬耳が付いている。
(何か、成り行きでこの世界で生活することになっちまったが…)
昴はため息をつく。
(あいつらはどうなったんだろう…エドは、ミハエルは、隊長は…)
昴はPMCの仲間を思った。昴がこの世界に飛ばされる寸前に、何人もの同僚が死んだ。荒くれ者のPMCだが、仲間意識は強く、チームは家族も同然だった。そんな仲間達は、あの後どうなってしまったのか。
(よそう、考えても分からないことだ。)
昴はこれ以上考えても、ネガティブな思考の悪循環にしかならないと判断し、違うことに意識を集中しようとした。
「ねえ、スバルっ!」
「お、おう。何だ?」
エミが声を上げて話しかけてくる。
「何だって、もう、聞いてなかったの?」
どうやら先ほどから話し続けていたようだ。昴はエミに向き直り、話を繋げた。
「す、すまん。考え事してた。」
「前の世界のこと?」
「…ああ。同僚の事をな…」
「あ…ごめんなさい。」
しまった、重い。昴はそう思ったが、とっさに口に出てしまう。エミは不味い事を聞いてしまったと、しゅんとしている。
「いや、いいんだ。それより何処に連れてってくれるんだ?」
昴は雰囲気を変えようと、話題を自分たちの行き先のことに変更する。
「えっと、この村見るとこは商店とか、食堂くらいしかないけど…」
「じゃあ、それを見て回ろう。」
「うんっ、行こう!」
すると、エミは元気になり、昴の手を引いて歩き出す。尻尾もパタパタと動いている。エミは喜んでいると判断して良いのだろうか。
しかし、店がこれしかないというのは以外だった。エミの話によると、この世界は、都市部と郊外での文明差が著しいらしく、大都市と田舎ではタイムスリップしたような感覚さえ覚えるそうだ。
「町のほうへ行けば、お店もたくさんあるのよ。美術館とか図書館なんかもね。」
「そうなのか。あ、ところで…」
昴はここで重大なことに気づいた。
「この世界のお金って、どんなの?」
そう、先立つ物というやつだ。前の世界の、アメリカの紙幣や硬貨が使えるとは思えない。
「お金は、都市部では電子化されたりしているけど、基本は、金、銀、銅貨が流通してるわ。」
これが銅貨と銀貨、といってエミはポケットから硬貨を取り出す。さすがに金貨などは簡単に持ち歩いたりはしないようだ。当然と言えば当然だが。
「大丈夫よ。とりあえず最初のうちは貸してあげる。」
「・・・・・・」
エミは親切に貸してくれると言ったが、昴は内心ショックだった。
(今の俺って、所謂ヒモってやつだよな…)
昴はPMCとして働いていたため、給料もかなりの額を貰っていた。そのため、金に困ったことは無く、これからも困らないだろうと考えていた。しかし、予想外なことに、今の自分はヒモ同然。そのことを認識した昴はがっくりと肩を落とした。
「?」
そんな昴の心境を知らないエミは不思議そうに彼を眺めている。その純情さが恨めしいよ、と昴は思ったのだった。
「着きました。ここが村の往来で、街道の一部にもなってます。」
エミがニュースのリポーター風に紹介する。そこには石畳で舗装された道路があり、人通りは多くないが、それなりに賑わっていた。露店が出ていたり、何に使うのか分からないような道具が並んだ店があったりと、昴は先ほどの落胆を忘れ、辺りを見回した。
「結構人が居るな。」
「今日は町からの物流が来る日で、定期市みたいなことをやってるの。」
見れば、一部の露店では野菜や魚などを叩き売りしており、ファーストフードのような物を売っている露店もあるようだ。
「色々と見たい物はあるが…」
「それなら、」
とそこでグゥ~と音がした。エミのお腹が鳴ったらしい。エミは真っ赤になって俯き、先ほどまで元気だった尻尾も下がっていた。
「お腹すいたのか…?」
「…うん。丁度昼食時にスバルを見つけたから…」
どうやら原因は俺らしい。昴はとりあえず、食堂に入ろうと提案し、手近な店に入った。
「いらっしゃい!好きなとこ座んな!」
食堂に入ると、カウンターから威勢のいい声が聞こえた。言われた通り、適当な席に座ると、おばちゃんがお冷を持ってきた。
「あら、エミちゃんデートかい?」
「ち、違います!」
店のおばちゃんがエミをからかい、エミは赤くなって講義する。
「そうかい。あんた見慣れない格好だね。どっから来たんだい?」
おばちゃんの矛先が昴に向いた。不味い、どう言い訳するかと悩んでいると、
「大きな迷子よ。しばらく家で面倒見るの。」
エミが助け舟を出してくれた。昴はその言い方に多少ムッとするが、おばちゃんに話をつけた。
「はい、しばらくこの村でお世話になるのでよろしくお願いします。」
「へぇ、最近の子にしては挨拶ができる子だねぇ。関心関心。よし、今日は初回サービスだ。定食タダでいいよ。」
「ありがとうございます。」
おばちゃんは挨拶に機嫌を良くし、厨房へ大声で定食二つと叫んだ。
「あ、私はお弁当があるから、ミルクだけお願い。」
「そうかい?わかった、そうするよ。」
するとおばちゃんは注文の紙を書き直し、厨房に声を掛けながら戻っていった。厨房に居るのは旦那のようで、筋骨隆々といったいでたちのおじさんだった。夫婦で切り盛りしてるようだ。
しばらくエミと雑談しながら待っているとおばちゃんが料理を運んできた。
「はい、日替わり定食。あと、ミルクだね。」
定食は、パンが二つに、肉と野菜の炒め物、そしてシチューのようなスプがついている。とてもおいしそうで、しかも空腹だったため、すぐに食べようと挨拶した。
「いただきます。」
「…何それ?」
すると、エミが質問してきた。どうやらいただきますがきになったらしい。
「ああ、これは食事のときの挨拶だ。宗教的なもんかな?」
「へぇ、そうなの。聞いたこと無かったわ。」
まぁ、前の世界でも、外国ではよく同じことを聞かれたから慣れている。
定食を食べ終え、食後に、と出された紅茶を飲んでいると、
「なんだぁ、こんな安酒しかおいてねぇのかこの店はよぉ!!」
突然場違いな大声が食堂に響いた。