第3話 現状確認と進路
気が付いたら異世界だった。それが現在のスバルの状況である。倒れていた昴は、助けてくれた犬耳の少女、エミについて、村長宅に向かっているところだ。
「ってことは、スバルは違う世界から来たの?」
道すがらスバルの説明を聞いていたエミは疑問符を浮かべる。
「多分そうなんだと思う。こっちの世界にはエミみたいに耳の生えてる人間はいなかったし…」
「私は人狼族だし。でも、そういう話、聞いたことある。」
「本当か?この世界では俺みたいな例はよくあるのか?」
「前に、町の図書館でそういう文献を読んだことがあるわ。」
昴は困惑する。この世界ではそれほどイレギュラーなことではないようだ。自分だけ偶然飛ばされたのかと思っていた昴には軽い衝撃だった。
(もしかすると神隠しの正体って、こういうことなのか…?)
神隠し。極東に伝わる伝説で、人が煙のように消え、居なくなるという現象だ。そして、かなりの時間がたった頃に、突然現れる。だが、その時の記憶は無いという。
「ここは平行世界…もう一つの世界なのでしょうね。」
(衝・撃・の・事・実!)
昴は考えるのを放棄した。
「でも、いまだに信じ難いな。ここが異世界だなんて…」
「私だってあなたが違う世界から来たなんて信じられない。」
昴は情報を集めるため、話をしながら周りを見渡してみる。村人がちらほら見受けられ、こちらを見てくる。向こうでは、トラクターのような機械が畑を耕しており、この世界にも機械が存在するのだと知る。
(異世界っていうと、もっとファンタジーなのを想像したんだがな。)
井戸のある広場のような場所が見え、子供たちが遊んでいる。その中にも耳や尻尾の生えた子がいるようだ。
「ここよ。ちょっと待ってて、話をつけてくるから。」
「分かった。」
そう言うと、エミは建物の中へと消えた。村長の家というだけあって、他の住宅より少し大きい。玄関の扉は開放されており、広めの廊下が続き、その先にドアがあった。
しばらくするとエミがドアを開けて出てくる。
「いいわ、来て。」
呼ばれたので、昴はエミについて家に入る。
「村長、お連れしました。」
「うむ。わしはこの村を預かっておる村長のカーサス
という者じゃ。」
「はじめまして。神宮寺昴といいます。」
二人は挨拶を交わす。カーサスと名乗った村長は、年のころ60代前半位で、短髪に顎鬚と精強な顔つきの老人だ。
「話はエミから聞いた。異世界から来たそうだな?」
「ええ、まあ。」
カーサスは目を光らせる。疑っているのだろうか。
「ふむ、その銃、ちと見せてもらえんかのう?」
昴はためらう。だが、断るのも不味い気がして答えた。
「弾倉は抜かせて貰います。」
「ああ、構わんよ。」
昴は銃からマガジンを抜き取り、安全装置を掛けて村長に渡した。
「この辺りではあまり見かけん銃だな。」
村長は昴の愛銃、M4カービンを観察する。アクセサリーパーツで多少ゴテゴテしているが、村長は何の問題も無く、眺めたり構えてみたりする。
「経験がお有りで?」
「ちいとばかりな。わしも昔傭兵だったからの。お主も傭兵であろう?」
「はい。そうです。」
「やはりな。ありがとう。いい銃のようじゃ。」
カーサスは銃を昴に返す。昴は銃の肩紐を肩にかけ、後ろに回した。
「それで、お主は道に倒れていたそうじゃな。記憶はあるかの?」
「はい、はっきりと。」
するとそこへエミが飲み物を持って入ってくる。二人分の飲み物を応接テーブルに置くと退室しようとするが、
「エミ、お前も座りなさい。」
とカーサスが促す。エミは、はいと言いス昴の隣に腰を下ろした。
それから、昴は自分がどういう状況にいたか、そして気が付いたらエミに保護されていたことなどを話した。
「うむ。事情は分かった。恐らくそれは転移じゃろう。」
「転移?」
「空間移動魔法の類ではないかの?」
「多分ね。」
昴の疑問にカーサスとエミが答える。
「特定の空間に一度に過剰な量の火薬が炸裂した。それに加え、お主の死にたくないという強い願望、それと魔力が影響し合い、時空を歪めた…といったところか。」
「ちょっと待ってください。魔法ってなんですか?」
昴は聞きなれない単語を聞き返した。宗教の勧誘か何かだろうか?
「お主の世界には無かったのだな。魔法と言うのは…エミ、やってみせい。」
「はい。」
するとエミは立ち上がり、何かを唱える。すると、テーブルに置いてあるカップの紅茶だけが浮き、球体になって浮遊した。
「なっ!?」
すると今度はその球体からティーポッドのようにカップに紅茶が注がれ、紅茶はもとあったように全てカップに収まった。
「こういうのが魔法ってやつじゃな。」
「・・・・・・」
にわかに信じがたい。昴はそう思った。だが、同時に強い興味も抱いた。
「魔法については後で教えよう。それよりお主、泊まる所は無いのであろう?今日はわしの家に泊まるがよい。」
「いいのですか?」
「なに、客人をもてなすのは当然のことよ。エミ、案内しなさい。」
「はい。スバル、こっち。」
スバルとエミはカーサスにお礼を述べ、入ってきた時とは違うドアから部屋を出る。エミに連れられ、廊下を歩いて行き、小さな、それでいて狭くもない部屋に通される。
「ここが客間よ。食事はリビングだから。お手洗いは向こう。洗面所も。」
「すまないな。何から何まで。」
「気にしないで。それよりまだ日があるけど、村を見て回らない?」
エミは笑顔で提案する。尻尾が少し揺れているのは、彼女も気分がいいのだろう。
「ああ、そうしたい。あと、銃は置いていきたいんだが、この鍵付きのロッカー、使ってもいいかな?」
「いいわ。これが鍵よ。失くさないでね。」
そう言ってエミは、服のポケットから小さな鍵を取り出した。スバルはロッカーを開け、銃とチェストリグ
(エプロン型のポーチ)を体から外し、中にしまう。念のため拳銃だけは服の中に忍ばせたままにしておく。しっかりと鍵を閉め、エミに向き直った。
「それじゃ、行こうか。」
「はい!」
傭兵と少女は外へと繰り出した。