つぎとまります
そうこうしているうちに日も暮れて。デートコースのしめに、ディナーのお誘い。
異世界からの亡命王女、ペルの歓迎会でもある。というかむしろそちらがメインだと思うのだが。
「初デートでそんな野暮言わないでください」
なんて、お叱りを受けてしまった。いくらなんでも野暮はなかろうものを。
朝はちょっと考え込む。デートの風情で、しかし今の服装で浮かない店といえば。俗すぎず、気取らなくて、子供でも入れる。いろいろ条件が厳しめだ。ペルはおとなしいというかわきまえられるから、煙たがられたりはしないだろうが、居酒屋やダイニングバーはさすがに敷居が高い。
「あ~……ペル。イタリアンでいい?」
「はい」
通じるんだ、イタリアンで。もういちいちつっこむつもりもないけれど。異世界人設定はどこいった。それとも異世界にもあるのだろうか。戦争が弱くて、首都の街中に別の国があって、まとまりのない、トマトとチーズの扱いにかけては世界一で、ヘタレで、同盟国の邪魔しかしない、女を口説くことに命をかける、次は抜きでやろうぜとディスられる、しかしどうにも憎めない、長靴形の半島国家が。まさかね。
話がそれたが。
「なら、美味しいピッツェリアがあるから、そこにしような」
「期待してます。こっち来て、はじめての、ちゃんとした、ディナーですから」
しれっとハードルを上げないでいただきたい。実は昼のこと、まだ根に持ってたりしないだろうな、と朝はおっかなびっくり。小さなつるぺたを期待に膨らませたペルを案内したのだった。
こういうと、なんらかのオチを期待した諸氏もいらっしゃるのかもしれないが。安心して……あるいは落胆していただきたい。そもそもフリではないし、ここで話がオチたりもしない。朝にはいたいけなペルのささやかな希望を踏みにじるつもりなど毛ほどもないのだ。そんなことをすれば良心より先に胃が痛くなるだろうし。これから日夜顔を突き合わせて同居するパートナーに、まさかそんな非道な振る舞いができようはずもない。
よもや、まさか。デートのディナーがサイゼリヤなんてことは。
いや、本当にそんなことはないんだって。店の前は通ったけれど。だいたいあれは自称リストランテだもの。
お目当てのピッツェリアは、駅の南側、繁華街と住宅街の汽水域にあった。キャンドルを模したランプが風情をかもしだしている。客の入りはまあまあ。空席が目立つほどではないが、夕食時でも予約はいらない、そんなぐらいである。見つけて誇れるほどの穴場ではないにせよ、目抜き通りの有名店というわけでもない。朝としては、味には結構な高評価をつけている店なのだが。立地のせいだろうか。
荷物ですずなりの腕でドアを押しあけると、ドアベルがからんからんと少しノスタルジックな音色を奏でる。ほどなくして、エプロン姿のウェイトレスが応対に出る。
「いらっしゃいませ~。何名様ですか?」
「二人です」
「おたばこはお吸いになりますか?」
「いえ、禁煙席で」
個人的にはどちらでもかまわないが。今日はペルと一緒なので一応気をつける。といっても、この店内には仕切りもなにもないので、テーブルに灰皿が用意されているかいないかぐらいの違いしかないような気もするが。
「二名様禁煙席ご案内で~す」
少々気抜けな声のウェイトレスの案内で、窓際の二人掛けテーブルへ。ソファー席はペルにゆずり、朝はチェア席に座った。手荷物はペルに渡し、まとめてソファの上へ。
スタンドのメニューシートをとったところで、ウェイトレスが水をサーブ。
「お先にドリンクのご注文はございますか?」
裏表紙のドリンクメニューをペルに見せつつ、朝はまず自分の注文。
「ハウスワインの白をグラスで。ペルは?」
「えーっと……」
しばし逡巡した結果、指さしたのは。
「いやそれお酒だから。まだペルはダメだって」
むこうだったら普通に飲んでたのに、とペルがぶつくさ。確かにヨーロッパでは、幼少のみぎりからたしなむとはいえど。それだって家庭内の話であって、公共の場では自重するものだ。ましてここは日本である。誰が見ても小学生なペルに、よもや飲酒をさせるわけにはいかない。
大人になってからな、と言うと、ペルは考え込んでしまった。ソフトドリンクなんてそう種類はないだろうに、なにを悩んでいるんだろうと朝がのぞきこむと、ようやっとペルが選んだのは。
「ノンアルコールワイン?」
「これならいいでしょ」
そりゃあ問題はないけれど。子供が飲んでおいしいものでもないような気がする。いや、大人でもあえて好む人種は少ないのではないだろうか。ワインが好きならワインを飲むだろうし。
「じゃあこの、ノンアルコールワインの……しろ?」
「うん。白いのをひとつ」
いち、と人さし指をたてて、ペルが注文をひきつぐ。それを受けてウェイトレスが復唱。
「ハウスワインの白をグラスでおひとつ、ノンアルコールワインの白、スパークリングをグラスでおひとつですね。かしこまりました~」
「どれがおいしいの?」
グランドメニューを開いて、ペルと協議する。いきなり開いたページは、
「ピッツァは一枚は頼むとして、もう一皿を……」
「ぱすた?」
ひらがななニュアンスがかわいいペルである。
「それでもいいけど、個人的にはリゾットがおすすめだ。この店だとピッツァの次に美味い」
「じゃあ、きのこのリゾットにする。ピザはマルゲリータ?」
やっぱり重要ポイントはきっちりふまえる。ピッツァ自慢のピッツェリアなら、何はともあれこの女王様のピッツァを試すべきだ、と朝は考えている。トマトとチーズとバジルのみのシンプルさゆえに、かえって一番奥深いのだ。寿司でいうところのコハダ。鍋でいうところの湯豆腐。
朝はうなずいて。
「ワイン頼んだから前菜も欲しいかな。ペルはどれが食べられそうだ?」
メニューのページをさかのぼり、前菜の欄を指でさし示すと、ペルの視線が追随するようにきょろきょろ。
「マリネがいい。それとシーザーサラダ」
二人で4品。ペルは一人前は食べられないだろうから、朝次第だが。
「お待たせしました~」
へにゃ声とともに、テーブルにワイングラスがふたつ置かれる。ワインクーラーからボトルをだして、まずは奥、ペルのグラスから。
「こちら、ノンアルコールワインでございます」
ほとんど透明なそれが、しゅわしゅわとかすかな音を立てて注がれる。続いて朝のグラスへ、二本目のボトルから。こちらは少し琥珀色がかっている。
「こちら、ハウスワインでございます」
注ぎ終わるのを見はからって、朝がオーダー。
「えーと、このタコのマリネ、それからシーザーサラダ」
ページをめくって続ける。
「マルゲリータピッツァときのこのリゾットと……あ、以上で」
「タコのマリネをおひとつ、シーザーサラダをおひとつ、マルゲリータをおひとつにきのこのリゾットをおひとつですね。かしこまりました~」
やっぱりどこか気の抜ける口調だなと思いながら、朝はウェイトレスを見送った。
それじゃあ、と朝はワイングラスのステムをつまんで、中空に掲げる。ペルもそれにならって、乾杯の用意。ふたりの視線は絡み合って。
しばしの静寂。短くも長かったこの半日の記憶を想起し、これからの先行きに思いをはせる。
不安はある。不信もある。不穏さえ横たわっている。
けれど。それでも。だとしても。
この人とならきっと乗り越えて、幸せな未来を築けると思えるから。そんなふうに、お互いが想いあえたとわかったから。
「二人の出会いに、乾杯」
「かんぱい」
ちぃん、と。
扇谷朝と、エイネスラウレフィテンスールクリアフォルストロシアナペールの。新生活の門出を祝う音が響いた。
ペル「もう(朝と)ゴールインしてもいいよね?」
あかん
これでハッピーエンド&以下後日譚、だったらよかったのに
実際にはこの話そのものがペルにとっての後日譚のようなものですが