パラサイト・カップル4
「私のパンツ買ってください」
断っておくが、援交でもブルセラでもない。念のため。
武蔵野の車窓から、3分ばかり。吉祥寺につくなりの、ペルの発言である。いくらなんでもあんまり人聞きが悪すぎる。ただでさえ悪目立ちしている二人である。この上刺激を求めなくてもいいだろうに、と朝は思う。
「そういうことを聞こえるように言わないように」
「でも」
デモもストライキもない。ダメったらダメ。
断固の形相でメッとやると、ペルは目を伏せて、ほおを赤らめ。しょせん12歳女児のそれとはいえ、うるおい過多な、直言すれば精一杯えっちな声で。
「かたいのがおまたにこすれるの……」
確信犯だと確信した。もちろん誤用の方。とんだハニートラップである。きっと罠のはちみつは姫イチゴ由来にちがいない。朝は色仕掛けの色のかけらも堪能していないのだ。
まあ。家をでてなんだかんだ、2、30分ぐらいはかかっているのだ。そのあいだじゅうずっとごわごわの生地に珠の肌をさいなまれていたとすると。態度にはおくびにも出さなかったけれど、相当のストレスをためていたとしても不思議ではない。それを朝にぶつけるというのも。女の子のヒステリーだとすればえらくおとなしくて、むしろかわいらしいぐらいのものだとも思える。
ノーパンを強いられているんだ、なんて。ペルなりの、朝の無配慮への抗議の声だったのかもしれない。それにしてはどうにも、おませな女の子というにはあまりに大胆で、将来に妙な期待と大いなる危機感を感じさせるのだけれど。
いや、まさかね。エロゲじゃあるまいし。
ともあれ、かわいそうなことをしたという負い目もあればこそ。朝はペルを連れて吉祥寺駅ビルの階段を下へ。駅に併設されたアトレの地下1階にはユニクロのテナントが入っている。売り場をかけ足気味に縦横して下着を探すと、ほどなくしてキッズエリアを発見。そのひと隅に、女児ショーツが陳列されていた。
「この辺だな。ちゃっちゃと好きなの選べよ」
さりとて小規模店舗なので。あまり種類に幅もない。よくよく見ればデザインは一様で、カラバリとサイズを選ぶのみである。
じゃあこれ、とペルが差しだしたのはピンクのボーダー柄の二枚組。その隣の棚に足をはこんで、こっちも、と手渡されたキャミソール。それもドット調のピンク色である。
曰く。
「胸もこすれていたかゆいんです」
ピンク色はペルの脳内を反映していたのか、と朝は思った。心の持ちようは勝手にすればいいけれど、巻きこまれてはたまらない。出るところに出られたら、朝には対抗の手段がないのだ。
なんにせよペルの身体のことである。自分に必要と思うなら買って構わないのだが。
「ブラじゃなくていいのか?」
「して欲しいんですか?」
気を使う方向を間違えたかもしれない。少し方向修正。
「いや、12歳ならもう必要なんじゃないかって思っただけ。他意はないよ」
個人差もあるのだろうけれど。朝の知る唯一の実例は妹で、どうしてもそれが基準になってしまっている。ちなみに妹のブラデビューは小三の、それも春先。一般的にはかなり早い部類に入るのだが。
「発育悪くて悪かったですね。あっちは栄養事情だって悪いんだからしょうがないでしょ」
どうせつるぺたずん胴ですよ、と。不機嫌を隠しもしない声音。あ、地雷踏んだ。
「だいたいユニクロに、私にぴったりのブラなんてそんなニッチなアイテムありませんよ。ちっちゃいうちはいろいろデリケートなんですから」
なら、とフォローを試みる。
「専門店行くか?」
「扇谷さんはなんかズレた方向に気をつかいすぎです」
ズンバラリ。匠の技で切れ味ゲージは白といったところ。
「いいからお金払ってきてください。はやくパンツはきたいんですから」
児童虐待で訴えますよ、と。痛撃の弱点特効でダメージは加速した。しかしそれもごもっともな話なので。朝はレジに直行して、そそくさと会計を済ませる。
ほどなくして。一次装甲を追加したペルが女子トイレから意気揚々と凱旋した。もう跳んでも走っても大丈夫。フルアーマーペルは過言にしても、アーマードペルと言っていいぐらいには強化されている模様だ。
気持ちにゆとりができると、ショッピングもまったり楽しめるようになった。
サンロードのアーケードを冷やかしながらロフトへ。かごを持って、あれこれ物色してみる。ペルもなんだかんだ目を奪われながら。ピンポイント以外自己主張の薄かったペルにしてはやたら饒舌になって、店内をあちらこちら。
まずはサニタリー。
「歯ブラシはそりゃ当り前ですけど、身体洗うのだって自分のが欲しいですって」
「女の子だもんな」
確かに、男と共用するには抵抗があるだろう。
「きずあとに障らないようにってのもありますよ。これなんかやーらかくていいかも」
パフのようなボディースポンジをかごに投入。
「バスタオルはこの黄色いのがいいな……あ、そうだ。ヘアキャップもいりますね」
「髪長いもんな」
「あっちだとやってもらってましたけど。自分でやるには長すぎますかね?」
いっそ切っちゃってもいいかな、とぽつり。とやかく言うつもりもないけれど、朝はちょっともったいないなと思った。せっかくこんなに綺麗なのに。
そうこぼすと、ペルはほおをかきかき。
「投資をがんばるから、そうやってほめてももらえるわけですよ。逆もしかりです」
まあでも、と必殺の上目づかいでペルは。
「私の未来に期待してくださるなら、扇谷さん。ぜひこの私の初期投資にひと口噛んでみませんか? きっと損はさせませんから」
ピンとたてた人さし指に、この指とまれ。この髪を愛でる権利をやろう、というペルの甘言は魅力的で。シャンプーにコンディショナー、スキャルプオイルにヘアブラシ、コームにシザー。その他もろもろ。結局、朝はうまくのせられてしまったのだ。
階を上がってキッチン用品。
スプーンとフォークを大小ふたつと練習用の六角箸で、カトラリーは十分かと思いきや。小さな手がひょいと伸びてきて、せっかく選んだカラフルな子供用をぽいっと。
「赤ちゃんじゃないんですから、そんなのやです」
むくれた顔で、逆の手に持っていた箸を入れ替えに。
「こっちがいいです。かわいいうさぎさんでしょ」
朱塗りの角箸で、ペルの言うように、天削げにはうさぎの蒔絵がほどこされている。お値段はちょっと張るのだが。浪費というならもう十分していることだし。
うさぎは雪華北嶺のシンボルでもあるんですよ、と。ちょっと得意げに言うペルに免じて購入決定。そういえば、ペルの色彩はうさぎっぽいような気がした。白い肌に白い髪、片目だけだが真っ赤なひとみ。
どうせだからとお茶わんお椀もうさぎで統一してみた。お茶わんは桜地で、白抜きのうさぎが3羽跳ねている。一方お椀はレンジ可のなんちゃって漆器。満月を模した黄色の真円にうさぎの影が踊っている。
ペルはこの趣向を大層気にいった様子で、あちらのうさぎとやらについて、ふわふわだとかもこもこだとか熱っぽく語ってくれた。
「長いたれ耳がキュートで……ヒグマぐらい大きくて牙がものすっごくて、年に何人かは被害がでるの」
……うさぎ?
各階清算のレジに並んでいると、ペルがかけこみで二つばかりアイテムを追加投入してきた。これは。
「ネット、と。カラーボックスか?」
こくこくとうなずくペル。
「下着洗うのと入れるのです。一緒くたはいやだから」
「それもそうだな。気がついてやれなくてすまん」
朝が謝ると、ペルは首を左右にふりふり。
「いいです、自分で気づいたから。あんまりなんでも気配りされるのもそれはそれでやですよ」
難儀な娘である。言葉にしてくれるだけまだありがたいと思うべきだろうか。だからって御しやすいわけでもないにしろ。
朝がへいへいと適当に応対すると、ペルはよろしいとばかりに薄い胸をはったりして。
それから。
二人であちこちのブティックをはしごして、ペルのあれがいいこれがいいに付き合っていると。両手が紙袋でいっぱいになるころには、朝にもなんとなくペルの好みらしきものがわかってきた。
ストラップトップのシフォンワンピースにニットボレロとか。
フレアスカートのすそが隠れそうなロンTだったり。
かと思うとフリルブラウスにジャケットのフォーマルチックも。
女の子があこがれるファッションというより、男の好きな女の子、的な。その手の常として、よほど自分に自信がなければ厳しいようなスタイルが多い。自分を飾るのではなく磨くスタイル。
ぶっちゃけた話だが。ペルの場合はもう、素の美貌で押しきってる感が強い。なにしろ絶世の、あるいはこの世ならざるとも思えるほどの美少女である。ちっぱいというのさえ過剰表現になりそうなロリプロポーションはいかんともしがたいにせよ。ハンディキャップもなんのその。ひと山いくらのミス○○や女優ごときなど歯牙にもかけない。
「なんかなあ。あざといよなあ」
可愛いんだけど。似合っているんだけど。朝が嘆息すると。
「あざとくないです。普通です」
カットソーを逆手に持って、背中越しに鏡であわせていたペルが、朝に向き直る。
「ああいうのはいいのか?」
朝の指さす先は、ちょっと背伸びした感のある。朝の感性からすればなんだかケバい、しかし流行の一端であるような。
「好きなんですか? ああいうの」
そうでもないのだが。しかしやっぱりもしかして、ペルはこちらの好みの次第で選んでいるのではなかろうかという疑念が再燃した。
「俺の好き嫌いはいいだろ。ペルがいいと思うかどうかだよ」
嘘八百。朝だって自分好みの服をペルが着てくれたらなと思う。その方が嬉しいに決まっている。おまけにそれが、自分に好かれようという努力の結晶なら。これ以上はない。
ペルは手にしたカットソーをたたんで棚に戻し。
「そっちの方がよっぽど大事です。見せたい人が喜んでくれなきゃ意味ないでしょ? 他の女の子はどうだか知りませんけど、私が着飾るのは好きになってほしい私自身のためなんです」
だから、とひと息。
「扇谷さんはもっとおしつけてください」
大事なスポンサー様ですからね、と冗談めかして言った。
「……やっぱあざといよ、おまえ」
いやもう、男ウケがどうとか、好きとか嫌いとか、そういう直截的なことではなく。十重二十重の罠の片鱗を見た気がする。むしろ、とうに自分は足を踏み入れているのだと。引き返せないところまで行きついてからようやく気づいたような。
なにしろだ。こうまで朝に媚びたと白状しているにもかかわらず、ペルは。今日一日、一度だって自分の意見を曲げはしなかったのだ、という事実に。
計画通り、のにおいてきめん。
そんなふうに、二人で過ごす穏やかな時間は、のったりと流れていったのだ。