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1K8畳亡命記  作者: CoA
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パラサイト・カップル3

 紆余曲折あって。

 

 ガラスごしでない五月晴れの日差しのもとで見たペルは、いかにも陽の雰囲気をまとっている。室内では墨染から色を引いていったような印象だったペルの白い髪は、今は逆に、透明の糸に白金のメッキを施していったように見える。

 目を細めて右手でひさしを作り、太陽を見上げているペルの表情は、なんとなし陽気に思われて実にけっこうである。隠しきれない喜色を満面ににじませて、朝まで愉快な気持ちにさせられるようだ。

 なんとなれば、美少女である。笑っていれば嬉しいし、泣いていれば不憫に思うものだ。

 

 もっとも。あの、普通の女子小学生ならば相応の、野暮ったい服装は。お世辞にも似合っているとは言い難い。いや、それでも凡百の余人よりは着こなしているのかもしれないが。なにせ、存分に気取ったおめかしの晴れ姿を既に見ているのだ。それにくらべれば、この貧相さはいかんともしがたい。オフの芸能人の残念さというか、がっかり感にも似ている。

 拘束具のピーキーさもなかなか言い訳できないありさまである。素体と衣服とこのエクストラアイテムと、それらがみなまるで調和など考えず、アンバランスで。ペルの小さなシルエットのなかで、いくつもの感性が一心不乱の大戦争。


 まあでも。とりあえず男の義務として、一家言ぐらいはあってしかるべきかなと。

「かわいいよ、ペル。やっぱり素材がいいとそうだね」

 われながら本当につまらない、凡庸なせりふであった。もういっそかえって言われた女性は機嫌を損ねるような、そんな。

 それなのに。ペルの反応は。ぴろりろりんとSEが鳴って、ハートマークのエフェクトがひとつふたつ浮かぶぐらい。安い女である。

 いや、と朝は思いなおす。ペルが自分を安売りするのは、そんな単純な反応では、たぶんない。根拠なんてないのだが。直感である。少なくとも、こちらが買いやすいように、その方向への決断を促すように。それぐらいの計算はしているような気がするのだ。だからどう、ということでもないけれど。


 上水道わきの桜並木を二人で歩く。花はとうに散ってしまって、すっかり葉桜である。影の色あいまでも緑一色の木漏れ日の中を、おどりおどるように歩くペル。

 朝を中心にくるくる。あちらこちら目移りしながらぐるぐる。さながら衛星のように。月のようなたった一人に媚びるええかっこしいではなく、むしろ八方美人である。惜しげもなく愛嬌を四方にふりまき、それだから、朝から見える様相は公転周期がめぐるたびに違う。あるいは表情を見せて、あるいは背を向けて、あるときは。ペルはじつに豊かな様相を示す。まったく見ていて飽きないと朝は思った。

 

 やがて、大きめの交差点の前で。ペルは朝の正面で、お互い顔を突き合わせるように、唐突に止まった。朝はぶつからないように慌てて歩みを止める。

 左目を閉じてウィンク。深紅のひとみに、立ち止まった朝が淡く映りこんでいる。その背後で車のエンジン音。手前側は右から、奥は左から。それなりの交通量が交錯していく。


 ペルは、けほけほと小さなせきをして。

「そういえば。どこ行くんでしたっけ?」

 わからないのになんとなく歩いていたらしい。それだけ浮かれていたのだろうが。朝もあえて言わなかったのは、ペルがそれは楽しそうにしていたからだ。道行きの方向は間違っていなかったし、水をさすこともないだろうと。どうせ道なりだし。どうしてもというまでは黙っていようと。でもまあ聞きたいなら。


「吉祥寺。ひと駅だけど、電車乗るつもりだから」

 道の先の白い建物を指さし示して、あそこまでな、と。言うと、ペルは人さし指にあごをのせて、んーと考え込み。

「吉祥寺って、えっと、たしか……東京?」

 うろ覚えの様子である。異世界人のくせに。

「いちおうな。23区外だけど」

 武蔵野市だって広義の都内だ。東京に住んだことのない人は存外そうは思っていないけれど。かくいう朝も上京するまでは知らなかった。

「うちは三鷹だ。端っこだけどな」

 ペルの知りたそうなことを先回りで言っておく。ちょんちょん、とちょうど今二人で歩いている道について。

「この道が市の境界線なんだよ。こっち側が三鷹市であっちは武蔵野市」

 へぇーへぇー、とペル。朝としては、これで2へぇなら大奮発だと思う。所詮地図で見たら誰でもわかるネタにすぎない。


 そうこうしているうちに、垂直線上の縦並びの青信号が点滅して、赤になった。続いて横並びの信号も黄色をへて赤に。交差点中央に取り残された軽自動車が急いで右折していく。この交差点は交通量の割に矢印信号が出ないのだ。

 そして、朝とペルが渡ろうとする横断歩道が青信号に。朝が歩きはじめると、ペルは後ろ向きのまま、距離と相対速度を合わせて。細い指をひっかけるように、小さな右手で朝の左手をにぎった。遠慮がちな握力を感じて、朝がにぎり返してやると、ペルはにっこり笑ってターン。右を軸足に、左のつま先と、ちょっと遅れて長い髪の毛先が。ダンスのステップひとつを切り取ったように、優雅に半円を描く。二人横並びで、仲良く手をつないで歩く。

 駅までの短い距離をエスコートされて、ペルはすっかりご機嫌の様子だった。朝が手を離そうと力を抜くと、逆にペルが力を込めてぎゅっと握るので、結局階段もつなぎっぱなしでのぼった。

 

 日曜の午後とあって、駅はそれなりの人出である。朝はSuicaをパスケースから引き出して券売機に並ぶ。隣駅まで、自分は定期圏内だけれど。ペルのぶんは切符を買わなければならない。いくらだったか、と料金を思いだそうとする。どうも記憶にない。ICカードで乗車していると、どうも運賃を気にかける機会がないのだ。カード破産の多いのはこういうわけだろうかと朝は思う。支払いへの実感がないという実感。

 もっとも、こちらはたかだか100円桁の話である。頭上のパネルで探すと、一区間で130円。ましてペルは子供料金なので、たった60円ぽっちのことだ。

 券売機に自分のSuicaを投入して、タッチパネルをぽちぽち。残高から60円が引かれ、券売機はSuicaと緑色の切符をはき出す。Suicaはパスケースにしまって、切符をペルに手渡す。

 ここまで来るとさすがに手は離して、二人で自動改札をくぐる。いちいち異世界人らしくないペルは、やはりここでもたいした感慨はみせなかった。人の通るのにあわせてフラップがぱかぱか開閉するのは、なかなか面白いと思うのだが。

 ちなみに、ホーム階へのエスカレーターにもペルは興味を示さなかった。リアクション芸人失格である。せっかく異世界出身なんて強烈なキャッチコピーが使えるのに。


 最先発の上りは銀地にオレンジのライン。中央線快速。三鷹から乗るとどこが快速だとつっこみたくなるものだが。新宿までは事実上各駅停車みたいなものだし、ホームの混み具合によっては並走する総武線の普通電車より遅れることしばしば。一週間に3度は人身事故で止まるというのは、まったくもって都市伝説でもなんでもない。

 もっとも、ひと駅乗るのには別にどれでも違いはないので。ただし中央特快のぞく。あ、特急かいじも。


 つらつらとどうでもいい雑学を語りながら、朝はペルの手をひいてその電車に乗る。乗客は多めだったので、ポジションは進行方向左手。乗降口わきの手すりにペルを掴まらせ、その特異な容姿を自身の身体で隠す。

 正直な話、特に駅に着いてからは周囲の視線が痛かったのだ。ちくちくならまだしも、ぐさぐさどすどすとなるとたまらない。

 鼻声のアナウンスのあと、扉が閉まり、がたんと電車が動き出す衝撃。後ろ向きの慣性で身体が斜めに傾く。出発進行。さすがに、車両の中の閉鎖空間だと、じろじろ見続ける人も少ないので。朝はくたびれたような、大きな嘆息をした。

 

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