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1K8畳亡命記  作者: CoA
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パラサイト・カップル

「んじゃ、そろそろ出かけるか」

 現代感覚あふれる異世界の王女様に一声かける。

 朝起きて、じゃれ合って、食事して、コントして。もういい頃合いである。

「とりあえず服と、箸と茶碗と……」

 指折り数えて、片手で足りる間にもう詰まってしまった。朝にとって、家族以外の異性との同棲など、全く未知の世界である。一人暮らしをはじめたときに買ったものは何だっけと、部屋の中を見回す。散らかりも散らかったり、一言でいえばぐちゃぐちゃ。

 

 朝も大多数の男子大学生の例にもれず、整理整頓機能のない人間である。使ったものは出しっぱなしが基本スタイルで、例外は食器類ぐらいのものだ。

 それだって、かつてすさまじいバイオハザードを起こしたという苦い経験が無ければ、とうてい身に付かなかっただろう。自分で洗いものをしなければならないようになった最初の夏、たった一週間の不精でシンクが腐海にのまれた。同じころ冷蔵庫内の野菜室、生ゴミ用のゴミ箱でも同時多発的にバイオテロが発生。3畳のキッチンは全域にモザイク処理が必要なありさまで。復旧に多大な苦労を要したのである。

 だから朝は、他はともかくとして食事関係だけは極力マメに処理するようにしていた。それでも普段使いのコップなどは、茶渋で内側が変色するほどには放置されているけれど。


 閑話休題。

「まあ、店行きゃおいおい気がつくだろ」

 気楽に。女の子はショッピングが大好きなものだし。少なくとも元カノと妹はそうだった。朝も男子としては買い物を楽しむ部類だが、内心付いていけないなと思うことはしばしばあったものである。自分の中で答えが出ているものをわざわざ選ばせて男を試すのは、是非やめてもらいたいと思う次第。 

 そんなことを考えてペルを見ると、どうにも浮かない様子である。もしや女子力の極度に低いマイノリティなのだろうか。通販好きとか。異世界に通販はないか。

「必要なもんってあるだろ。それこそ今日からいるものは今日のうちに揃えておかないと。どうせ日曜でヒマだしな」

 重ねて誘うと、ペルはまた困ったような笑顔を浮かべて。

「いえ、必要はわかりますし、連れて行ってもらえるならありがたいんですが」


「このかっこでお出かけ、します?」

 通報されてもしりませんよ、と。ずんぱらさ。


 確かに、今のペルは連れて歩くには実に危険な女だ。峰不二子ともハイウェイ・キラーとも違うベクトルで。ナボコフとピグマリオンの合わせ技一本といった感じ。

 

 まずもって、大学生と小学生である。やましいことなど何もなくてもちょっと後ろめたい。とても兄妹にはみえない容姿であるのも、それに拍車をかける。

 そもそもが、ペル単体でも十二分に世間の耳目を集めるのである。いわんやカップルをや。この場合、相手方の容姿が平凡であることは減点対象にならない。なんでそんなのと、となるわけだ。

 その上、恐ろしいことに、彼女はその幼い肢体に、現代日本の公共の場に極めて不適切な装身具をまとっているのである。

 首輪。手枷。足枷。

 実用一点張りのデザインをしたそれらは、なるほどある種の機能美ともいうべき性質を備えているが。いくらなんでもファッションというには厳しすぎる。拘束具にとっての機能美とはつまり、被害者から自由を、人間性を奪うことに特化していることに他ならない。

 ついでに言えば。同行者の人生だとか社会的立場だとかも残らず奪い去っていくわけで。いっそ見事なまでの多機能ぶりである。何一つ誰の役にも立たないあたり、徹底している。

 

 もうこの時点で二人の前に立ちはだかる困難は、エベレストより高くマリアナ海溝より深いようなものだが。そこで死人に鞭打つのがペルのまとう白無垢である。

 

 それは、豪奢な襤褸である。上等の白絹は、糸目の縦横を全て数えたかのような完璧な仕上がり。フリルもふんだんに、数えるのも億劫なほど幾重ものグラデーションを織りなしている。精緻きわまる刺繍のひと刺しに至るまで全てが人の手によるもので、これ一着を仕立てるのにどれだけの技巧と精力が集められたのか、思いをはせるだに気が遠くなりそうだ。一世一代のウェディングドレスでもここまではこだわるまい。なにより。そのたたずまいの全てが、ペルのためのものだ主張しているというのがもうとびきりだ。たぶん、背格好の似たペル以外の誰が着たとしても収まりの悪い絵面になるに違いない。

 そんな、限りない贅沢の中の贅沢が、惜しげもなく刻まれたきずだ。

 国を追われた王族の、世界を越えた亡命者の、あやまたぬ身の証として。主人の姿に最もふさわしいかたちであるために。きっとそのドレスの、絶対にして最期の矜持として。


 つまり、犯罪的なのである。生まれから暴力を運命づけられたかの拘束具たちになんらひけをとらず、朝を塀の中へといざなうだろう。


「服を買いに行く服がない……」

 まさか。まさかあのコピペが現実になろうとは思わなかった。朝の服はペルにとってはぶかぶかで、ただならぬ事情の風情をかもしだしてしまう。コートを着せてごまかすには少々時季が悪い。春の気配も抜けだした、目には青葉の季節である。山ほととぎすも初がつをも、都会暮らしの学生には縁がないものだけれど。


「だから。今日のところは諦めます。これ以上ご迷惑もかけられませんし」

 一見つつましやかに見えるのだが。先送りはなんの解決にもならないとわかっているのだろうか。今日おそれに負けて立ち止まれば、明日歩きだすにはもっと多くの勇気が必要になるのに。明日になったらよそいきの服がはえてくるわけでなし。ズルズルと先延ばしにしても事態はまるで好転しない。

 逆にわざとやっているとしたら大した政治家の資質である。どうもペルはそちらのような気がしてならないが。


 さりとて、無策に外出して御用というのもよろしくない。朝は何か手がないかと考えて……ふとひらめいたアイデアを口にした。

「じゃあさ。とりあえず適当な服を買ってくるから、それ着て行こう」

 さだめし名案である、と自画自賛しつつ。朝がペルの様子をうかがうと、なかなか、まんざらでもなさそうである。

「それでいきましょう。それがいいです、うん」

 上機嫌で同意して。あ、でもと声をひそめて言うことには。

「あまりへんなのとかえっちなのはダメですよ」


 まったくもって、杞憂と言わざるをえない。どんな服を着せたって、いや、たとえ何も着せなかったとしても、今のペルの姿よりは貞淑にみえるだろうから。

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