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1K8畳亡命記  作者: CoA
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平和;次の戦争のための準備期間(直訳)

 一息ついて。

「朝ごはん、さ。何食べる?」

 といっても。実際もう午後2時を回っているのだけれど。起きてから最初に食べるのだから、朝食でいいのだと、朝はそう思っている。

 自分が起きた時刻が扇谷家の朝だ。朝だけに。わかりにくいな。

 

「なんでもいいですけど」

 えてしてよくある、最大難度の返しだった。ペルのあっさり具合にもいい加減慣れてきたところである。予想はできたが、しかし。

 朝は、キッチンへつながる扉を開けて冷蔵庫をあさる。案の定、ろくなものが入っていない。調味料と飲料をのぞくと、賞味期限のあやしい卵がいくつか。あとはハムとチーズ塊ぐらいだろうか。ヨーグルトのカップには、おおさじにひと掬いあるかないかしか中身がなかった。

 朝は料理という選択肢を早々に放棄した。ここはすっぱり、日本文明の叡智の結晶に頼ろう。つまり、お湯入れて3分。

 

 居間を振り返ると、ペルはお茶の入ったグラスを指でつっついていた。子供らしくてなんとも微笑ましい。朝はその背中に呼び掛け。

「カップめんでいいかー? 冷蔵庫すっからかんだし」

 きっとまた、いいですよーなんて薄味の答えが返ってくるかと思っていたら。


 くるん。

「チキンラーメン!!」

 すさまじい喰いつきだった。長い交響曲の中、たった一回の出番を迎えたシンバルのように。打てば響く。日清がそんなに好きか。すぐ食べたいのはわかるけど。

 朝は気圧されるように、了解と言った。


 そんな風に返した手前ありませんとは言えないなと思いつつ、朝は流し台の下の戸棚を探る。すぐ目に付いたのはどん兵衛が3つ。先週の広告の品だったそれらのうち、緑のパッケージのものを一つとって、自分用に確保。

 残りを脇にどけて奥を見ると、UFOとSPA王が鎮座していた。どうも、日清信者略してにんしんは自分のことだったかと朝は思い。直後、一大事に気づいた。

 チキンラーメン、ないじゃん。

 

 さすがに文句をつけたりはしなかったが、ソース焼きそばをすするペルの横顔はあんまりにも悲しげで。朝は、これからはきっとチキンラーメンを常備しようと誓ったのだった。


 腹もくちるとペルの機嫌も回復した。

 曰く。

「UFOだって嫌いじゃないです。ええ、ぺヤングに比べたらずっと」

 それを聞いて朝は安堵した。これから同居する彼女は同じ派閥に属する同志なのだと。念のため尋ねてみると、やはり赤いきつねよりはどん兵衛とのこと。もしこれがマルちゃんの使徒だったら泥沼の宗教戦争に発展するところだ。ついさっき帰依したばかりだけど。

 

 この際、同棲前に火種を解消しておこう、と朝は思った。正座に座りなおして机上で両手を組んでペルを見つめる。

 つられたようにペルも居住まいを正して正座。しかし、事情を把握してはいないようで、目をしばたかせながら朝を見返してくる。緑の目はしっかりと、赤の目はゆらゆらと。

 首輪の放つ虜囚の雰囲気も手伝って、気分は異端審問官である。

「コアラとパイの実なら?」

 唐突な問いに、驚いたようにえ、と声をあげ。

「パイの実が好きです」

 しかし律儀に答えた。朝はよし、とうなずくと、続けて。


「ポッキーとトッポは?」

「ポッキーですね」


「カントリーマアムはどっち?」

「茶色は余りますよね」


「ポテチの味は?」

「パンチの謎がすてきなコンソメパンチが」


「ポカリとアクエリでは?」

「う~ん、ポカリ……かな」


「コカとペプシは?」

「ペプシのチャレンジ精神は評価します」


「豆腐は絹ごし? 木綿?」

「木綿の方が使い勝手がいいので」


「粉ものなら?」

「おおさかモダン」


「あんこといえば?」

「こしあんが王道でしょう。粒あんは手抜き」


「目玉焼きには?」

「塩だけで十分です」


「から揚げにレモンを?」

「かけた方が好きですよ」


「『豚汁』なんて読む?」

「とんじるじゃないんですか?」


「ファーストフードは?」

「ウェンディーズ好きでした。店舗少ないですけど」

 今ではもう0である。


「牛丼チェーンは?」

「なか卵が美味しいと思います」

 そりゃ親子丼の店だと言うと、ペルは逡巡して。

「なららんぷ亭で」


 ふうむ、と朝は考え込んだ。今のところ、いくつかの見解の相違はあったものの、決定的な決裂とは言い難かった。重要ポイントではおさえるかはぐらかすかしてくる。王女かどうかはともかく、政治家には向いているかもしれない。

 しかし、最後に一つ重大案件が残っていた。もしここで志を違えるなら、前言を翻して袂を分かたねばならぬと思うほどの一事である。そんな決別は朝としても本意ではない。

 それでも、それでもだ。もし彼女があの憎たらしき、不倶戴天の、例え嵐の船中で同道しようとも手を取り合うことができぬ、その勢力に与する者であるなら。

 

 心中で覚悟を決めると、両の目を閉じ、深く嘆息して、きっとペルを見据えた。

 緊張は極限だ。朝は判決を下す側であり、死刑を宣告する側である。朝の胸先三寸でこの哀れで可憐な少女の運命が決定づけられることになる。融和と共栄か、拒絶と抗争か。後者であれば、ペルはひとり異境で、寄る辺もなく、まだ咲く前のつぼみのまま、儚く命を散らすことになるかもしれない。自分の一言が、そう仕向けることになるかもしれない。

 世の裁判官は偉大だ、と朝は思った。絶対の裁定者であるということがこんなに重圧になるとは思いもよらなかった。

 

 すると、どうやらペルにもただならぬ様子が伝わったようで、朝にはペルが緊張に身をすくませたのがわかった。ごくり、と息をのむ音がいやに響く。こわばって固まった身体の中で、唯一視線だけが不安げにうろつく。まさに蛇ににらまれた蛙。


 ペルをそんな境遇から解放するべく、むしろ慈悲の心で、しかし重々しく、朝は口を開いた。

「きのこと、たけのこなら。ペル、きみはどちらを選ぶ?」


 その最終審問に、ペルは。

 あまりの重圧から逃げるように。

「きこりの切り株がが好きでひゅ」

 かんだ。


 いにしえの孫子の言のとおり、逃げるにしかず。

 こんこん、と手槌でテーブルを叩いて判決を言い渡す。


「おまえのような異世界人がいるか!!」

 無罪、ただし傍論にて重大な疑義。








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