残照の照らす夜道を行く
初投稿作になります。よろしくお願いします。
ほのぼの日常系……の皮をかぶったナニかです。
日曜日の朝。まだ暗い部屋で、扇谷朝は目を覚ました。
視界には緑の輪やら青いドットやら赤いもやがちかちか瞬き、側頭部にじんじんとした鈍痛を感じる。決して気持のよい目覚めではなかった。典型的な二日酔いの症状である。
「あ゛ぁぁぁ……」
朝は低い声でうなると、起き上がってベッドから降りた。喉も渇いている。水でも飲もうか、と朝はキッチンへ向かい……床上の何かをふんづけて足を滑らせた。
「んだよクソ……」
寝ぼけまなこでちらと見ると、暗くて色はわかりにくいが、どうも白っぽいかたまりである。脱ぎ散らした服か、置きっぱなしのレジ袋か、あるいはほったらかしのレジュメか、と朝はそれを蹴り飛ばそうとした。起きぬけに二日酔い、かてて加えてこのトラップといい加減イライラもつのってきたところである。朝は少し大仰に、サッカーのコーナーキックでも蹴るように、右足をそれに叩きこむ。
しかし。
「んんっ」
思わぬ感触と重量。そして声。
朝はあまりの驚きに声も出ない。なにせ自分の部屋、一人暮らしの男子学生の部屋で他人の声がするのだ。それもよりによって女の声である。
朝はまだろくに回転していない頭を絞って記憶を手繰っていく。昨日は飲み会だったが、ゼミコンだった。女性といえば60前の教授と眼鏡の四回生だけのはずで、まさか連れ込むわけもない。去年できた彼女は半年前に別れた。PCのディスプレイは非光沢の黒色で、枕元の携帯は昨日から電池切れ。
思い当たる可能性は全て空振りで、朝は一つの結論にたどりついた。足元のこれは、つまり不審者で不法侵入者なのだ。
一息ついて、バルコニーに通じる窓のカーテンを引く。外の光は十分に明るく、目を細めてみると太陽はもう南の頂点にほど近かった。ふと時計を見れば午前11時、45分を回ったあたり。つまりまだ朝だ。世の大学生に聞けば100人が100人そう答えるはず。まして日曜日ともなれば、まだ早朝といえる。言っていい。言ってしまえ。
三段活用の自己正当化はともかく、部屋の中に光が差した。8畳の部屋の端から端まで、天井のシミだってはっきり見える。
そうして改めてそのかたまりを見ると、確かにそれは人らしかった。
白いと思われた彼女は、しかし単色ではなくて、白の二色刷りであった。
こちら側はおおむね白い布で覆われている。それはいかにも白絹といった風情で、昼白色の太陽の光を反射して金色がかっているようにも見えた。一方のキッチン側は長く豊かな白髪、それも色を失った老人の白髪ではなく、銀とか灰とかあるいは蒼とも思えるような、つまりプラチナブロンドである。
そんな美しいたたずまいを見て、朝は警戒心をむしろ強めた。白だの銀だのの髪で、そのくせ女ひとりにしては小さい彼女である。多分外国人で子供だろうとすると、やはりどう考えても不可解である。ひとりきり、見知らぬアパートの一室で眠っているというのは、いったいどこでどんな経過があったのかもわからない。
よもやダイナミック部屋間違いだとか、逆に自分が酔って部屋を間違ったとか、はたまたアグレッシブな新ジャンル居眠り強盗の第一人者だとか、昨今見なくなったドッキリ企画の一環では、いや新種のエクストリームスポーツかもしれない……などと、益体もないアイデアばかりが頭に浮かぶ。きっと血の代わりに未分解のアルコールが脳をめぐっているに違いない。ああ、リアル押しかけヒロインという線はないだろうか。いやいやアニメの第一話でもあるまいし、いやでももしそうならねんがんのハーレム系主人公に。「やれやれ」とか「え、なんだって?」とか練習すべきだろうか。
他、あれやこれや。
可能性は無限大で、実現可能性は無限小だという真理には気づかないふり。
しばらくたって。
「んぅ~……むにゃ」
寝息のような吐息一つ。それで朝の脳内からすぅっと熱が引いた。攻略予定のない慈愛系押しかけメインヒロインに見えていたそれは、現行犯Xのはずだったのだ。
だいたいにして。この超難問who's whoの模範解答は、すぐ目の前で眠っているわけで。訊けばいい、と朝はようやく気付いた。
そのためにはまず彼女を起こさなくてはならない。だから彼女の肩を掴んでゆすってやって……はて、見ず知らずの女性を寝ている間に触るのはいいのだろうか、と朝はふと思いなおした。そしてすぐに再度自己肯定。問題ない。
だってさっき思い切り蹴ったのだ。彼女の身体の向きから察するに、多分お尻のあたりを。
結論から言って、彼女はなかなかの起床術の使い手だった。
朝がおい、起きろと声をかけながら着衣ごしに腰をゆすってやると、身体をよじって払い落としにかかった。諦めずにもう一度掴みかかると、今度はちゃりちゃりと金属音をたてながらキッチンの方へ逃亡をはかった。肩を掴んでひっくり返せば、光を嫌ってむずがる。手を離したとたんにうつぶせになり、さながらアルマジロのように身体を丸めて暗闇を確保。
あの手この手で惰眠にすがりつく様はいっそ見事で。
だから朝は、無慈悲な鉄槌を下すという一大決断に至ったのだ。
「いい加減に起きろこの昼まで寝太郎!!」
すぱこーん。
わきゃあ。
ごろごろ。
ぱたん。
奇しくも、時計の針はひと揃い。日曜の昼をお知らせしていた。