第36話:サンテスの警告、見えない電脳戦
見えない「情報の戦場」。アイゼンの領主クサナギによる、卑劣かつ高度なハッキングがアークスハイムを襲います。
アークスハイムの地下深部。そこには、かつての魔導文明の遺構を利用した、この大陸最大の「中央魔導管制室」が存在する。
無数の魔力回路が青白い光を放ち、血管のように壁を這う中、フィンは一人、巨大な水晶型コンソールを前にしていた。
「……サンテス。アイゼン側の動きは?」
フィンの問いに、脳内の電子音声が即座に応答する。
『――状況を報告します。方位0-4-5、アイゼン領内より、超短波による指向性通信を傍受。通信プロトコルは旧世界の軍事規格「レベル3」を使用。目標はアークスハイムの防衛ネットワーク――第一隔壁の「精神防護壁」です』
フィンの瞳が、青白い光を帯びて明滅する。
アイゼンの領主クサナギ。彼は、帝国を武力で突撃させ、その混乱に乗じてアークスハイムの「脳」をハッキングしようとしていた。
「物理的な侵攻は囮……。本当の狙いは、この都市の機能を内側から停止させることだね」
『肯定します。現在、クサナギにより外部から「強制上書きコード」が送信されています。これを許せば、都市を囲む障壁は消失し、自動迎撃システムはすべて味方を狙う「叛逆者」へと変わります』
フィンは、コンソールに小さな掌を置いた。
サンテスの演算能力をアークスハイムの防壁へと同期させる。目に見える火花こそ散らないが、そこでは光速の百万倍に及ぶ「電子の攻防」が繰り広げられていた。
その頃、都市アイゼンの最上階。
クサナギは無数のホログラムパネルを操作し、愉悦に近い笑みを浮かべていた。
「……ほう、アークスハイムの防御プログラムが、私のコードを『理解』して弾き返したか。あの子――フィンか。期待以上の処理速度だ」
クサナギの指先が、鍵盤を叩くように高速で動き回る。
彼はこの世界において、唯一「理」を知る者だ。ドローン、放射能、量子AI。かつての世界の遺産を「力」として操る彼にとって、この中世的な世界はただの砂上の城に過ぎない。
「だが、あの子には決定的に足りないものがある。それは『悪意』と『経験』だ」
クサナギが黒いコマンドを入力した瞬間、アークスハイムの管制室で火花が散った。
「――っ、く……!?」
フィンが苦鳴を上げ、膝をつく。
サンテスが警告を鳴らす。
『緊急事態。敵は正規の通信経路ではなく、都市に住む市民たちの「個人用魔道端末」を経由して、数十万のノイズを同時多発的に発生させています! これは……「DDoS攻撃」の魔導応用版です!』
都市の機能が麻痺し始めた。街灯が明滅し、エレベーターが停止し、市民たちの悲鳴が地下まで届く。
善良な人々が持つ便利な道具が、知らぬ間にフィンを、そして都市を攻撃する「武器」へと変えられていたのだ。
「……ひどい。こんなことのために、技術を使うなんて」
フィンの指が震える。
だが、その時。背後に立つ影が、そっとフィンの震える肩に手を置いた。
「フィン、一人で抱え込むんじゃないよ。私たちは、そのためにここにいる」
アリシアだった。彼女の背後には、ガルド、リッカ、そしてギバザといった《鉄の梟》の幹部たちが勢揃いしていた。
「リッカさん! アリシアさん……でも、これは魔法じゃなくて――」
「理屈は分からんが、お前の敵が『姑息な手口』を使ってることだけは分かった。……おい、リッカ。出番だろ」
ガルドが不敵に笑い、参謀リッカが眼鏡を指で押し上げた。
リッカは、ネズミ獣人王家の血筋に伝わる、特殊な「共感覚」の秘術を持っていた。
「フィン君。君が『見えない盾』で防いでいる間に、僕がこの都市を駆け巡り、物理的に『ノイズの源』を特定して回る。……物理攻撃には、物理で返す。それが傭兵の流儀だ」
「ギバザ! リッカを運べ! アリシア団長、我々は管制室の物理防衛を!」
一転して、静まり返っていた地下室が戦場へと変わる。
リッカはギバザの背に飛び乗り、音速を超える『神速』と『俊足』のコンビネーションで、都市中のハッキングポイントを潰しに跳んだ。
「……あ、ありがとう。サンテス、僕たちも『反撃』だ!」
フィンは、仲間の存在がもたらす心の熱を、そのまま演算能力へと転換した。
一人では支えきれなかった情報の荒波も、仲間が物理的なノイズを削ぎ落としてくれるなら、耐えきれる。
フィンの意識の中で、サンテスのロゴが金色に輝き、逆侵食コードが生成される。
『逆解析完了。目標・アイゼン通信拠点「タワー・オブ・アイゼン」。――カウンター・プログラム、送出!』
「……なにっ!?」
アイゼン側。クサナギの操作パネルが、唐突に真っ赤なエラー画面に染まった。
次の瞬間、アイゼンを象徴する巨大な時計塔が、物理法則を無視した「過負荷」によって、青白いプラズマを吹き出しながら沈黙した。
「……ハッキングを逆探知し、こちら側のハードウェアを直接焼き切ったというのか。……ふふ、あはははは!」
クサナギは崩れ落ちた機材の前で、狂ったように笑い出した。
「素晴らしい! 実に素晴らしいぞ、フィン! 君はすでに、私と同じ『神の視座』に立ち始めている!」
見えない電脳戦は、フィンの勝利で幕を閉じた。
だが、クサナギの瞳には敗北の影など微塵もなかった。
「……これで確信した。力ずくで君を奪うには、生身の兵士では足りない。……『あれ』を出そう。アイゼンの真の守護神を」
アークスハイム管制室。
戦いを終え、全身から滝のような汗を流して倒れ込むフィン。
そんな彼の姿を、ハクと赤竜が心配そうに覗き込んでいた。
「クゥ……」
「ギュイ……」
二匹は、フィンの「疲れ果てて、安堵した表情」を一生懸命に真似しようとした。
だが、その結果。
ハクは死の淵から蘇ったゾンビのような「虚無の瞳」で口を半開きにし、赤竜は安堵のあまり喉から毒素を含んだ「紫色の中和ガス」を噴き出しながら、阿修羅のような形相で天を仰いだ。
「「「「死んでる!? フィン様が、あの魔物たちの毒気で殺されてるわぁぁ!!」」」」
駆けつけたメイドたちが、白目を剥いて次々と卒倒していく。
「あ、あはは……。僕は大丈夫だよ、みんな……」
フィンは苦笑いしながら、仲間の絆と、これから訪れるさらなる激戦を予感していた。
アイゼンが見せた「技術」の底は、まだ見えていないのだ。
電脳戦という、これまでの魔法ファンタジーを越えた異色のバトルを描きました! フィンくんとリッカさんたちの連携、熱かったですね。
そして従魔たちの「真似」は、もはや周囲を殺傷するレベルに……(笑)。
次話、アークスハイム防衛戦・前哨。ついに帝国騎士団が、アイゼンの「贈り物」を手に現れます!
評価とブックマーク、ぜひよろしくお願いします!




