第十五話:鋼鉄の街の不協和音
1. 魔導蒸気の洗礼
アイゼンの鉄門をくぐった瞬間、フィンを襲ったのは暴力的なまでの熱気と騒音だった。
巨大なピストンが地面を揺らし、配管の継ぎ目からは、不完全な圧力制御による甲高い蒸気の悲鳴が漏れ出している。
(……うるさい。それに、熱の逃げ道がめちゃくちゃだ)
フィンの脳内では、無意識のうちに街全体のエネルギー効率が計算されていた。夢の中の都市では、エネルギーはもっと静かに、優雅に、そして徹底的に管理されていた。だが、この街の技術は、魔法という名の「強引な解決策」に頼りすぎている。
「圧倒されるだろう、フィン。ここが大陸の心臓、アイゼンだ」
アリシアが誇らしげに胸を張るが、フィンの表情は晴れない。
「……姉御、坊主の顔を見てな。感動してるんじゃねぇ、『なんて出来の悪い機械だ』って呆れてる顔だぜ、ありゃあ」
リッカがひげを撫でながら、ニヤリと笑う。彼の洞察力は相変わらず鋭い。
一行は街の喧騒を抜け、団のなじみである場末の宿酒場「錆びた歯車亭」へと向かった。
2. 異変の予兆
宿に荷を下ろした夜。団員たちが久しぶりの街の酒に酔いしれる中、フィンは一人、裏庭にある壊れかけた蒸気ポンプの前に立っていた。
宿の主人が「もう何年も動かないガラクタだ」とこぼしていた代物だ。
フィンがその配管に手を触れた瞬間、再び「彼」の意識が浮上した。
「……バルブの気密性が死んでる。それに、この循環路……逆流防止弁がついてない。これじゃあポンプを回すたびにウォーターハンマーで内部が壊れるのは当たり前だ」
「……不思議な言葉を使うのね、あなたは」
背後に立ったのは、マリアンだった。彼女は月明かりの下で、蛇のような舌を少しだけ覗かせながらフィンを見つめている。
「ねぇ、フィン。さっきから感じているでしょう? 街の蒸気に紛れて、あなたを探っている『鉄の匂い』を」
「……はい。ずっと、見られている気がします。でも、普通の視線じゃない」
「ええ。魔力を一切感じさせない。それは、魔法に頼らず技術だけで殺人を極めた連中――アイゼンの暗殺ギルド『黒い歯車』のやり方だわ」
3. 闇に溶ける殺意
その時だった。
裏庭を囲む錆びた鉄柵の向こう、立ち上る蒸気のカーテンが不自然に揺れた。
音も、気配もない。
ただ、フィンのサンテス族としての「感覚」が、空気が物理的に切り裂かれたことを察知した。
「伏せて!」
マリアンが叫ぶのと同時に、フィンの頬を冷たい「鉄」がかすめた。
飛来したのは、魔力による強化を一切施されていない、純粋な鋼の投げナイフだった。魔法障壁に反応させないための、物理法則のみに依存した攻撃。
「ちっ、外しやがったか」
蒸気の向こうから、機械のような無機質な声が響く。
現れたのは、全身を鈍い銀色のプロテクターで固め、背中に小型の蒸気噴射装置を背負った男だった。
「サンテス族の生き残りと、鉄の梟の化け物ども。……この街に入ったのが運命の尽きだ。坊主、お前のその『知恵』、我らが主が欲している」
4. 物理の逆襲
暗殺者がブースターを噴射し、重力を無視したような速度でフィンに肉薄する。その手には、高周波で振動し、触れるものすべてを切り裂く「魔導振動剣」が握られていた。
マリアンが魔法を使おうと指を立てるが、暗殺者の動きの方が速い。
だが、フィンは逃げなかった。彼の瞳には、暗殺者の加速ベクトルと、ブースターから噴出される蒸気の温度分布が、残酷なまでの精密さで「視えて」いた。
「……その出力設定、間違っていますよ」
フィンは足元にあった、先ほど修理していた蒸気ポンプの「排圧レバー」を、計算されたタイミングで思い切り蹴り飛ばした。
プシュゥゥゥゥッ!!
ポンプ内部に溜まっていた、制御不能なほどの高圧蒸気が、暗殺者の足元にある排水溝へ向けて一気に解放される。
「何っ!?」
不意に下から突き上げられた超高温の蒸気と圧力の乱れにより、暗殺者の姿勢制御が崩れた。空中での姿勢を失い、無防備に放り出される銀色の体。
「ガルドさん! 今です!」
フィンの叫びに呼応するように、影の中から巨大な鋼鉄の盾が突き出された。
「……逃さん」
不動のガルドによる一撃。空中で姿勢を崩した暗殺者は、そのまま壁へと叩きつけられ、沈黙した。
5. 交錯する恐怖
静寂が戻った裏庭で、ガルドは暗殺者の死体を確認し、重々しくアリシアを呼んだ。
「団長。……これはただの賞金稼ぎではない。アイゼンの支配層が、フィンの能力に気づき始めている」
アリシアはフィンの震える肩を抱き寄せ、暗い瞳で街の煙突を見上げた。
「……リッカ、どう思う」
「……最悪だねぇ。坊主がただの『珍しい種族』じゃなくて、『技術の歴史を塗り替える天才』だってバレちまった。……アイゼンの連中にとって、こいつは魔法よりも恐ろしい『核』に見えてるはずだぜ」
フィンは自分の手を見た。
自らの知識で、初めて人を打ち倒した感覚。それは勝利の喜びではなく、冷たく乾いた「効率的な排除」の感触だった。
夢の中の「彼」が、かつて巨大なエネルギーを扱いながら感じていた、あの逃れようのない孤独と責任感が、フィンの小さな胸を締め付けていた。




