第六話 Aランクの依頼】
五日が経った。
遊はその間、毎日一件ずつ依頼をこなした。
フォレストウルフの群れ。アイアンボア。岩肌に潜む大型蜥蜴。毒を持つ蜂の巣の駆除。川に棲む水棲魔物。
全部一人で、全部一日以内に終わらせた。
五日目の夜、エリスに呼び止められた。
「ちょっといい?」
閉店間際のギルドはだいぶ静かになっていた。残っている冒険者は数人で、遊とエリスの声は自然と周囲に届く距離だった。
「ランクを上げる」
エリスがカウンターに書類を置いた。
「Cランクを飛ばして、Bランクに昇格。ギルドマスターの承認も取れてる」
「早くないですか」
「普通は半年かかる。でも実績が基準を満たしてる。むしろ遅いくらいだよ」
遊は書類をざっと読んだ。確かに依頼の達成記録が並んでいて、その全てに「単独、短時間」という備考がついていた。
「わかりました」
「それだけ? 嬉しくない?」
「ゲームでいえばレベルが上がった感覚なので。嬉しいですけど、そんなに顔には出ないです」
エリスは「そういう人間だね、あんたは」と言って、昇格のスタンプを押した。
そのとき、ギルドの扉が開いた。
入ってきたのは、三人の男だった。
全員、装備が重い。鎧の傷が多い。顔に疲労が滲んでいた。先頭の男が受付に歩み寄って、声を荒げた。
「エリス、緊急依頼だ。ランクSの冒険者に回してくれ」
「落ち着いて、カイン。何があった?」
「北の山道に、ワイバーンが出た」
その一言で、残っていた冒険者たちがざわついた。
遊はワイバーンという単語を頭の中で検索した。神様が叩き込んでくれた記憶の中にある。飛行型の大型魔物。成体になると体長十メートルを超え、炎を吐く。討伐難易度はAランク上位。
「山道を封鎖した。でも明日の朝には行商の馬車が通る予定だ。今夜中に何とかしないと」
「Sランクはリオンしかいない。でも彼は今、王都に出張中で」
「じゃあ誰が行くんだ」
カインが拳をカウンターに叩きつけた。焦りからだと、遊にもわかった。
エリスが少しだけ遊に視線を向けた。遊もエリスを見た。
二人の間で、無言の確認が行われた。
「……俺が行きます」
遊が言った。
カインが振り返った。遊を頭の先から足元まで見て、眉を寄せた。
「お前、Bランクじゃないか。ワイバーン相手に何ができる」
「やってみないとわかりません」
「やってみて死んだら意味がないだろう」
「死なないので」
カインはエリスを見た。エリスは一拍置いてから、静かに言った。
「……信用していい人間だよ、カイン。私が保証する」
カインはしばらく遊を見ていたが、選択肢がないことを理解したらしく、舌打ちして頷いた。
「わかった。ただし単独は認めない。俺たちも同行する」
「構いません」
「急ぐぞ。日が落ちると山道が見えにくくなる」
北の山道は街から馬で一時間ほどだった。
カインの隊が馬を持っていたので、遊は同乗させてもらった。道中、カインが無言だったので遊も黙っていた。沈黙は苦にならない。
山の入り口に着くと、先行して道を封鎖していた冒険者たちがいた。全員、顔が強張っていた。
「どこにいる」
「山頂の少し下です。岩棚の上で休んでいます。動きはまだ」
遊は山を見上げた。夕暮れが終わって、空が濃い紺色に変わりつつあった。岩棚の輪郭が夕陽の名残でかろうじて見える。
「あそこか」
目を凝らすと、大きな影があった。翼を畳んで、岩の上に伏せている。体長は確かに十メートル近い。
(でかいな)
遊の率直な感想はそれだけだった。
「俺たちが囮になる。陽動している間に弓で狙う作戦だが」
「必要ないです」
カインが眉を寄せた。
「このまま倒せます」
「……正気か」
「たぶん」
遊は一歩前に出た。カインが何か言いかけたが、遊はそれより先に右手を上げた。
炎の出力を、今日の練習で掴んだ感覚に合わせて絞った。
広範囲に撒くのではなく、一点に集中させる。ゲームで言えば、範囲攻撃より単体特化のスキルを選ぶ感覚だ。
狙いをつけた。岩棚の上の影に向けて、真っ直ぐに。
「火」
細く、鋭い炎の束が飛んだ。
一直線に山を登って、岩棚に届いた。
轟音。岩が砕ける音。それから、短い咆哮。
そして静かになった。
カインたちが固まっていた。
遊は手を下ろした。狙いは悪くなかった。出力もほぼ思った通りだった。
(うん、だいぶ感触が掴めてきた)
山から何かが滑り落ちる音がした。倒れたのだろう。
カインが口を開くまで、しばらくかかった。
「……今、何をした」
「火を飛ばしました」
「あの距離に、あの精度で」
「練習の成果です」
カインは遊を見た。怒っているのか呆れているのか、混ざった顔だった。
「お前、本当にBランクか」
「今日昇格したばかりです」
「なんで今日昇格した人間がワイバーンを一撃で」
「なんとなくいけそうだったので」
カインは頭を抱えた。後ろにいた仲間の一人が、小声で「化け物だ」と言った。
悪口ではなく、純粋な感想に聞こえた。遊は特に反応しなかった。
翌朝、山道の安全が確認された。行商の馬車は予定通り通過した。
ギルドに戻ると、エリスが依頼完了の記録を書きながら、ぽつりと言った。
「カインから話は聞いた」
「そうですか」
「Aランクへの昇格申請、ギルドマスターに上げておく」
「昨日Bになったばかりですが」
「もう追いついてるから」
遊は少し考えて、頷いた。
「ありがとうございます」
「……本当に、何者なんだろうね、あんたは」
エリスが呟くように言った。独り言に近かった。
遊は答えなかった。
自分でも、うまく説明できる気がしなかったから。




