最初の依頼
登録を終えた翌朝。
遊は宿屋のベッドで六時間寝て、すっきりした頭でギルドに向かった。
引きこもりとはいえ、ゲームのために生活リズムは整えていた。起きて、動いて、飯を食う。それだけでいい。
掲示板には大量の依頼が貼り出されていた。遊はそれを眺めて、一枚だけ抜き取った。
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【討伐依頼】
対象 :フォレストウルフ×5
報酬 :銀貨10枚
推奨 :Cランク
場所 :南の森
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初日から無茶をする理由はない。
まず世界の感触を掴む。MMORPGで言えば、チュートリアルを丁寧にこなすタイプだった。
南の森に入って、三分で依頼が終わった。
フォレストウルフを五頭、発見した。群れで移動しているところだった。
近づくと一頭がこちらに気づいて牙を剥いた。ほかの四頭も振り向いた。
遊が視線を向けた。
五頭全員が、ぴたりと動きを止めた。
それから一頭ずつ、ゆっくりと地面に伏せた。尻尾を下げて、頭を低くして。昨日の黒い獣と同じ様子だった。
(やっぱり神の加護の効果か)
遊は辞典で調べた内容を思い出した。
『神の加護』は「周囲の生命体が本能で格の差を認識し、敵意を失う」という効果らしい。要するに、見られるだけで相手が戦意喪失する。
(便利なんだか、つまらないんだか)
戦闘にはならなかった。ウルフたちの毛を採取の証拠として数本いただいて、遊は森を出た。
ギルドに戻ると、エリスがカウンターで書類を捌いていた。遊が依頼書を差し出すと、受け取りながら時計を見た。
「……早くない? 出てから三十分も経ってないけど」
「向こうが戦う気をなくしてたので」
「意味がわからない。遭遇はした?」
「しました」
「戦闘は?」
「してないです」
エリスはしばらく遊を見た。そして毛の束を確認して、依頼完了のスタンプを押した。
「……聞いていいか」
「どうぞ」
「魔物を前にして、怖くないの?」
遊は少し考えた。
「ゲームに出てくる敵を怖いと思ったことがないので。感覚的にはそれに近いです」
「この世界に来て、怖いものは何もない?」
「強いて言うなら、ネット環境がないことです」
「……ゲット、なんとか?」
「説明すると長いので省きます」
エリスはため息をついた。でも今日は昨日より、少し笑っているように見えた。
「わかった。次の依頼、もう少し難しいのにしてみる?」
「どのくらいですか」
「Bランク相当の魔物。普通の冒険者なら三人パーティで挑む案件」
遊は特に表情を変えずに頷いた。
「構いません」
「……怖いもの知らずか、本当に強いか、どっちかだね」
「たぶん後者だと思います」
「根拠は?」
「鑑定の結果を信じるなら、ですけど」
エリスはまた笑った。今度ははっきりと、呆れ混じりの苦笑いだった。
「確かに、あれを見た後じゃ疑えないか」
翌日の依頼書を受け取って、遊は宿屋に引き返した。
夕暮れの石畳を歩きながら、ふと空を見上げた。
元の世界と同じ青で、でも少しだけ色が濃い気がした。
(なんとなく、悪くない)
遊にとって、それは最大限の肯定だった。
チート無双男の、異世界漫遊記。まだ始まったばかりだ




