第七話 調査の朝、あるいは余計な注目
翌朝、ユウは約束の時間より少し早くギルドに着いた。
早すぎたかと思ったが、リオンはすでにいた。執務室の机で書類を読んでいて、ユウが入ってきても顔を上げずに「座れ」と言った。
ユウは椅子に座って待った。
五分ほどして、リオンが書類を置いた。
「昨夜、東区で魔力汚染の被害が出た。聞いたか」
「食堂で噂を聞きました」
「早いな」リオンが少しだけ眉を上げた。「犬三頭が暴れて住人二名が軽傷。魔物ではなく、普通の飼い犬が汚染されたケースは初めてだ」
「動物への影響が出始めているということですか」
「そうだ。これまでは魔力を持つ魔物が変異するだけだった。魔力を持たない生き物まで影響を受け始めているなら、汚染濃度が上がっている可能性がある」
ユウは昨夜整理した情報を頭の中で照合した。
「発生源が王都に近いか、あるいは複数の発生源が同時に活性化しているか」
「同じ結論に至ったか」リオンが机に地図を広げた。「これが王都周辺の地図だ。赤い印が異常の報告地点」
地図を見た。赤い印が七つ。王都を中心に、半径二十キロほどの範囲に散らばっている。不規則に見えるが、ユウはすぐに気づいた。
「円になっています」
「……そうだ」
「等間隔ではないですが、王都を囲む形に並んでいる。意図的な配置かもしれない」
リオンが静かにユウを見た。
「俺も同じことを思った。だが、それを口にする人間がいなかった。意図的な配置というのは、つまり誰かが仕掛けたということだ」
「そうなりますね」
「怖くないのか」
ユウは少し考えた。
「怖い、という感覚がよくわからないので。ただ、仕掛けた理由と目的が気になります」
リオンが短く息を吐いた。呆れているのか、何か別の感情なのか、ユウには読めなかった。
「今日は東区の井戸跡を調査したい。王都内にも古い井戸が複数ある。使われなくなったものが地下に残っている可能性がある」
「地下に繋がっているかもしれない、ということですか」
「それを確認しに行く」
東区は静かな区画だった。
石畳が綺麗に整備されていて、建物も大きい。貴族の屋敷が並んでいる。通りを歩いていると、視線を感じた。屋敷の窓から、こちらを伺う目がある。
リオンが前を歩いていて、ユウがその隣を歩いていた。随行はそれだけだ。
「目立ちますね」とユウが言った。
「Sランクが動けば目立つ。慣れた」リオンが淡々と答えた。「それより、お前の方が見られている」
「私がですか」
「昨日の検問で兵士に魔力異常を報告したことが、すでに上に伝わっている。情報が早い街だ」
ユウは少し考えた。情報が早いということは、誰かが意識的に集めているということだ。貴族の屋敷が多い区画なら、私設の情報網を持っている家もあるだろう。
「私の情報が貴族に渡るということですか」
「もう渡っている可能性が高い。Aランクの若い冒険者が魔力異常の報告を持って王都に来た。それだけで興味を持つ家はある」
「面倒ですね」
「そう思うなら、目立つことをするな」
「そう言われても、目立つことをした覚えはないです」
リオンが少しだけ黙った。
「深淵鬼を単独で討伐した時点で、すでに目立っている」
目的の場所は、東区の外れにある古い屋敷跡だった。
今は廃屋になっているが、かつては大きな屋敷だったらしく、石の土台が残っている。庭の隅に、埋められた井戸の跡があった。蓋がされて、上に石が置かれている。
ユウが近づくと、すぐにわかった。
魔力が滲んでいる。石の蓋の隙間から、薄く漏れ出している。街道で感じたものと同じ質感だ。
「ここです」
リオンが確認した。「蓋を開けるぞ」
石をどかして、木の蓋を持ち上げた。
中から、微かに光が漏れていた。
ユウとリオンが同時に覗き込んだ。深さは十メートル以上。暗くて底は見えないが、その暗闇の中で何かが薄く光っている。青白い光。魔道具か、魔法陣か。
「……魔法陣だ」リオンが低い声で言った。「古い様式だ。俺も見たことのない紋様だが」
「いつ頃のものか、わかりますか」
「専門家に見せないとわからないが、相当古い。百年単位かもしれない」
百年前に誰かが仕掛けた魔法陣が、今になって活性化している。ユウは地図を思い出した。王都を囲む円形の配置。
(起動条件が整ったのか)
何かのタイミングで目覚めた。あるいは、誰かが意図的に起動させた。
「リオンさん」
「なんだ」
「魔王が動いているという噂を聞きました。これと関係がありますか」
リオンが井戸から目を離して、ユウを見た。
その目に、初めて迷いのような色があった。ほんの一瞬だったが、ユウは見逃さなかった。
「……可能性はある」リオンがゆっくり答えた。「だが今は確証がない。確証のないことを口にするのは早計だ」
「わかりました」
「ただ」リオンが井戸の蓋を戻しながら言った。「お前には事前に伝えておく。この調査は、想定より深くなるかもしれない」
「それでも構いません」
「理由は」
ユウは少し考えた。
「気になっているので」
リオンが立ち上がった。表情は変わらなかったが、何かを納得したような間があった。
「そうか」
廃屋の庭に、午前の光が差していた。古い石の土台に苔が生えていて、その隙間から細い草が伸びていた。百年前の誰かが残した仕掛けが、今この場所で静かに息をしている。
ユウはもう一度だけ井戸を見た。
謎には、必ず答えがある。ゲームで学んだ数少ない真実のひとつだった。




