第四話 王都の門、あるいは圧力というもの
王都が見えてきたのは、五日目の昼前だった。
丘の頂上に出た瞬間、視界が開けた。
広い。
それが最初の感想だった。城壁だけで高さが十メートルはある。その向こうに建物が密集していて、中心部には白い尖塔がいくつも伸びていた。人の手で作られたものとしては、ユウがこの世界で見た中で間違いなく最大だった。
「大きいでしょう」とトバスが言った。少し誇らしそうな顔をしていた。生まれ育った街ではないが、長く住めば愛着は湧くものらしい。
「思ったより、はい」
ミアが「すごい?」と聞いた。
「すごいです」
正直な感想だった。ゲームで言えば、メインストーリーの核心に近い大都市。フィールドの作り込みが段違いになるポイント。ユウの中のどこかが、わずかに浮き立った。
(……また、バグか)
自己診断。原因不明。思考を打ち切って坂道を下り始めた。
南門には検問があった。
兵士が四人。旅人の列が十人ほど並んでいる。ユウたちも列に加わって待った。
順番が来ると、兵士がトバスの顔を見て「王都市民か」と確認し、子供たちを見て、ユウを見た。
「冒険者か。ランクは」
「Aです」
兵士が認識票を確認した。それだけで表情が少し変わった。警戒、というより、値踏みするような目だった。
「入都の目的は」
「ギルドへの登録と、情報の報告」
「情報?」
「街道沿いで魔力異常を確認しました。古井戸から漏れ出している可能性があります。ギルドか、然るべき機関に伝える必要があると判断しました」
兵士が隣の兵士と顔を見合わせた。小声で何かを話している。それからユウに向き直って、「少し待て」と言った。
しばらくして、別の兵士が小走りでやってきた。階級章が違う。上の立場の人間らしい。
「街道の魔力異常について、詳しく話を聞かせてもらえるか」
「構いません。ただ、ギルドにも同じ情報を渡す予定なので、どちらが先でも内容は変わりません」
上官らしき男がユウをじっと見た。年齢は四十代。目が鋭い。値踏みの目ではなく、判断している目だ。
「名前は」
「ユウ。冒険者ランクはAです」
「どこのギルドの出身だ」
「北の街のギルドです。王都への転入登録はこれからになります」
男は少し間を置いてから、「通れ」と言った。「報告はギルドを通してくれ。我々にも共有が来るはずだ」
「わかりました」
検問を抜けると、トバスが小声で言った。「手慣れてるな」
「そうですか」
「普通、兵士相手にあんな話し方はしない。もっと萎縮する」
ユウには萎縮する理由が思い当たらなかった。相手が兵士でも貴族でも、伝えるべきことを伝えるだけだ。ゲームのNPCに階級で態度を変えるプレイヤーは少ない。
王都の中は、外から見た印象よりさらに広かった。
大通りに人が溢れている。露店、行商人、馬車、走り回る子供たち。前の街の数倍の密度だ。ミアが目を輝かせてあちこちを見ていた。レンは人混みに少し緊張しているようで、トバスの服の端をそっと掴んでいた。
「ここで一度別れよう」とトバスが言った。「妻の実家はここから東の区画だ。お前はギルドへ行くんだろう」
「はい」
「連絡先は……そうだな、東区の『トバス雑貨』で通じる。今後も店を続けるつもりだから」
ユウは手帳にメモした。
ミアがユウを見上げた。「またね」
「たぶん」
「たぶんじゃなくて、またね、って言って」
ユウは少し考えた。
「……また」
ミアが笑った。レンは小さくうなずいた。トバスが「世話になった」と頭を下げた。
三人が人混みに消えていくのを、ユウは少しの間見ていた。
見送るという行為を、これまでそれほど意識したことがなかった。前世でも今世でも、別れは基本的に「終了」だった。ゲームのセッションが終われば接続が切れる。それだけのことだ。
なのに今は、人混みの中のミアの赤い上着が見えなくなるまで、なんとなく目で追っていた。
(……また、バグか)
三度目の自己診断。やはり原因不明のまま、ユウは大通りを歩き始めた。
王都ギルドは大通りの中心部にあった。
外観からして規模が違う。三階建ての石造り。入口の上に金色のギルド紋章が掲げられている。扉も分厚い。
中に入ると、広いフロアに受付カウンターが五つ並んでいた。冒険者の数も多い。ざっと見ただけで三十人はいる。雰囲気も前の街のギルドとは少し違う。全体的に、緊張感が高い。
受付に近づくと、担当の女性がユウを見た。
「転入登録ですか、依頼ですか」
「転入登録と、ギルドマスターへの取り次ぎをお願いしたいです」
「ギルドマスターへの取り次ぎは予約制になっておりますが、ご用件は」
「グレン・ドーンからの紹介状があります。それと、街道の魔力異常について報告があります」
受付の女性の表情が変わった。
「……少々お待ちください」
彼女が席を立って奥へ消えた。ユウは待合のベンチに座って、フロアを眺めた。
何人かの冒険者がこちらを見ていた。Aランクの認識票が目に入っているのかもしれない。あるいは単純に、見慣れない顔だからか。
どちらでもよかった。
受付の女性が戻ってきた。
「ギルドマスターがお会いになります。こちらへどうぞ」
ユウは立ち上がって、封筒を鞄から取り出した。
グレンの封筒。まだ開けていない。中身が何であれ、渡すのが自分の役目だ。
奥への扉が開いた。




