第二話 同行者と、空の話
男の名前はトバスといった。
元は王都で小さな雑貨屋を営んでいたが、仕入れのために遠方まで出向いた帰りだったらしい。妻を亡くしたことは、歩きながらぽつりぽつりと話してくれた。ユウは相槌を打ちながら聞いた。何を言えばいいかわからなかったが、トバスも別に答えを求めているわけではなさそうだったので、それでよかった。
子供たちは兄妹で、兄がレン、妹がミア。
レンは警戒心が強く、ユウとは一定の距離を保って歩いていた。ミアはその逆で、三十分も経たないうちにユウの隣に並んでいた。
「ねえ、強いの?」
「たぶん」
「どのくらい?」
「測ったことがないので、わからないです」
ミアはしばらく考えてから、「じゃあすごく強いってことだ」と結論を出した。根拠は不明だったが、否定する材料もなかったのでユウは黙っていた。
街道は緩やかな丘陵地帯に差し掛かり、視界が開けた。空が広い。前世では部屋の窓から見上げる空しか知らなかったユウにとって、この世界の空は毎回少しだけ面積が大きく感じられた。
(ゲームのフィールドみたいだ、とは最初思ったけど)
今はそうは思わない。なぜかは、うまく言語化できなかった。
昼過ぎに街道沿いの小さな東屋で休憩を取った。
トバスが干し肉と水を出し、ユウも堅パンを分けた。ミアが「かたい」と言いながらも黙々と食べていた。レンは黙って食べた。
「王都には行ったことあるか」とトバスが聞いた。
「ないです。今回が初めて」
「そうか。大きいぞ。俺も最初は驚いた」トバスは少し遠い目をした。「妻が王都の出身でな。初めて連れて行ってもらったとき、人の多さに目が回った」
「そうですか」
「冒険者ギルドも王都のが本部に近い。Aランクなら顔を売っておいて損はないぞ」
ユウはグレンからもらった封筒を思い出した。宛名には「王都ギルドマスター リオン殿」とある。グレンが「紹介状だ、渡しておけ」と言っていた。Sランク冒険者らしいが、それ以上の情報はない。
「紹介状を渡す予定の人がいます。リオンという人」
トバスの手が止まった。
「……リオン? 〈白刃〉のリオンか」
「白刃」
「王都じゃ知らない人間はいない。現役最強のSランク。若いのに冷静で、魔物の群れを一人で壊滅させたって話が何度も伝わってる」トバスは少し眉を上げた。「グレンの紹介状があるなら、会ってもらえるだろうが……お前、大丈夫か」
「何がですか」
「いや、リオンは気難しいって噂で」
「そうですか」
ユウは堅パンをかじった。気難しかろうと穏やかだろうと、渡すものを渡せばそれでいい。相手の性格は、会ってから考えることだ。
ミアがユウの袖を引いた。
「ねえ、強い人に会うの怖くない?」
「たぶん、怖いという感情がよくわかってないので」
ミアはまた少し考えてから、「変な人だ」と言った。否定はしなかった。
午後の街道は少し風が出てきた。
丘を越えると、遠くに小さな集落が見えた。今夜の宿場町だ。地図で確認済み。距離にしてあと二時間ほど。
レンがユウの隣に来たのは、そのころだった。
トバスとミアが少し前を歩いていて、ユウとレンが自然と後ろに並ぶ形になった。レンはしばらく黙っていたが、やがて小さな声で言った。
「……さっきの四人、殺したのか」
ユウは少し間を置いた。
「殺してないです。気絶させただけ」
「なんで」
「理由がなかったので」
レンが横目でユウを見た。
「殺す理由がなかった、ってこと?」
「そうです」
また沈黙。レンは前を向いたまま、少し考えるような間があった。
「……父さんを助けてくれてありがとう」
声が小さかったので、聞き取れなかったふりをすることもできた。でもユウはそうしなかった。
「わかりました」
それだけ答えた。レンは少し肩の力を抜いて、元の歩調に戻った。
宿場町に着いたのは夕方だった。
小さな宿だったが、清潔で飯がうまかった。トバスが「おごる」と言い張ったので、ユウは断る理由を見つけられなかった。シチューと黒パン。スープが思いのほか濃くて、ユウは少し驚いた。
食事中、トバスが「王都についたら連絡先を教えてくれ」と言った。
「礼がしたい。金でも、情報でも、うちの商売で役に立てることなら何でも」
「たぶん、大丈夫ですけど」
「大丈夫じゃなくなったときのために、だ」
ユウは少し考えてから、「わかりました」と答えた。
ミアがスープを飲みながら「また会えるね」と言った。レンは何も言わなかったが、否定もしなかった。
夜、ユウは宿の小さな窓から空を見た。
星が多い。前世では星空をまともに見たことがなかった。田舎に行ったこともなければ、夜中に外に出る習慣もなかった。
(悪くない)
感想はそれだけだった。それだけだったが、窓を閉めるまでにいつもより少し時間がかかった。




