第十三話 廃村の異変
二日半かけて、廃村の近くまで来た。
道中は特に問題なかった。森の中で野宿を二回して、魔物には何度か遭遇したが全員が伏せた。食料も水も足りている。
廃村の手前、一キロほどの地点で遊は足を止めた。
空気が変わっていた。
うまく言語化できないが、重い。湿った土の匂いとは別の、何か濁ったものが混じっている。魔力の乱れ、と表現するのが近い気がした。
遊はステータスウィンドウを開いた。
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【周囲の魔力濃度】
通常値の約12倍
異常な魔力溜まりを検知
発生源:北東方向・約800m
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(12倍か)
灰の牙のダンジョンで感じた魔力とも種類が違う。あれは封印された魔物から滲み出るものだったが、今回は広範囲に拡散している。まるでフィールド全体が汚染されているような感覚だ。
遊は気配遮断のスキルを意識的に強めて、慎重に進んだ。
廃村に入った。
朽ちた木の家が並んでいる。屋根が崩れたものも多い。雑草が石畳の隙間から伸びて、十年の時間が見えた。
人の気配はない。
ただ、魔物の気配は濃い。
村の奥に進むにつれて、地面に異変が見えた。黒い染みが点々と続いている。触れてみると、乾いていたが油のように滑らかだった。
(魔力が固まって染み出したのか)
染みを辿っていくと、村の中央にある古い井戸に行き着いた。
井戸の周囲だけ、草が一本も生えていなかった。地面が黒く変色していて、かすかに発光している。
遊はしゃがんで、井戸の中を覗いた。
深い。底が見えない。ただ、下から何かが漏れ出ている。魔力の塊が、ゆっくりと上に向かって滲んでいた。
(これが発生源か)
その瞬間、背後で物音がした。
遊は立ち上がって振り返った。
廃屋の影から、二人の人間が出てきた。
一人は赤髪の少女で、右腕に布を巻いている。怪我をしているらしく、顔が青白い。もう一人は茶髪の少年で、少女を支えるように肩を貸していた。二人とも装備が傷んでいて、疲弊しきった顔をしていた。
「……あなたは?」
少女が警戒した声で言った。
「ギルドから来ました。ダリルとサラですか」
二人が顔を見合わせた。少年の方が「そうです」と答えた。
「グレンさんに頼まれて、偵察と保護に来ました。怪我の状態は?」
「サラが三日前に魔物にやられました。動けますが、長距離は難しい」
遊はサラの腕を見た。布の下が少し滲んでいる。化膿はしていないようだが、早く処置した方がいい。
「少し待ってください」
遊は氷を作った。薄く、清潔な板状に成形して、サラの腕に当てた。
「冷たっ……」
「痛み止めです。傷を塞ぐ魔法は使えないので、応急処置にしかなりませんが」
「いえ、ありがとうございます」
サラが小さな声で言った。
遊は二人に向き直った。
「状況を教えてください。何がいますか」
ダリルが険しい顔で答えた。
「村の北の森に、でかいのが一体います。見たことのない魔物で……体が半透明で、触れると魔力を吸われる感じがして。俺の剣が全然通らなかった」
「半透明」
「俺たちでは手が出なくて、三日間この廃屋に隠れていました。出ようとするたびに気配を感じて……」
遊はステータスウィンドウで情報を引いた。
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【魔物情報】
名称 :魔力喰い(マナイーター)
ランク:A
特性 :物理半減、魔力吸収、半実体
備考 :魔力の高い場所に発生する。
周囲の魔力を吸収して成長する。
放置すると際限なく強化される。
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(放置すると際限なく強化される、か)
今の段階でAランクなら、さらに成長する前に対処した方がいい。井戸から魔力が漏れ出ているなら、それが栄養源になっている可能性が高い。
「二人はここで待っていてください。終わったら戻ります」
ダリルが目を見開いた。
「一人で行くつもりですか」
「はい」
「相手はAランクですよ。俺たちが三日間手も足も出なかった」
「わかっています」
「……あなたは何ランクですか」
「Aです」
ダリルが絶句した。サラが「大丈夫なんですか」と心細そうに言った。
「たぶん」
「たぶん……」
「行ってきます」
遊は二人を廃屋に残して、北の森へ向かった。
森に入ってすぐ、気配を感じた。
大きい。ゆっくりと動いている。遊の存在を感知しているのか、こちらに向かってくる。
木々の間から、それが現れた。
ダリルの言った通り、半透明だった。人型に近いが輪郭が曖昧で、内側に黒い靄が渦巻いている。高さは三メートルほど。目に当たる部分だけが赤く光っていた。
近づくと、遊のMPバーが微かに減った。
(吸収が始まった。ただ、999,999から引いても大して問題ない)
遊は右手を上げた。
物理半減で、魔力吸収。ならば選ぶ属性は一つだ。
「光」
収束させた光の柱が、マナイーターに直撃した。
悲鳴に近い音がした。半透明の体が揺らいで、輪郭が崩れ始めた。
光属性は闇や魔力を打ち消す性質がある。灰の牙で調べたときに読んだ内容が、そのまま当てはまった。
もう一撃、同じ出力で撃った。
マナイーターの体が散った。黒い靄が空中に広がって、消えた。
森が静かになった。
遊は手を下ろして、呼吸を整えた。特に乱れてはいなかった。
(光属性の正解、確認した)
後は井戸の魔力漏れをどうするかだが、それはグレンに報告してから専門家に任せた方がいいだろう。遊一人で判断できる問題ではなかった。
廃屋に戻ると、ダリルとサラが入口から覗いていた。
「終わりました。帰りましょう」
二人はしばらく遊の顔を見て、それからほぼ同時に息を吐いた。
「……本当に一人でやったんですか」
「はい」
「どのくらいかかりましたか」
「五分くらいです」
ダリルが頭を抱えた。サラが小さく笑った。
三人で廃村を後にした。帰り道は遊がサラを背負った。特に理由を聞かれなかったので、説明もしなかった。ただ、その方が早いと判断しただけだった。




