第十一話 盗賊と、その事情
北の街道は、街から馬で一時間ほど行った先に続く幹線路だった。
両脇を森に挟まれた一本道で、行商人が王都と街を行き来するときに必ず通る。そこに盗賊が出るようになったのは、二週間前からだという。
遊は依頼人の商人と合流して、荷馬車に同乗した。
商人はゴードンという五十代の男で、小太りで人の良さそうな顔をしていた。遊を見て「こんなに若くて大丈夫か」と心配そうだったが、エリスの紹介と告げると「エリスさんが言うなら」と納得した。
「盗賊は何人くらいですか」
「毎回五人から八人くらいです。刃物を持っていますが、素人っぽい動きだと他の人が言っていました」
「玄人の盗賊ではない、と」
「なんというか……怯えながらやっているみたいで。積み荷と金を奪ったら逃げていくだけで、暴力は振るわないんです」
遊は少し考えた。
(怯えながら、か)
その一言が引っかかった。
街道を一時間ほど進んだところで、森の中から人が飛び出してきた。
七人。手に短剣や棍棒を持っている。全員、顔に布を巻いていた。ただ、確かにゴードンの言う通り、怯えている。体が震えている者もいる。
「止まれ! 積み荷を置いて行け!」
声も上ずっていた。
遊は荷馬車から降りた。
七人が遊を見た。遊が視線を向ける。神の加護の効果が出て、全員の動きがぴたりと止まった。
「武器を下ろしてください」
遊が静かに言った。
七人は一瞬固まって、それからぱらぱらと武器を地面に置いた。本能的に逆らえない、という様子だった。
「顔の布も外して」
全員が従った。
顔が見えた。
若い。一番年上でも二十代前半くらいだ。一人は明らかに十代で、目が赤く腫れていた。泣いていたのか、今も泣きそうな顔をしている。
遊はその顔を順番に見た。
「なぜ盗賊をしているか、聞いていいですか」
七人が顔を見合わせた。捕まえられると思っていたのか、質問が想定外だった様子だった。
しばらく沈黙して、一番年長らしい男が口を開いた。
「……村が、困っているんです」
「村」
「二週間前に川が氾濫して、畑が全部やられました。食料も種も流された。このままじゃ冬を越せない。だから……」
男の声が途切れた。
遊は後ろを振り返った。ゴードンが荷馬車の上で神妙な顔をしていた。
「あなたたちの村は、どこですか」
「街道から東に外れた、小さな村です。ラドという村で……」
「川の氾濫の後、ギルドや役所には相談しましたか」
「しました。でも書類の手続きに時間がかかると言われて、支援が来るまで三ヶ月かかるって」
「三ヶ月では冬に間に合わない」
「はい」
遊はしばらく黙った。
頭の中で状況を整理した。
盗賊行為は犯罪だ。捕まえて突き出すのが依頼の趣旨だろう。ただ、この七人を縛って連行することが正解かどうかは別の話だった。
遊はゴードンを見た。
「あなたの積み荷の中身は何ですか」
「食料と布地が半々くらいですが」
「食料をこの人たちに譲ることはできますか。代金は私が依頼料から出します」
ゴードンが目を丸くした。
「……あなたが買い取ってくれると」
「はい。足りなければ手持ちから足します」
ゴードンはしばらく考えた。損はしない計算だと気づいたのか、頷いた。
「わかりました。食料の分は全部お譲りします」
遊は七人に向き直った。
「今日のところはこれで帰ってください。ただし盗賊はやめること。代わりに、ギルドに行って正式な支援申請を出し直してください。私から話を通しておきます」
七人が顔を見合わせた。
「……本当に、いいんですか」
「食料は荷台から下ろします。手伝ってください」
七人は呆然としながらも、遊と一緒に食料を荷台から下ろした。
十代の少年が、最後に遊を見た。目が赤いままだった。
「なんで、助けてくれるんですか」
遊は少し考えた。
うまい答えが思い浮かばなかった。損得で考えれば関係ない話だし、義侠心があるわけでもない。ただ、理由がわかれば対処できる問題だと判断した。それだけだった。
「困っている理由があったので」
「それだけですか」
「それだけです」
少年は何か言いたそうな顔をしたが、結局「ありがとうございます」とだけ言って、仲間と一緒に森の中に消えた。
遊はその背中を見送って、ゴードンの方を向いた。
「すみません。食料代は今払います」
「いや、いいですよ」
ゴードンが手を振った。
「あなたが払う必要はない。私も気になっていたんです、この盗賊たちのことが。まさか村人だったとは」
「依頼の趣旨と外れてしまいましたが」
「盗賊が出なくなれば目的は同じです。それに……あなたがやったことの方が、ずっとよかった」
ゴードンが穏やかに笑った。
遊は「そうですか」と言って、荷馬車に乗り込んだ。
ギルドに戻ると、エリスに顛末を話した。
エリスは黙って最後まで聞いて、それから一言だけ言った。
「ラドの支援申請、私が直接上に話を通す。早めに動かせるようにする」
「助かります」
「あんたが依頼料を食料代に使ったなら、報酬は全額出す。それくらいはできる」
「ありがとうございます」
エリスはペンを走らせながら、視線を書類に落としたまま言った。
「さっき、機嫌がいいって言ったけど。今はもっとそういう顔してる」
「そうですか」
「自分では気づいてない?」
「気づいてないです」
エリスが小さく笑った。
遊は報酬を受け取って、ギルドを出た。
夕暮れの空が、今日は少し赤かった。
目的はまだない。ただ、今日は何かが少しだけ変わった気がした。
遊にはまだ、その正体がわからなかった。




