十話 魔法の研究
深淵鬼を倒してから、遊は一つ気になっていることがあった。
魔法の種類だ。
これまで使ったのは炎だけだった。理由は単純で、最初に試した属性がそれだったからだ。ゲームで言えば、最初に手に入れたスキルだけを使い続けている状態。他の属性も使えるはずなのに、試す機会を作っていなかった。
依頼のない午前中、遊は街の外の草原に出た。
周囲に人がいないことを確認して、左手を前に出した。
「水」
掌から水が流れ出た。最初は細い流れだったが、意識を広げると太くなった。川一本分ほどの水量が空中に弧を描いて、草原に落ちた。
(火とは感覚が違う。火は押し出す感じで、水は引き出す感じか)
次に右手を上げた。
「風」
空気が動いた。最初は微風だったが、絞っていくと刃のような圧力に変わった。近くの草が一直線に薙ぎ倒された。
(鋭い。火より速い。飛距離も出そうだ)
一属性ずつ試していった。土は地面を盛り上げ、壁を作れた。雷は制御が難しく、最初の一発が思った方向と違う場所に落ちた。光は収束させると眩しさで相手の目を潰せそうだった。闇は……重かった。触れると気分が少し沈む感じがして、遊は短時間で切り上げた。
一時間ほど試して、草原の端に腰を下ろした。
ステータスウィンドウを開いて、メモ代わりに頭の中で整理した。
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【各属性の使用感】
火 :出力調整がしやすい。攻撃向き。
水 :範囲に向く。制御の柔軟性が高い。
風 :速度と切断力。索敵にも使えそう。
土 :防御と地形操作。攻撃には不向き。
雷 :威力は高いが制御が難しい。要練習。
光 :妨害と浄化。闇属性の魔物に有効か。
闇 :精神への影響あり。扱いは慎重に。
氷 :未試験。
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(氷を忘れていた)
遊は立ち上がって、両手を前に出した。
「氷」
空気が冷えた。指先から霜が広がって、掌の前の空間が白くなった。それが固まって、透明な塊になった。
遊はそれを眺めた。
(きれいだな)
感想はそれだけだったが、珍しく見た目に言及した気がして、遊は少し不思議に思った。
氷は形を作りやすかった。四角、球、薄い板。意識した通りに成形できる。
(使い方次第で面白いことができそうだ)
ゲームで言えば、属性魔法の組み合わせを研究している段階だ。序盤に一属性だけ上げてきたキャラクターが、他の木を育て始めるような楽しさがあった。
草原から戻る途中、街の入口近くで子どもが泣いているのを見た。
五歳か六歳の男の子で、膝を擦りむいて座り込んでいた。近くに親の姿はない。
遊は立ち止まった。
関わるのが得意ではない。特に子どもとは接点がなかった。引きこもりだったので当然だが、どう声をかけるものかがわからなかった。
ただ、通り過ぎるのも何か違う気がした。
遊はしゃがんで、子どもと目線を合わせた。
「痛いか」
子どもが顔を上げた。泣き腫らした目で遊を見て、こくりと頷いた。
「少し冷やすか?」
遊は右の人差し指に、ごく小さな氷を作った。子どもの目が丸くなった。
膝の傷に、そっと当てた。
冷たさで痛みが和らいだのか、子どもが「つめたい」と言った。泣き声ではなかった。
「魔法、すごい」
「そうでもない」
「どこで覚えたの」
「生まれつきみたいなものだ」
子どもはしばらく遊の顔を見て、それから立ち上がった。膝はまだ赤いが、泣き止んでいた。
「ありがとう」
「気をつけて帰れ」
子どもが走って行った。遊は立ち上がって、その背中を少し見送った。
特別なことをした気はなかった。ただ、氷魔法が傷の応急処置になることはわかった。使い道の一つとして頭に入れた。
それだけのつもりだったが、なぜか少しだけ気分が軽かった。
ギルドに戻ると、エリスが「今日は依頼なしか」と聞いた。
「午前中は魔法の練習をしていました」
「どんな?」
「全属性を一通り試しました」
「……全部試せるのか。普通は一属性使えれば上等なのに」
「雷が難しかったです。制御のコツがまだわからない」
「それ以外は?」
「だいたい使えます」
エリスは「だいたい、ね」と繰り返して、苦笑した。
「午後は依頼を受けるか?」
「そうします。Aランクで何かありますか」
エリスが掲示板を確認して、一枚取り出した。
「北の街道に盗賊が出て、商人が困ってる。護衛と盗賊退治の合わせた依頼。どうする?」
「受けます」
「盗賊は人間だけど、大丈夫?」
遊は少し考えた。人間相手に魔法を使う想定はしていなかった。ただ、殺す必要はない。怯えさせるだけで十分だろう。
「加減します」
「頼む」
エリスが依頼書を渡しながら、少し笑った。
「今日は顔が普段と少し違う」
「そうですか」
「なんか、機嫌がいいみたいな」
遊は自分の表情を意識した。変わっている自覚はなかった。
「そうかもしれません」
理由を言語化するのは難しかったが、否定もしなかった。
魔法の研究が楽しかった。子どもの役に立てた。そのどちらかかもしれないし、両方かもしれない。
遊は依頼書を受け取って、ギルドを出た。




