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怠惰を愛する令嬢の誤算〜冷徹な皇帝が私の寝室で目を覚まさない〜  作者: 九葉(くずは)


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第4話 無人販売所と経済特区の誕生

朝起きると、廊下が緑色に侵食されていた。


「……何かしら、これ」


寝室のドアを開けた私は、足元に転がってきたキャベツを蹴飛ばしそうになって止まった。

廊下の奥まで、野菜、野菜、野菜。

トマトの山、キュウリの壁、カボチャの塔。


「申し訳ありません、お嬢様!」


野菜の山から、マリアが顔を出した。

彼女は両手にバスケットを抱え、さらに背中にも背負子しょいこを担いでいる。


「農耕一号の稼働率が高すぎて……地下倉庫も、空き部屋も、もう限界です! これ以上は、お嬢様の寝室を『芋保管庫』にするしか……!」


「却下よ」


私は即答した。

神聖なる寝室サンクチュアリに、土のついた芋を持ち込むなど言語道断。

しかし、農耕一号を止めるわけにはいかない。

あれは一度止まると、再起動リブートに三〇分もかかるのだ。面倒くさい。


「……売ろう」


私は決断した。

在庫処分だ。

それも、私が一切動かずに済む方法で。


        ◇


屋敷から二キロほど離れた場所。

王国と帝国を繋ぐ街道沿いに、私は立っていた。


ここは人通りこそ少ないが、国境を行き来する商隊や旅人が必ず通るルートだ。


「ここに店を作るわ」


「店番はどうするのですか? 私は屋敷の家事がありますし、まさかお嬢様が接客を?」


「するわけないでしょう。『いらっしゃいませ』なんて五回言ったら過労死するわ」


私は杖(という名の指示棒)を振るう。


土魔法起動。

建築ビルド』。


ズズズズ……。


地面が隆起し、ものの数秒で石造りの小屋が完成した。

屋根付き、棚付き、雨風対策も万全。

さらに、屋敷の地下倉庫と空間を繋ぐ『転送ゲート』を棚の奥に設置。

商品が減れば、自動で補充される仕組みだ。


棚に、魔力を帯びてツヤツヤと輝く野菜たちを並べる。

赤、緑、黄色。

宝石店のショーケースのようだ。


「システム構築。……『無人販売所オート・ショップ』」


私は小屋の前に、木の看板と料金箱(金庫)を設置した。


【新鮮野菜。一袋につき銀貨一枚。

 代金を箱に入れてから商品をお取りください。

 ※万引き厳禁(命の保証はしません)】


「銀貨一枚!? 安すぎますお嬢様! この品質なら金貨でも売れます!」


マリアが悲鳴を上げる。

確かに市場価格からすれば破格だろう。

だが、いちいちお釣りを計算したり、相場を調べたりするのは脳のメモリの無駄遣いだ。

これは「ゴミ処理」の一環なのだから、持って行ってくれるだけでありがたい。


「いいのよ。さ、仕上げのセキュリティ設定ね」


私は小屋全体に、薄い青色の結界を張った。

そして、看板の裏に「条件式イフ・ロジック」を書き込む。


監視(Monitor): 料金箱の魔力センサーでコインの投入を検知。


判定(Check): 商品を持ち出す際、代金が支払われていれば「通過許可」。


罰則(Punish): 代金未払いで商品に触れた場合、および箱を破壊しようとした場合――『即時執行』。


「よし、開店」


私はパン、と手を叩いた。


「え、これで終わりですか? 警備員は?」


「雇うお金と面接の手間がもったいないわ。システムがやるから大丈夫」


「……お嬢様の『システム』ほど怖いものはありませんね」


マリアは妙に納得した顔で頷いた。

私たちはさっさと屋敷へと転移ショートカットした。

二度寝の時間が待っている。


        ◇


数時間後。

販売所の前には、一台の馬車が停まっていた。


乗っているのは、質の悪い冒険者崩れの男たち。

国境付近で活動する、いわゆる「ハイエナ」だ。


「おい見ろよ、誰もいねえぞ」

「なんだこりゃ? 野菜? すげえ魔力を感じるな」

「銀貨一枚だと? 馬鹿かこの店主は」


男たちはニヤニヤしながら馬車を降りた。

彼らの視線は、野菜ではなく、頑丈そうな料金箱に向けられている。


「へっ、無人だと? 『金も商品も全部いただき』って言ってるようなもんじゃねえか!」


男の一人が、斧を振り上げた。

狙いは料金箱。


「いただきだぜェ!」


ガゴッ!


斧が箱に当たった瞬間。


『警告。不正なアクセスを検知。防衛システム、作動』


無機質な合成音声が響く。

直後。


バチチチチチチッ!!


「あががががががが!?」


料金箱から紫色の雷撃がほとばしった。

致死性はない。

だが、人体の運動機能を完全に奪う強力な麻痺スタン魔法だ。


男は白目を剥いてその場に倒れ……ない。


シュルルルッ!


小屋の屋根から伸びた蔦(植物魔法)が、男の足首を掴んで逆さ吊りにした。


「な、なんだ!? おい、大丈夫か!?」


仲間たちが慌てて駆け寄る。

そして、倒れた仲間を助けるよりも先に、商品棚の野菜を掴んで逃げようとした。


「とりあえず野菜だけでも……!」


彼らが商品を掴んだ瞬間。


バチチチッ!

シュルルルッ!


「ほげええええええ!」

「あばばばばば!」


一分後。

無人販売所の軒先には、五人の屈強な男たちがミノムシのようにぶら下がっていた。

彼らの胸には、光る魔法文字ホログラムでこう書かれている。


【私は泥棒です】


さらに、慈悲深いシステムが作動する。

屋根のスプリンクラーが回転し、彼らの顔面に冷水を噴射した。


「ぶべっ!?」

「つ、冷めてぇ!」


死なせないための、自動給水機能だ。

殺してしまうと死体処理の手続きが面倒だからである。


そこに、次の客がやってきた。

豪奢な馬車を連ねた、大陸最大手『蒼天商会』の一行だ。


「……なんだ、あのオブジェは」


商会長の老紳士が、窓から顔を出して絶句した。

軒先に、水浸しの男たちが回転しながら吊るされている。

どう見てもホラーだ。

普通なら逃げ出す。


しかし、老紳士の目は鋭かった。


「……待て。あれだけの屈強な男たちを一瞬で無力化し、生かしたまま晒し者にする技術……相当な手練れが管理している証拠だ。ここはこの街道で最も安全な場所かもしれん」


そして、彼の鼻がピクリと動く。

風に乗って漂う、濃厚で芳醇な魔力の香り。


「それに、あの野菜……」


商会長は馬車を降り、恐る恐る料金箱に銀貨を入れた。

チャリン。

何も起きない。雷も落ちない。

トマトを一袋手に取る。


かじる。


「!!!!!」


老紳士の顔が紅潮した。

「こ、これは……聖女の奇跡など目ではない! エリクサー(万能薬)そのものではないか!」


彼は震える手で懐から小切手帳を取り出した。

そして、金貨三〇〇枚相当の金額を書き込み、料金箱にねじ込んだ。


「あるだけ全部だ! 積み込め! これは帝国皇帝陛下への献上品になるぞ!!」


        ◇


夕方。

昼寝から目覚めた私は、手元の水晶板タブレットを確認した。


【本日の売上:金貨350枚】


「……ん?」


私は目をこすった。

桁がおかしい。

一般市民の年収が金貨一〇枚程度だ。

一日で、小国の国家予算並みの金額が入っている。

自動転送された屋敷の金庫が、物理的に溢れそうになっている警告が出ている。


「システムエラー(バグ)かしら?」


『いえ、正常処理です、お嬢様』


マリアが、うっとりした顔で報告に来た。


「あの……街道が、お祭り騒ぎになっています。商人の馬車で行列ができていて……『吊るされた泥棒の店』として、絶対安全の聖地扱いされています」


「……泥棒は吊るしたままなの?」


「はい。生きた魔除けとして大好評です。見せしめの効果は絶大ですね」


「まあいいわ。カカシ代わりになるでしょう」


私は興味なさげに欠伸をした。

金貨の山?

使い道がない。

強いて言えば、より高級な枕を買うくらいか。


「これで当分、働かなくて済むわね」


私は満足げに頷く。

不労所得。

なんて甘美な響きだろう。


「マリア、今夜は奮発して、隣国から最高級のワインを取り寄せましょう」


「……お嬢様。その『隣国』の皇帝陛下が、この野菜の噂を聞きつけて視察に向かっているという情報が入っていますが」


「へえ、物好きな皇帝もいたものね」


私は枕の位置を調整し、再び布団をかぶった。

まさかその皇帝が、野菜エリクサーの生産者を求めて、私の寝室まで乗り込んでくることになるとは。


この時の私は、まだ知る由もなかったのだ。

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