第3話 自動農場とゴーレム重機
小鳥のさえずりで目覚める。
最高の朝だ。
『環境制御結界』のおかげで、布団の中は常に適温二四度。
湿気ゼロ、ダニゼロ、ストレスゼロ。
「……んん〜、ふわぁ」
私は猫のように伸びをして、ベッドから這い出した。
ニート生活二日目。
今日は何をしようか。
二度寝か? それとも昼寝か?
夢が広がる。
コンコン。
「失礼いたします、リーゼ様。朝食の準備ができました」
マリアが入ってきた。
銀のお盆を持っている。
さすが元暗殺者、気配遮断スキルが高い。枕元に立たれるまで気づかなかった。
「ありがとう、マリア。お腹が空いて死にそうだったの」
私は優雅にガウンを羽織り、テーブルに着く。
さあ、優雅なモーニングの始まりだ。
しかし。
お盆の上にあったのは、茶色い「岩石」だった。
「……マリア。これは?」
「携帯保存食のハードブレッドと、干し肉です」
「……」
私は「それ」を手に取った。
硬い。
護身用の投石に使えそうな硬度だ。
恐る恐る、端をかじってみる。
ガリッ。
脳に響く鈍い音。
歯が折れるかと思った。
「……味が、しないわ」
「申し訳ありません。この辺境には市場もなく、行商人も滅多に来ません。手持ちの食料が尽きれば、あとは森で木の実や魔物を狩るしか……」
マリアが悲痛な顔で俯く。
私はパンを皿に戻した。
これを毎日食べる?
顎が疲れる。
咀嚼にカロリーを使う。
なにより、心が荒む。
心が荒めば、安眠の質が低下する。
「食生活の充実は、良質な睡眠の必須条件よ」
私はナプキンで口を拭い、キリッと宣言した。
「自給自足しましょう」
「はい! では、すぐに裏庭を開墾いたします! 鍬を探してきますので、お嬢様は種まきを……」
「待って」
私はマリアを制止した。
「なぜ私が動く前提なの?」
「え? でも、農業とは汗水垂らして土を耕すものでは……」
「非効率の極みよ。腰が痛くなるし、日焼けするわ」
私は窓の外を見る。
荒れ果てた裏庭。
雑草と岩だらけの荒野。
あそこを人力で耕すなど、正気の沙汰ではない。
トラクターが必要だ。
それも、全自動AI搭載の。
「マリア、あそこに見える『ゴミ』は何かしら?」
私が指差したのは、庭の隅に放置されている巨大な鉄の塊だ。
苔むしていて、人の形をしているようにも見える。
マリアの顔色がサッと青ざめた。
「ッ……! あれは……この地に眠るとされる『古代兵器・守護者』の残骸です! 不用意に近づいてはいけません。文献によれば、かつて小国を単騎で滅ぼしたと……」
「へえ、頑丈そうね」
私は立ち上がった。
「あれを使おう」
◇
裏庭に出ると、その鉄屑は思った以上に威圧的だった。
全長三メートル。
全身を覆う重厚な装甲。
右腕には、戦車すら切断できそうな巨大な大剣が溶接されている。
「お、お嬢様……下がってください。魔力反応があります。こいつ、生きています……!」
マリアが短剣を抜き、油断なく構える。
額に冷や汗が滲んでいる。
プロの目から見ても「ヤバい」相手らしい。
構造解析開始。
……なるほど。
動力炉は生きているが、制御基板がバグだらけだ。
「敵性存在を排除」という命令が無限ループしてフリーズしている。
「大丈夫よ。OS(基本ソフト)を入れ替えるだけだから」
私は鉄屑の胸部に手を触れた。
冷たい金属の感触。
本来なら、複雑な儀式と詠唱で契約を結ぶところだろう。
だが、面倒だ。
こいつのセキュリティは三〇〇年前の規格。
今の私には、鍵の開いた扉も同然だ。
魔力回線を直結。管理者権限を取得。
初期化(Format): 既存の「殺戮プロトコル」を全削除。
再定義(Install): 役割を「農耕」に設定。
装備変更(Equip): 右腕の「大剣」をパージ。土魔法で生成した「超硬度回転刃」を接続。
出力調整(Tuning): 戦闘機動用出力を、繊細な農作業用に最適化。
「起動」
ズズズ……ン。
重低音が響き、鉄の巨人が身震いした。
その単眼に、優しい緑色の光が灯る。
「ヒッ……! う、動いた……!?」
マリアが半歩下がった。
巨人はゆっくりと私の方を向き――
カシャン。
軍隊式ではなく、執事のような優雅な礼をした。
そして、右腕の回転刃をギュンギュンと回し、「命令を(Ready)」と待機状態に入る。
「よし。命名『農耕一号』。……マリア、種はある?」
「は、はい……王都を出る時に、一応野菜の種セットを……」
マリアが震える手で麻袋を差し出す。
私はそれを巨人に手渡した。
「農耕一号、業務開始。裏庭全域を開墾。畝作り、種まき、水やりまでを一括処理。実行(Enter)」
『ヴォオオオオオオオオオオ!』
巨人が唸りを上げ、爆走した。
速い。
マリアの動体視力でも追えない速度だ。
右腕の回転刃が唸りを上げ、硬い岩盤を豆腐のように粉砕していく。
土が舞い上がるより早く、左腕のマニピュレータが繊細な動きで種を植え、足元のローラーが土を被せていく。
人間がやれば一ヶ月かかる開墾作業が、わずか一八〇秒で終了した。
「……開いた口が塞がらないとは、このことですね」
マリアが短剣を取り落とし、遠い目をしている。
「でも、これだけじゃ育つのに時間がかかるわ」
普通の作物なら、収穫まで数ヶ月。
私は今すぐ、シャキシャキのサラダが食べたいのだ。
「土壌改善が必要ね」
私は耕されたばかりの畑に手をかざす。
植物が成長する本質的エネルギーは「魔力」だ。
この土地の下には、巨大な地脈が流れている。
屋敷のエアコン用に繋いだパイプラインを、畑にも分岐させればいい。
「術式展開。……『強制成長』」
地面が淡く発光する。
地脈から汲み上げられた純粋な魔力が、種に直接注入される。
ボボボボボッ!
土が盛り上がった。
芽が出たと思ったら、早回しの映像のように茎が伸び、葉が茂り、実がなる。
トマト、レタス、キュウリ、そしてジャガイモ。
全てが、魔力パンパンで宝石のように輝いている。
「農耕一号、収穫。洗浄まで頼むわ」
巨人が再始動。
瞬く間に野菜を収穫し、水魔法で泥を落とし、木箱に山積みにした。
「完成」
私は目の前に積まれた真っ赤なトマトを手に取り、パクりとかじった。
「ん〜! 甘い!」
フルーツのような糖度。
そして、噛んだ瞬間に体中を駆け巡る爽快感。
これは……ただの野菜じゃないわね。
高濃度の魔力を含んだ、天然の回復薬になっている。
「マリア、食べてみて。今日のランチは新鮮野菜のサラダと、ポテトフライよ」
マリアは恐る恐るレタスを一枚ちぎり、口に入れた。
瞬間、彼女の瞳孔が開いた。
「!! 美味……! それに、体が熱い……旅の疲れが一瞬で消えました……!?」
「でしょう? これでお肌もツヤツヤね」
私は満足げに頷いた。
農耕一号が、作業を終えて直立不動で待機している。
その姿は、頼れる番犬そのものだ。
「さて、お腹も満たされたし」
私は大きな欠伸をした。
「お昼寝の時間ね」
「待ってくださいお嬢様!」
マリアが私の袖を掴んだ。
その目は血走っている。
「どうしたの?」
「この畑……いえ、この『聖遺物級野菜』……市場に出せば、金貨が山のように積まれます! いえ、下手をすれば国同士の戦争になります!」
「面倒くさい」
私は即答した。
「売らないわよ。これは私の食卓用だもの」
「ですが、量が多すぎます! たった三分でこの収穫量ですよ!? 明日には屋敷が野菜で埋め尽くされます!」
確かに。
農耕一号が優秀すぎて、生産過剰だ。
腐らせるのはもったいないし、処理するのも手間だ。
「……仕方ないわね」
私は思考を巡らせる。
市場に行くのは面倒だ。
人と交渉するのもダルい。
「街道沿いに『無人販売所』でも作りましょうか」
「むじん……?」
「勝手にお金を置いて、勝手に持っていってもらうの。接客ゼロ。最高でしょう?」
「そ、そんな不用心な……盗まれます! この野菜は宝の山ですよ!?」
「大丈夫よ」
私は農耕一号の、血に飢えたような回転刃を見上げた。
「盗っ人には、ちょっとした『お仕置き』システムを組み込めばいいだけだから」
私の不敵な笑みに、マリアが一歩後ずさった。
彼女は悟ったようだ。
この領地において、お嬢様の安眠と資産を脅かす者は、古代兵器よりも恐ろしい目に遭うのだと。
「さ、ポテトを揚げてちょうだい、マリア。塩は多めでね」
私は軽やかな足取りで、空調の効いた屋敷へと戻っていく。
背後で、かつての殺戮兵器(農耕用)が、シュイイイインと鋭い駆動音を立てていた。




