第10話 最高のニート生活
「……ん、ふぁ」
最高の目覚めだ。
シーツの肌触りは、約束通り最高級のホワイトシルク一〇〇%。
枕は、ジークが北の果てまで飛ばした飛竜部隊に集めさせた、伝説のホワイトグースのダウン。
沈み込み具合が、私の首の角度に〇・一ミリ単位で最適化されている。
「おはよう、リーゼ。……まだ眠いか?」
隣から、低くて心地よい声。
視線を向けると、そこにはガウンを羽織ったジークがいた。
かつての「死相」はどこへやら。
今の彼は、大陸中の女性が卒倒するような、瑞々しいまでの美貌を惜しげもなく振りまいている。
「おはよう、ジーク。……あと五分だけ」
「その台詞を三回聞いた。だが、今日は公式行事はない。好きなだけ微睡むがいい」
ジークは私の髪を優しく撫で、その額に柔らかな口付けを落とした。
ここは、ガルディア帝国の皇宮……の敷地内に、まるごと転移させた「私の屋敷」だ。
あの日、ジークは本当に屋敷ごと空間をねじ曲げ、国境を越えて私を運んでみせた。
おかげで荷造りの手間はゼロ。
私の安眠環境は一寸の狂いもなく、帝国の中心へとインストールされたのである。
「……マリア、お茶を」
私が呟くと、ドアが音もなく開いた。
「用意しております、お嬢様。本日は帝国の名産、氷結晶のハーブティーです」
マリアもすっかり帝国の生活に馴染んでいる。
というか、彼女は帝国の情報部を「事務処理が甘い、三流の暗殺者以下ね」と一喝し、今や影の教官として恐れられているらしい。
有能な味方はどこへ行っても有能ね。
◇
一時間後。
ようやくベッドから這い出した私は、ジークと共にテラスで遅めの朝食を摂っていた。
眼下に広がる帝都は、活気に満ち溢れている。
「……王国の方は、どうなったの?」
私はサラダをつまみながら、ふと尋ねた。
「……ああ。例の『下水爆発映像』が周辺国に拡散されてな」
ジークが淡々と、バターを塗ったパンを口にする。
「あまりの醜態に、ショック療法で目覚めた国王が激怒。カイルは即座に廃嫡、ミナも聖女の称号を剥奪された。現在は二人並んで、王都の再建のために『下水路の泥さらい』を命じられているそうだ。カイルは泣きながらリーゼの名を呼んでいたそうだが……」
「……あら。あんなに私のことを『穀潰し』と呼んでいたのに、今度は自分が物理的な汚れを片付ける側になったのね。健康的でいいんじゃないかしら」
私は興味なさげに視線を戻した。
復讐なんて、カロリーの無駄遣いだ。
彼らが私に構わなくなった。それだけで、私の「退職」は完全勝利である。
「それよりリーゼ。昨日、君が提出した『帝国全域・行政オートメーション化マニュアル』だが……凄まじいな」
ジークが、私の手を取って熱っぽく語り始めた。
「これまでは数日かかっていた決裁が、君の作った術式を通すだけで数分で終わる。おかげで、帝国の官僚たちの残業がゼロになった。国民の支持率も爆上がりだ」
「……ただ、私が『似たような相談を受けるのが面倒』だったから、自動返信を作っただけよ」
「その『面倒くさい』という感情こそが、無駄を削ぎ落とし、人類を幸福にする真の知性だと私は確信した。リーゼ、君は帝国の女神だ」
ジークは私の手を引き、自分の膝の上に乗せた。
……重いわね。でも、自分で椅子に座るよりは楽か。
「リーゼ。正式な戴冠式は来月だ。君には何もしなくていいと言ったが……一つだけ、お願いがある」
「何? 高いドレスを着て三時間立つのだけは、帝国軍を動員してでも拒否するわよ」
「いいや。戴冠式は、君が開発した『遠隔魔導投影』で行う。君は屋敷のソファに座ったままでいい。……ただ、式の最中、私の隣で手を繋いでいてほしいんだ」
「……採用」
私はジークの首に腕を回した。
話がわかる男だわ。
私たちの関係は、「政略」でも「恋愛」でもなく、「効率」と「安眠」の究極の合意……。
いいえ。
それだけじゃない。
彼の温もりを心地よいと感じ、この腕から離れたくないと思っている自分に、私は気づいている。
「……ジーク。私、もう二度と王国(ブラック企業)には戻らないわよ? 本当にいいのね?」
「ああ。君が動かなくても、世界が回る仕組みを君が作った。……ならば、その報酬は永遠の惰眠であって然るべきだ」
ジークは私の腰を抱き寄せ、深く、甘いキスをした。
窓から差し込む帝国の太陽は、王国より少しだけ眩しくて。
けれど、彼の影がそれを優しく遮ってくれる。
「さあ、リーゼ。今日の仕事(二度寝)を始めよう」
「ええ。……最高の睡眠へ、レッツゴー」
私は彼の胸に顔を埋めた。
かつて「怠惰な悪役令嬢」と呼ばれた私は、今、帝国の「眠れる至宝」として守られている。
何も変わっていない。
私はただ、自分の心地よい場所を、最高効率で選び取っただけ。
けれど、隣には、同じ寝顔を見せてくれる最高のパートナーがいる。
静寂。
適度な室温。
そして、愛する人の心音。
これ以上のシステム改善はもう必要ない。
私はかつてない充足感と共に、今日何度目かの、深い、深い眠りへと落ちていった。
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