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O県O市にて集録『雨のこどもおじさん』

作者: ばばばばば


 O県の福祉大学に通う僕は、文芸サークルの飲み会の後、気になっているの後輩へ下心を伴って声をかける。


 彼女は話下手の僕の話をいつも自然体で聞いてくれる。僕に嫌悪感を向けない数少ない女性だ。


 有り体に言えば僕は彼女が好きだった。



「先輩、ありがとうございました」


「二次会? いえ、遅くなるといけないんで今日はここまでで」


「一緒に飲みに? 二人でですか? 」


「うーん、遠慮しておきます。 ちょっと酔っちゃたんで」


「雨が降ってるから送る? いや、別にそこまでしてもらわなくても傘もあるんで」


「お化けが出ると危ない……? ふっ、なんですかそれ、私、あんまりオカルトとか信じてないんですよね」



 そうして何とか興味を引こうとした話が自分の好きなオカルトばかりというのが救えない。


 情けなさに頭が下がり、道路の白線が目に入る。



「だって恐怖を感じるのは大事ですけど、お化けとかそういう怖がっても仕方がないのって考えるだけ無駄じゃないですか」


「えぇ、そうですよ、だから私は怖い話なんて――」



 その時、もともと軽く降っていた雨脚が急に強くなり、彼女と僕に降りかかる。


 その様子を見て僕は濡れないようにと彼女に車に乗るように伝えた。



「最悪ですね、傘盗まれてる……、でも良いです。別にそこまでしてもらわないでも歩いて帰れますんで、いえ本当に近いんですよ、それでここの大学受けたみたいなもんなんで、ここまで車を持ってくる? あーどうしようかな……」



 雨の降る空を見ながら途切れそうにもないその空を彼女は見る。



「……はぁ、雨は嫌いなんですよね」



 そう言って彼女は空を見たまま、つられた僕も目線を上にあげた。



「――ねぇ先輩、そういえば先輩ってオカルトとか怖い話が好きでしたっけ?」


「今一つ、怖い話を思い出しました。聞いてくれます?」

 


 二人きりで話せるチャンスだと思った僕は首を縦に振って、顔は空を見上げたまま、彼女の話に耳を傾ける。







「私の家、ここからすぐそこなんですけど、怖い話があるんです」


「まぁ、怖い話って言うか、名物おじさんというか、人さまから見ればただの不審者なんですけどね」



「周りの友達からは『雨の子供おじさん』って言われてました」



「名物過ぎて雨の日の遭遇率は80%ってとこでしょうか、あっ晴れの日とかも普通に出ます」


「よく家から出て行ってそこらへん歩いてましたから、その時は徘徊するだけなんでまぁ、普通のおじさんですね」


「家で身だしなみだけは整えてるんですよ、恰好だけなら多分そこらにいるおじさんにしか見えないと思いますよ」


「声をかけると凄い元気に近所の子供に挨拶もしてくれます。まぁ実害はないものと思っていただきたいです」


「名前の由来なんですが分かりやすいですね、先輩は県外の人なんでびっくりしたと思うんですけどウチの県って用水路多いでしょう?」


「子供たちもよく下校中に用水路で遊ぶんですよ、草を毟って流して追いかけたり、狭い幅の用水路は度胸試しで飛び越えたり」


「それでですね、その雨の子供おじさんと呼ばれる人は、雨の日になるといつも用水路の縁を歩くんです」


「分かります? 真ん中に道路があるじゃないですか、それで脇に用水路があって、歩道があって……、それでさらに用水路の奥の狭い場所、本当に靴の横一足分の所で黒い傘を差しながらいっつも歩くんです」


「あれですね、ギリギリを攻める綱渡りみたいな?」


「お気に入りの黒い傘を持って出てスイスイと、他の子どもたち……、と言っても小学生低学年くらいですけど、その子たちはすごいすごいって言うんですよ」


「ずっと同じことしてるから、まるで縁を普通に歩くみたいにね、もうなんか慣れ過ぎて一種の技ですねあれは……」


「すごいですよ、子供が揶揄って目を瞑って見ろって言っても、そのまま歩けるんです。見てるこっちはハラハラもんですね」



 そこまで話して彼女は話を区切る。



「まぁ、そういう名物おじさんがウチのとこにはいるんです」



 一息で話した彼女の横で、僕は続きの話を待った。


 雨に当たらずとも店の軒先では少し体が冷えたのか、少しだけ指先が白い。


 しかし、いくら続きを待っても話さないので、本当にこれで話は終わってしまったのかと恐る恐る聞いてみた。



「えっ、あぁつづき……、あぁ、すいません、そうですね、大丈夫、体調が悪いわけじゃないですよ」


「あー、それでなんですけど、実はウチの県って用水路の事故が滅茶苦茶多いんです」


「場所によっては同じ水路で10人とか亡くなられてたり……、市内でこんなに用水路が多いのはここくらいじゃないかな」


「農業が活発で農業用やら排水用やらでどこにでもあるでしょう? それで――――」



 雨がさらに強くなる。


 僕は今までほとんど聞き入っていたが、彼女の体調が気になって少しだけ会話のペースを速めるため、失礼ではあるが話の先を一つ、僕は予想して話してみた。



「えっそのおじさんが用水路に落ちたんだろうって? 子供のいたずらで?」


「あー、それはないですね、まぁ地域で見ていこうって人なんですよ『雨の小学生おじさん』はね」


「むしろ私危ないからって石とかどかしてました。偉いでしょ? まぁ褒められたいわけでもないんですけどね。フフフ……」



 笑ってしまったせいで彼女の顔は自然と揺れるが、道端の何かを見て彼女は止まる。



「怖い話って言うのはですね、例えばそうあれ、今日みたいな雨の長い日、用水路とかも同じように結構冠水する場所があるんです」



 彼女は下げたまま道向こうの小さな側溝を指さす。


 いつの間にか増えた雨水が側溝からあふれ出し、中から土の混じった水があふれだしている。



「道に水が溢れて……、特に風も強いと水も濁って道路が、ぜーんぶ茶色い水たまりになります」


「境目とか全然分からないでしょ、先輩は分かります?」



 流石に側溝と用水路では規模が違うが確かに見えずらい、僕はこの店に入った時の記憶を頼りに、遠目で見て丁度人が歩いている辺りを指さした。



「あはは、そうです。よくわかりますね? どうして分かったんですか?」


「歩道に人が歩いてた? アハハハ 正解です!」





「――だって人が歩いてたらそこが歩道だと思うでしょう?」




 側溝は雨で汚泥をすくう、もやがかった濁った茶色、それを見ていた彼女の目は同じ色を映したような気がした。

 


「そうなんですよね、本人には悪気はないんです。ないんですけど」



 ポツリと呟いた彼女の声色は寒々しい。




「あの人、多分10人殺してます」




 自分の体がやけに冷たく感じる。


 やけに地面に当たって跳ねる雨の感触を感じ取れるほどに感覚は鋭敏だというのに、どうも足元がおぼつかない。



「先輩、本当に家はすぐそこでしてね、地元で、ちょうどそこに小学校と中学校もあって下校で何回も帰った道なんですよね」


「それでも私を送ってくれますか?」



 いつの間に乾いていた口を無理やり雨でぬれた唇で湿らせると、何とか震えないように僕は彼女にこたえる。




「……へぇ、そうですか、先輩って結構律義なんですね」




 すこしだけ嬉しそうな彼女の声色を聞いて、ほんの少しだけ熱が戻った気がした。



「ふふ、ちょっと見直しました」


「良いですよ、今日は行けなかったですけど二人でご飯でも行きましょうか?」



 突然の接近、彼女の方が僕の腕に触れ、僕の体は現金なものですぐさま熱を持ち始めた。



「……そんなに驚かないでもいいじゃないですか、先輩私に気があるでしょ」



 いつもの彼女とは違う、積極的な接触と、悪戯っぽさを含んだ声。



「はは、分かりますよバレバレです」


「良いです、私別に顔が変とか喋ると変とかで人を選びませんから、人間真面目が一番です」


「先輩とか割といい旦那さんになると思いますよ」



 その一言に僕は近づく彼女の肩をそっと横に押し出した。



「そんなに動揺しなくても……、えっ今だと『雨の子供おじさん』に会ったら危なそうだから落ち着かせて安全運転させてほしい?」



 あぁ、しかし、どうしても顔が熱くて彼女の目が見えない。


 僕は情けない自分に喝を入れて彼女の目を横目で見た。



「フフフ……、でも安心してください、今日はその人出ませんよ?」


「どうして分かるかですか?」


「あぁ、それは簡単です」






 ――『雨の子供おじさん』私のお父さんなんです――




「今日は落ち着いてるので家にいますよ? 先輩、忙しいでしょ? 私はひとりで帰れますけどどうします?」



 僕の返事を聞いて彼女は最初から変わらない温度の目で僕を見た。








「じゃあ先輩、また大学で」



 結局、僕は彼女に車で送るとは声をかけられなかった。


 雨の中で一人濡れて帰る彼女をみながら僕は雨にうたれ、熱に浮かされた体が冷えていくのを感じる。


 それは未熟で弱い僕の限界だった。




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