第8話 荒野を駆ける
▽ミラージュ家の屋敷、応接間▽にて
懐刀を手に取りながら、短くも鋭い刃を見せる銀髪の男がいる。その一振りをじっくりと眺めながら、紫ローブ姿の銀髪男は革のソファーに腰掛けていた。
「それは【ヤナギ印】といって、娘レイの立ち上げたオリジナルブランド商品でして。ほら、その金の紋様が風に騒ぐ草のように揺れ、魔力の流れが目にも分かりやすいようになっていますでしょう。ハハハ、いや、お目が高い!」
そんな銀髪の客人の対応に当たったのは、屋敷の主でありマジックミラー商会のトップ、ベル・ミラージュ子爵。
ベル子爵は対面するソファー席に座り、銀髪の男が手に取った商品の説明を詳らかに始めた。
「フム。たしかに、献上品には喜ばれそうだな」
(宮廷魔術師バーン・シルヴェット。まだ若いながらもジラルド公国の未来を占い、間違いなく引っ張っていくお方だ。我が娘レイはとんでもない男と関わりを持ってしまったものだ……。やはり、我が娘も非凡であるか)
ベル子爵はやはり只者の立ち居振る舞いではない宮廷魔術師を、その商人の目で値踏みするように独自の観点から捉えていた。
「それで製作者はどこにいる」
見飽きたのか、刃を黒鞘へと収めた宮廷魔術師バーンが子爵へと問う。何もただこの懐刀についてのセールスポイントを聞きに、ミラージュ家の屋敷に来たわけではないのだ。
「それはですな……。そうでした! バーン殿宛てにその娘からのお礼の品があるのでした」
演技じみた商人の笑みとともに、商人は何かを取り出した。事前に用意されていた「お礼の品」は、ベル子爵から宮廷魔術師の座るソファー席の前、机の上へと届けられた。
いま目に入ったその品は、魔術師バーンの見たいつかのパック詰めの茶色菓子。そして、その菓子に添えられていた蛇腹折りになっていた紙を広げる。
バーンは黙しながらその書の内容を読み込んだ。
□
先日、西の森でのこと、貴方様をジラルド公国お抱えの宮廷魔術師様とは知らずに、大変な失礼を働き、あげく森に現れた凶暴な魔獣相手に危ない目に合わせてしまいました。
お詫びと言ってはなんですが、どうかその甘味でお怒りのほどを少しでもお沈めになられればと。
中身は「だだんごのみたらしがけ」です。
そして、私レイ・ミラージュは此度の失態を経て、ミラーウェポンについての見聞をもっと広めるために西へと向かいます。いきなりのことですが、このジラルド公国領から外へと旅立つことにしました。
このような手紙ごしでの謝罪とご報告の形となったことを、心より深くお詫び申し上げます。
先日の事件は自分の浅慮がつつき招いた事態、一歩間違えればあのような恐ろしい大型魔獣がジラルド領を我が物顔で闊歩する大事件となっていたところでした。そう思うと殊更私には、しばらくジラルド公国に戻る顔がありません。
ですので、西の森での危機に助太刀してくださった貴方様方とお会いすることももうできないものだと思い、これにて最後のお別れの挨拶をと思いました。
こんな身勝手な娘ですが、ジラルド公国とガライヤの世のために尽力する素晴らしい父のことを尊敬しています。
魔獣との戦いで破損したミラーウェポンのご修理・メンテナンスの際などは、そんな父ベル・ミラージュ子爵のマジックミラー商会をどうかご贔屓によろしくお願いします。
その際の修理代金は私レイ・ミラージュが全額、受け持ちます。
P.S. だだんご屋はご自分で開いてください。詳細なレシピをもう一枚の用紙に書き添えておきます。
□
「はは、手紙ですか。なんと書かれて──」
応接間に居合わせたオレンジ髪の騎士がソファーの後ろから覗こうとすると、広げた蛇腹を一つに折り重ね、魔術師は紫色の袖の下にそそくさとその手紙を仕舞う。
「騎士リンド・アルケイン、今よりジラルド領を出て西に向かえ」
掛けていたソファーから腰を上げたバーンは、その面を堂々と上げ、西方を勇ましく指差した。そして騎士リンド・アルケインへといきなりの命令を下したのであった。
「それはまた急で漠然と──!? あ、もしかして、彼女のことを追えと? ははは僕が追うのか。ご自分でなされてみては?」
「私には敵も多いからな。オーバーウェポンの調整が終わるまで、比較的名の知れていない末席のお前に大任を任せてやろうというのだ。それに大事な一人娘のことだ、行先が漠然と分からないのであれば父親もなおのこと気がかりだろう」
銀髪の魔術師バーンの鋭い目配せに、ベル子爵は少し歯切れ悪くも、おくれて頷いてみせた。
「それはラーミラ教の任とジラルドでの仕事のことより彼女を優先しろと?」
騎士リンドはまだ魔術師に食って掛かるように、どういう風の吹きまわしなのかその真意を、自分の立場を絡めて追求した。ガライヤの世を教え説くラーミラ教の麾下、特殊部隊であるミラーナイツの末席である彼が、西へと旅立ったであろうレイ・ミラージュのことを他の任より優先しなければならないその理由を。
「どちらもだ。ジラルドにはまだまだ優秀なミラー使いが不足している。オーバーウェポンを扱えるような才、それを集めるのが私に与えられた役割だ」
魔術師バーンも自分の立場とその役割から、彼女レイ・ミラージュを探させることの価値と意味を説いた。
「まさか僕も?」
「お前は数合わせだラーミラ教の使いぱしり。体を張れ、人の役に立て、そして少しは私の役に立て」
「ははは。あなたのご勝手からは、まだまだ僕は逃れようがないみたいだ。──よしっ! ならば────あなたの役に立てるかどうかは正直分かりませんが、騎士として困っている人の役に立つのは悪くない、はははは」
騎士リンドは特に断るような言動素振りをこれまで見せず、魔術師バーンの命じた任にむしろ乗り気のようだ。今日はいつも以上にオレンジ髪の男がよく笑う。
「フッ。それでよろしいか、ベル子爵よ」
やがてゆっくりとソファーに腰掛け直した宮廷魔術師バーンは、同じ腰の高さに対面し直した子爵ベル・ミラージュへと確認を取る。ここまで進めた話の流れに何か不備や不平、相違はあるか、その黄金の瞳で子爵の面をまじまじと強く見つめ、再確認していく。
「え、は、はい! そこまで我が娘レイのことを宮廷魔術師様が気にかけていただけるとは思いもよりませんでしたが……。ハハハ」
「ガライヤの世のためだ。貴公の娘にはちょっとした才がある、でなければあの白いミラーウェポンは使えまい。──だろう?」
「ハハハ……それはまた……お目が高い……!」
机上に置かれてあった手つかずでいた透明パックの団子串を、紫ローブの袖をまくり、おもむろに手に取り食しては、宮廷魔術師バーン・シルヴェットはひっそりと妖しく笑う。
そして、その目の前にどっしりと座る銀髪の彼から団子を一串勧められたベル子爵は、おそるおそるそれを口にする。はじめて味わう甘じょっぱい蜜に、目の前の銀髪男と同じように今、口元を汚し、口角をじわりと上げた────────。
荒野を駆けてゆく。慌て急ぐように、そして追うように。
西へと向かう一つの馬車のその道中は険しく、7頭もの魔獣の群れに襲い掛かられていた。
カウボーイハットが風に吹き飛ぶほどに、御者は2頭の馬に鞭を打ちスピードを上げるように指示をする。だが、追いかけてきているのはそれ以上に僅かに速い、ハイエナの魔獣たちだった。
やがて追いつかれ、荷台の後ろ入口へと殺到する犬首に、ベレー帽の少年は勇ましくもナイフを斬りつけるが、それだけでは対処が間に合わない。
ベレー帽の少年は犬鼻を足に蹴りつけながら、なんとか足掻く。そして、カラフルな瓶が整頓された積荷ぶ目を付けてそれをぶんどった。
「あぁーーーー!!! 売り物のスパイスを!!」
「スパイスより命だろうが!! 味付けッ──されてぇのか!!」
ベレー帽の少年は手に取った瓶の数々をぶち撒ける。仕切りのついた運搬用トレーごと、犬首どもへと投げつけてくれてやった。
赤、青、灰、黄──むせかえるほどの煙と共にハイエナたちが鼻をひん曲げ、乗り上げようとしていた馬車から嫌がるように落下していく。
頭を抱える商人の男に、手を叩き喜ぶ幼女、むせた幼女を気遣う眼鏡の女に、目を閉じ祈り続ける修道服のシスター。
荷台の後ろへと控えていた戦えぬ者たちが、ベレー帽の少年が起こした色鮮やかに煙り流れゆく前方の光景に、各々のリアクションを見せた。
「けっほけほ……ア!? お兄ちゃん!! けほっ……!」
ハイエナたちを機転を利かせて撃退し、得意げに笑い上げていたベレー帽の少年は、少女の指差す方向に振り返った。
煙る景色を裂いて、走らせていたハイエナを乗り捨てたミラーエイプが、幌馬車へと飛び乗り取りついた。
視界不良の景色からの突然の襲撃に、ベレー帽の少年が慌ててナイフを構えるも、ミラーエイプの鋭い爪にその刃は弾かれた。
襲う爪を皮一枚で避け続けるも、揺れる荷台の足元にバランスを取れず少年はよろけて倒れた。
ベレー帽の少年は履いていた靴を投げつけるも、そんなものは効きやしない。唯一の頼りである彼のナイフを目を巡らせ探すが見当たらず。
奇声を上げて牙を剥く恐ろし気な猿顔が、もう少年の目の前のそこまで────。
幌馬車の荷台で魔獣が暴れだし、手にする武器もない、絶体絶命に思われたその時────
猿顔の側頭部を右の耳の穴から左の耳へと、白い閃光が真っ直ぐに撃ち抜いた。
幌馬車のカバーごしに、動く猿魔獣の影が今、狙撃された。
どさりと力なく横倒れ、ベレー帽の少年に冷たい牙を剥いていたミラーエイプは、その体ごと砕けるように散っていった。
「はぁはぁっ……な、なんだ? いきなり…光に刺されて死んだ……!?」
ベレー帽の少年は何が起こったのか理解できない。突然光に撃たれ倒れた猿の魔獣の散り様を見つめ、やがてその動転する顔を上げ荷台の後ろの流れゆく景色を見た。
次々と射抜かれていく、精度良く放たれる光の矢に──。まだ走る幌馬車のことを諦めずにいたしつこいハイエナの魔獣たちが、光にやられてはその四脚の体を保てずに砕けていく。
そして、荒野をホバリングそ走る銀のミラーボードが、その風に激しく靡く白と黒の長髪が、少年の見つめる視界へと真っ直ぐに突っ込んできた。
足元に転がっていたスパイスの瓶をひとつ手に取った少年は、驚きながらも今にも投げんばかりの構えを取り続けた。だが、急速に近くなる白と黒の髪のまじる混沌は、そのおデコを風に全開にした面、その瞳でベレー帽の彼へとウインクをした。
そして、今ウインクをした右目の方、右に逸れた白黒髪の乗るミラーボード。それが少年の視界から消えゆき、やがてすぐ、二つの犬声が少年の左耳から響いた。
そして、荷台後方の荒野流れる景色に、横切り流れていったのは宙を舌だしおどけ泳ぐ二匹のハイエナ。吹っ飛ばされた二匹のハイエナの魔獣は地に転がり砂煙を撒きながら、他の魔獣たちと同じように滅された。
「ありゃミラーボード、それも速いな! 最新型か? 乗っているのは女の子だ」
商人の男は先ほど猛スピードで幌馬車へと近付いてきた銀色のミラーボードと、その操縦者の特徴を思い返し、そう言った。少年の手元から投げそうになっていたスパイスの瓶をちゃっかりと回収しながら。
「女だぁ!? アレを……コレも? やったってのかよ??」
少年は、颯爽と現れた白黒髪の女が、アレもコレも次々とやってのけたことをまだ驚いた様子で信じられない。足元に落ちていた彼のベレー帽にも、気付かずに、その乾いた大口を開けたままだ。
「やったやったーー!! お姉ちゃんだぁー!! すっごーーーーい!!」
「こら、跳ねたら危ない!」
幼女は白黒髪のお姉ちゃんが披露したあっという間の魔獣撃退劇が気に入ったのか、飛び跳ねるほどに喜び。荷台で飛び跳ねるのは危ないと眼鏡の女は、先生のように幼女に注意しやめさせた。
「あぁ……ラーミラ神に感謝します」
「おい、まず俺に感謝しやがれ!」
後ろに正座し祈り続けるシスターに、思わず少年は声を荒げた。
▼
▽
「護衛は雇われたのですかーー?」
ミラーボードで右側からゆっくりと追いつき幌馬車に並走しながら、レイ・ミラージュは御者の男に問うた。
「それがこのところ増えてる新手の詐欺でして。雇った護衛が途中で馬車を降りちまって、前金だけ盗んで消えていったのです」
「なるほど……」
ジラルド領から西を行く幌馬車の護衛を雇っていたものの、御者はそう、不幸な経緯をレイへと明かし説明した。
「といっても、護衛はかさばる保険だ。本来なら、コイツらに魔獣ごと引き離す脚の速さはあるはずなんだがな……。しかしだ、馬もさっきのでようやくケツに火がついたのか、いつも以上の調子を取り戻してくれたみたいだ。で……ミラーボードの嬢ちゃん、気前よく助けてくれたところ悪いんだけど……」
どうやら御者の男は、幌馬車を襲った魔獣の群れを撃退したレイのことに感謝はしているが、あまり歓迎はしていない様子だ。
あいにく御者が手綱を握る二頭の馬は本来のスピードと元気を出し、その調子を取り戻した。そんな良好な感覚が手綱ごしにもベテランの御者の男には分かるのだ。
それと理由はもう一つある。いきなり現れて魔獣を難なく倒したレイのことが、雇って前金をふんだくった護衛と結託しているか、これから高額の対価をせびられるとでも思ったらしい。
御者の男がばつが悪そうに、その頬をしきりに掻きだした。
しかし、レイはそんな御者の男の表情を横目に見ながら、「ふっ」と微笑んだ。
「魔獣退治のお代はいりません。ですがすこし、ミラーボードの調子が悪いみたいなので後ろの荷台に載せていただければ。そっちの二頭の方が元気でお速いようなので、ふふ」
レイは拾っていたカウボーイハットを御者の男へと投げつけた。御者の男は横から投げ入れられたその自分の帽を、慌て手にキャッチした。
レイの提案に、二頭の馬たちが鳴き声を上げ、スピードを上げ愉快な返事をする。
崩れた姿勢に慌てハットを被り、二頭の手綱を握り直した御者の男は、並走する白黒髪の彼女に、後ろへと乗るよう目で合図を出した。顎髭の渋く生えたその年季の入った面に、白い歯をにやりと見せながら────────。
荷台へと討ち取った魔獣の破鏡や落とし物を、7名の人間で手分けして回収し終えた。幌馬車はまた二頭の馬の馬力を借り、西へと、荒野を元気に走り出した。
そして、新たな一名の乗客を加えた、荒野をゆく幌馬車の荷台は、既に騒がしい雰囲気になっていた。
「洗練されたフォルムのミラーボードか、すごいなぁ!」
行商人ナッシュはレイからお触りの許可を得た最新のミラーボードに夢中だ。商人は誰しもそういう気質を持ち合わせているのかと、レイは一商人の男の様を横目に見て、くすりと笑った。
「そこの白黒のお姉ちゃん。俺はトムだ」
「なら私はレイ。レイって呼んでくれていいわ」
青いベレー帽の少年は、深くかぶっていた帽をぴんと人差し指で弾き上げ、そのまだどこかあどけなさの残る面をよくレイへと見せた。そして朗らかに自己紹介をし、自分のことをトムと名乗った。
「あぁ、わかったぜ。ってそれ以外あるのかよ!」
「ふふっ。──アレ、それは?」
お互い自己紹介をした。レイはその子が冗談が通じる明るい少年だとすぐに分かった。それと同時に、レイは少年が腰元のホルダーに提げていたナイフのことが気になり、思わず指をさしてしまった。
「あぁ、小さくてもミラーウェポンだぜ! さっきの破鏡集めのときに拾えて良かったぜ。──まっ、あのとき馬車が揺れなきゃミラーエイプなんて、倒せたんだけどなぁー?」
背を覗くようにわざとらしく振り返るトムは、幌馬車の前方にいる御者の男に文句を言いたいのか、それともただの負けず嫌いな気質なのか。
その少年の声が今、耳に入ったのは一人の御者と二頭の馬のどちらか。荷台が急に「ガタッ」と揺れ、座りながら背を振り返っていた姿勢のトムは、そのまま後ろへとバランスを崩しずっこけてしまった。
「痛って……。あ、そうだ! レイのヤツもミラーウェポンなのか? ソレ」
トムは床にぶつけた自分の頭を撫でながらも、すぐに起き上がり、レイがその傍らに置いていた白杖のことを指差した。
「ええ、これは私のミラーウェポン。それも、私のミラーウェポン。役に立って良かったぜ」
「あぁ!? どういうことだ!? って俺のだろ。盗む気か?」
白黒髪の女が親指を立てて謎のサムズアップをし、頓珍漢なことを言い出した。
トムは混乱しながらも、眉間に皺をつくり、怪訝な顔をレイへと向けた。
「ふふっ」
レイが今おもむろに手に取った、先が曲がっていない、真っ直ぐに伸びる白杖の中途には、金草の紋様が刻まれていた。
「ってマジかよ!?」
それはトムのナイフの柄や鍔にも刻まれていた【ヤナギ印】。初対面の少年が手にしていたのはなんと、レイの考案したミラーウェポンであった。
思わぬめぐり合わせに、レイは得意げに笑い、トムは彼女の白杖と自分の所持するナイフに、目線を行ったり来たり見比べながら驚いている。
「やはりこの世には、そのような武器がまだあるのですね。こんな荷馬車の小さな世界にも、──嘆かわしいことです」
荷台の奥に座っていたシスターが、レイとトムのことを見ながら、いきなりそう言った。
「あぁ? んだと??」
レイは、今聞こえたシスターの方に食って掛かろうとしていたトムを、その手で制してなだめた。そしてレイは白い修道服を着たシスターの目を見て、答えた。
「魔獣を倒さないことには人の暮らしを豊かにするミラーツールも作れませんから。このような武器も必要かと」
「はい。あなたのご存知の通り、ラーミラ教はガライヤの人々にミラーツールを推奨しています。──が、今私の目に映る絵は、やはり嘆かわしい。そんな子供にまで武器を持たせるなんて、嘆かわしくはありませんか? 談笑をしている様子でありましたが、それが実に歪であると……あなたは大人としての責任を気付き感じませんか? このような人としての真の正しさや有様を見失いつつある世であることの」
ミラーボードや収納道具などが分類される人の生活を豊かにするミラーツールと、魔力を通し敵を倒すための威力を発揮するミラーウェポンは、どちらも魔獣の破鏡から作られる物。
レイの言い分としては、ミラーツールを作るには魔獣を倒さなければいけない。魔獣を倒すためにはミラーウェポンは必要不可欠。
そう説明したが、シスターはまだ嘆かわしいとレイとトムに怪訝な目を向け、口癖のように言う。
ラーミラ教が世界ガライヤに住む人々に、公に推奨しているのはミラーツールであり、レイやトムの携えているようなミラーウェポンではない。そして、トムのような子供がナイフを喜んで手にしているような姿が、シスターにとっては嘆かわしかった。
同時にトムより大人びて見えたレイが、その少年と各々の武器を自慢げに手にし談笑している様さえ、シスターの目には歪に見えたのだ。武器を手に取り笑みを浮かべるようなその二人の姿が、正しい姿であるのか誠に疑わしくシスターは感じていた。
レイもシスターが今口に出し言語化された感情や考えを、すぐに否定するような言葉を返せなかった。
というのも自分には思いもよらぬところをシスターに嘆かわしく思われてしまったので、シスターの青い瞳をまじまじと覗いていたレイは、やがて、少し俯き加減で視線を外し、次に何を言おうかと難しそうに考えだした。
しかし、レイが何かを考えつくより先に、黙っていられず動かずにいられずにいたトムは、その場を勢いよく立ち上がった。そしてシスターに向かい声を荒げた様子で、まくし立てた。
「あぁ!? さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって、おい、なげかわシスター! だぁれが子供だ! 魔獣だってもう何体も俺は〝コイツ〟で倒してんだぞ! いったいどこの誰が責任を感じてくれなんて頼んだんだよっ、だいたい!!」
まくし立てながら感情がヒートアップしてしまったトムは、思わず小さな鞘に納めていたナイフを抜いてしまい、分からずやのシスターへとその切先を見せつけていた。
「こら、ナイフを人にむけちゃいけないのっ」
「黙れよ!! ────チッ……」
「うぅ……うわぁーーん……!!!」
ミラーボードを猫のように撫でていた行商人ナッシュも騒ぎの音に振り返る。馬を操っていた御者の男も、後ろ目に、荷台の中の騒動を覗いた。
先生を真似るようにトム少年に注意をした幼女は大声でどやし返されて、あげく泣き出してしまい。付き添っていた眼鏡の女は、泣き出してしまったその幼女の頭をなでて、必死に慰める。
トムは「チッ……」と舌打ちしながらも、そのナイフの刃を小さな鞘へと仕舞った。
自己紹介から始まったはずが、雰囲気が一気に悪くなった幌馬車の荷台。
商人、少年、幼女、眼鏡の女に、シスター。立場や意見、信条や年齢まで違う様々な人間が一同に押し込められ乗り合わせてしまった──この昼の陽光に影をつくりだす空間で。
人と人とが噛み合わずとも、二頭の馬に引っ張られていく円い車輪に不備はない。構わず荒野を進みゆく幌馬車に、その身を揺られながら。
マジックミラー商会の子爵令嬢、レイ・ミラージュは、一体いま何を思い考えるのだろうか────────。