第7話 光と陰
その星群の滴り落ちる様を眺めた。黒とクリーム色のオッドアイの瞳に映るその現実味のない景色は、とてもカラフルで、とても熱くて、とても眩しい。
巨大な亀の化物の上に、降り注いだ流星は、青、赤、黄、白、黒、五色では表せない。
フラッシュしながら膨張していく混沌とした色彩を放つ光のドームは、地を埋め尽くし、天にオーロラのカーテンが靡いている。
それを美しいと思うことは、怖い。
地を焼き尽くし、巨大な魔獣を跡形もなく消し去ったその術は、レイの知る絵物語の魔術よりももっと恐ろしく、それでいて、かくも煌煌と不思議な光を放ちつづける。
いつまでもオーロラのカーテンが天に祝福するように、何食わぬ顔で揺れている。
レイ・ミラージュは目の前、天までも広がるそんな光景に思いを寄せて見入っていた。その眩しさ、凄まじさに、見入らざるをえなかった。
レイ・ミラージュはやっと瞬きもせず離せずにいたその目を、一度瞬き──ふと、後ろを振り返る。
浮かぶ人がいる。宙に浮かぶその方は、空をただようぐらいのことをしていてもおかしくはない。
紫のローブ袖がゆったりとはためき、銀髪の髪が揺れている。黄金に染まる豪華絢爛な短刀など、彼女は彼に貸し出した覚えはない。
その浮かぶ背に控えたオーバーウェポンは、今は散らず、合わせて一つの大鏡。その大鏡に映るのは「空っぽの宇宙」。腹をすかせたように何もない黒と紫と青のグラデーションが穏やかに渦巻いている。
「オーバーウェポン……じゃない……真の使い方……真の……」
果たしてこの浮世、ガライヤの世へと巨大な亀の魔獣を屠る流星群を降らしたその「相生の魔術」を、成した力の根源は何なのか。
オーバーウェポン散る鏡の性能か、それとも銀髪の彼の言葉を借りるならば────
レイ・ミラージュがまた見上げ、そのたたずむ瞳で別のものに見入っていると────
合わさっていた大鏡が、突然動作エラーを起こしたように不規則に散り離れ始めた。ぽとり、ぽとり、一枚、一枚、硬い石のように鏡の欠片は制御と動力を失い落ちていき。
やがて、目を瞑る男のご尊顔、宙に浮かぶ人形のシルエットが後ろ倒れにゆっくりと脱力し──とどまっていた宙の位置から落ちてゆく。
そんな様を見ていたレイは、鏡の欠片が滴る中、慌てて駆け寄り、上から落ちてきた者をその両腕に抱えるように受けとめた。
しかし、その紫の衣を受けとめた両腕には、彼女が思ったよりも力が入らなかった。
やがて、落ちてきたブツの重量をその腕に支えきれず、レイは尻餅を着き、共に倒れた。そして、落下物を受けとめきれず倒れた痛みと衝撃に、閉じ絞っていた目を開けると、レイの視界が不意に翳った。
長い銀髪は纏まらず地に垂れ、黒いとんがり帽子は地に落ちた。今、レイの目の前は、汗に煌めく銀のカーテンに覆われ翳っていた。そして、時が止まったように唖然と驚く彼女の面の至近に、さらに、二つの黄金の瞳が開き、黙したまま咲いている。
面と面を互い近く鉢合わせたそんな静寂の時の中、ぽたり、ぽたり、男の鼻先から玉汗が、彼女の乾いた唇へとしたたる────。
銀髪の端正なご尊顔は、両手を彼女の耳横の地に突き、その黒髪と珍しい目の色をした彼女のことを見つめながら、やっと、呟いた。
「おい、オンナ……だだんごだ…………だだんご屋を、ひら……け……」
そう目の前の男が言い切り、伝えると、力尽きたように彼女の身の上へと倒れ込んだ。銀の髪が揺らめきまた彼女を目掛けて落ちていく────黒髪の彼女の左耳元へと、その面が力なく落ちる。
「なっ、なんなの……っ……このひと……。って、ダメだ早くここから────あ……」
重なる紫の衣、近い銀髪のその瞑る横顔。静かな寝息が、すぐそこに聞こえてくる。
レイ・ミラージュは分からない。この銀髪の男のことが分からない。分からないのに今重なっている、そして呪いにでもかかったように、その被さる重しをはねのけられない。
熱帯びていく────ひどい汗をかいていたその男の体温が移ったのか。そんな熱に包まれながら、何故だか彼女自身もつられたように瞼が重くなっていく。
チカラが入らない。まるで全ての魔力と体力を使い切ったように、どうしもない。どうしようもなく、ネムい────。
レイ・ミラージュの視界がぼやけていく。銀から、グレー、暗がりへと────。やがて、寝息の音までもが重なる者に重なり、同調していく────。
『おーーい、って!? あなたほどの自由人がお倒れになるほどの!!ことでし……って、もしかして、そのお抱え魔術師様の下敷きになっているのは……キミ、大丈夫かキミ!! おわっ──痛!?』
『レイ!! 我が娘レイ・ミラージュよ!! な、なにがあった!! レイいいい!!!』
暗がりに響く、聞き覚えのある騒々しい男たちの声も、ぼやける彼女の意識には聞こえない。ただ、疲れた、子爵令嬢レイ・ミラージュは深くふかく眠りについた。
彼女の手の皮が灼けるほどに熱帯びたプロトロッドが、地に転がり、まだ仄かな白きその光を放っていた────────。
黄金の太陽の中に現れた鳥、その赤きシルエットが、やがて黒き宇宙を目指し羽ばたいていく。
導かれるように、宇宙を行く赤い鳥の羽ばたき続ける様を見つめる。赤い翼の後ろに流れてゆく──散りばめられた不思議な鏡の一つ一つに映るのは、銀髪の魔術師の書物では知らない歴史。
鏡に映る一つ一つが、見知らぬ時代の人の有り様や、大自然の厳かさを映し出している。もっと目を凝らし、耳を澄まし、集中するとまるで一つの脈絡のない物語のように、聞こえてくる。
『これより道摩法師に十二ノ国の大妖怪封魔の旅の勅命を言い渡す。魑魅魍魎、魔の支配する野蛮な時代を斬って終わらせ、太平の世を────』
『好きになった人がもし、同じ人ならば。その恋は誰に譲るべきだろうか。例えばその選択で片方の大事なものを失ってしまう。それでも青いまま突き進み、彼の手を繋ぎ突き進んで、ただ信じる。でも、結局突き放されて、さいごには全部を失うことになるのなら……。それを私は恋とは呼びはしない。それは私の────』
『地球より遠く離れた月との間、ラグランジュポイントに位置する穏やかな宙域ガイア3。重力場を自在に制御するミラーレンズの登場は、改修された旧DOMEに住まう人類を革新へと誘う新たな夜明けです。宇宙生活も思いのままだ。遠心力を用いた偽物の人工重力が作り出す体のスレトスに悩まされることももうない。さぁ、ならば立ち上がれ、そして素晴らしき世界の始まりを己が目で見届けよ人々よ。天と地が真に交わる宇宙創世の時代、ガイア暦にかわるウラノス歴の創立をここに宣言し────』
手を伸ばせど、その鳥を追うことはできない。散り散りに流れゆく知らぬ世界の歴史の波に呑まれながら、まやかしの鏡は砕けた────。
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天へと翳す目の前のその手は、突然、リアリティがぼやけ、あふれた。
ハッとその目を見開き、目覚めた銀髪の男は、石の天井を見上げていた。男の知らない、そんな冷たい色合いの飾り気のない天井だ。
見知らぬ硬さのベッドから起きた銀髪の男、宮廷魔術師のバーン・シルヴェットは天に伸ばしていたその手をゆっくりと下ろしていく。
「何か探しているんですか」
そのとき、ふと、聞こえてきた──丁寧口調だがどこか軽々しいその男の声に、バーンは聞き覚えしかない。
声の聞こえた方に振り向くとやはり、オレンジ髪のソイツがいた。
ベッドからその上体を起こした魔術師バーンは、少し離れた床に突っ立つ騎士リンド・アルケインの顔を見ながら、少し考えた素振りをし、やがて簡潔に問うた。
「オーバーウェポンはどうした」
第一声に、気に掛けたのは「オーバーウェポン」のことであった。彼、宮廷魔術師の所持する武器が、今はその纏う紫ローブの懐にも袖の下にもないのだ。
「どうしたもなにも僕には修理もできず扱えないものですから、そこの机の上です」
魔術師バーンは騎士リンドが指し示した机の上に目をやり、腰掛けていたベッドから立ち上がった。
そして、バーンは、まだだるけの残る本調子でない体でゆっくりと歩き出し、緑の風呂敷の上に集められ置かれたミラーの欠片を一つ手に取り、状態をその目で確認していく。
「あのこならいませんよ」
バーンが手に取り、眺めた──鏡の欠片に小さく映るオレンジ髪の騎士がそう呟いた。
「フム。なら、ここはどこだ」
「僕の家ですよ、ははは」
魔術師バーンは相変わらずオーバーウェポンのミラーの状態を確認しながら、背ごしにそんなことを今更に聞いた。
騎士リンドは「僕の家」だとあっさり笑いながら答えた。この石造りの飾り気のない空間が、彼の家なのだという。
「お前に家があったとはな」
「ははは、仮住まいですけどね。中々落ち着くところでしょ? ────あ、そんなことよりしかし、やはりあなたはすごい方だ。いつも僕の想像の上を行ってしまうんだから。盛大に披露なされた【ソウジョウの魔術】とは、今度は天の機嫌をも自在に操ってやろう! ……ということですか? ははは、こんなすごい術まで今まで隠していたなんて、ますます恐い方だ」
「何を当たり前のことをべらべらと言っている。一介の騎士のする空虚な想像や妄想の一端などで、計れる私ではない」
「ははは。それは確かに、全くかなう気はしませんが。でも、ひとつ──今日という日は〝貸し〟を返せましたか」
騎士リンドは壁に立てかけていた剣を鞘ごと、おもむろに持ち、前に突き出した。
「フッ。その程度でか。まったく足りん」
返すように向けられた剣を、鼻で笑う魔術師バーンの背姿に、騎士はまたいつものように笑う。
「どこへ行く」
剣をそのまま左腰に留め、引っ提げたリンドはこの部屋のドア方へと向かい出した。
一枚、制御された鏡の欠片が魔術師の元を離れ空を漂い、そんなオレンジ髪の騎士の背を、指差すように問うた。
「見回りですよ、ただの。あぁ、──友人からは宿代は取りませんからご安心を」
オレンジ髪の騎士は、魔術師の方に振り向きながらそう落ち着き外出の理由を告げた。
小さな一枚の鏡の欠片に映る黄金の片目を覗き返した騎士が、ドアノブに手をかけた。
面に浮かんでいたその笑みを、仮面を被るように醒めた面に覆い直しながら──騎士リンド・アルケインは、それ以上は振り返らない。
やがて、外へと繰り出した街道を歩くオレンジの髪が、深い緑色のフードに覆われる。何かを睨む彼の眼差しに、深い陰をつくった────。
日が沈みかけていた。夕暮れの光は、西方の森を妖しく赤々と染め上げていく。
そんな森の中、陽の光すら遮るほどに植生の葉が芽吹き並ぶ、暗い鬱蒼の中に、静かな息遣いが潜み蠢いた──
四方の樹木に植え付けるように刺していたその小さな輝きを回収した黒ローブの者は、生い茂り囲う自然の中を歩いていく。そして、ブツを回収し終えると、そこだけ天が口をぽっかりと空け広げたような、不自然に開けた野に出た。
黒ローブは開けた野を右往左往しながら、シャベルを片手に地に引きずる。やがて、その足を止めた。何かを探知したのか、止めた足元の土を手持ちのシャベルでせっせと掘り返していく。
一心不乱に深く掘り返していく、作業中のシャベルに硬い感触が跳ね返った。
黒ローブはおもむろにソレを手に拾い上げる。地中に埋まるひとつのカケラを見つけたが、どうも違う。手で土汚れを払い落とすが、やはり違う。黒ローブの者が探していたのはこんなペンダント状のミラーツールのような物ではない。
『こんな時間にお探し物ですか』
そんなとき、突然聞こえてきた声に驚き黒ローブの者は振り返る。
すると、緑草木の中からゆっくりと歩き現れた、深緑のフードを被る何奴かが、黒ローブの者が振り向いたそこにいた。
そして、深緑のフードの者はおもむろに懐から取り出したキラリと光る「破鏡の欠片」を、見せつけて、それを前方の地に放り捨てた。
柔らかな放物線で捨てられたその破鏡の欠片は、対面する二人の間のあやふやな位置に置かれた。
深緑のフードの者は帯剣している左腰の剣に手をつける様子はない。ただ先ほど鏡を柔く投げたその右手を、そのまま前へと差し出し、どうぞとばかりにジェスチャーをしている。
そんな怪しい深緑のフードの者の動向に、黙して睨む黒ローブは、手持つシャベルの取手を素早く捻った。
そして黒ローブの者が手にするシャベル、その土を掘り起こす平らな鉄製のブレード部は、地に落ち──秘されていた一つのミラーウェポンへと様変わりする。
光輝く魔力を既に帯びた杖の先端部が、前方へと狙いを付けて、その煌々と熱量を上げた威力がまっすぐに放たれた。
ただの土を掘り起こすシャベルが、隠され仕込まれていた杖のミラーウェポンへと化ける。そんな武器が容赦も躊躇いもなく、怪しい者へと突然殺気を向け行使された。
深緑のシルエットへと向けて不意打ち気味に放たれた魔光弾は、三発の穴を、──後ろの樹木の幹へと刻み込んだ。
当然、狙いは後ろの樹などではない。仕留め損ねた──そして一瞬に見失った。依然杖を構えたまま辺りを警戒し、今視界に見失った敵を探す黒ローブの者は、首をぐるりとせわしく左右に振り、見開いた目を巡らす。
そして同時に集中し凝らしていた耳に聞こえた、素速い葉のざわめきに、黒ローブの者は反射的に振り返りその杖に溜めた光を乱れ撃ち放った。
だが振り返る黒ローブの目によぎったのは、ただの棒切れ、いや、宙を回転し活き活きと誘うように舞うただの剣の鞘だった。
「この世界は、ラーミラ教の説く教えでも救えない大人はごまんといるな。──すこし、この剣で……綺麗にしておこう」
中途から切り口鋭く、真っ二つになった杖が、地に二つ無情にも転げ落ちる。
どさりと音立て横たわる黒ローブの力尽きた姿を確認し、血濡れた剣を地に払う。やがて、おもむろにその翳る陰鬱なフードを下ろした。
一仕事を終えたオレンジの髪が、天から射し込む赤い陽光にただただ染まる。
目一杯、高々と伸び、森の中の開放感あふれる野で、荒れ吹く風とともに深呼吸をしながら。
オレンジ髪の男はゆっくりと目を瞑った。できた目の前の暗がりが赤く透ける。眩しいそこに、今日の一連の出来事を、思い馳せてみる。
剣を片手に握りしめながら、見上げる天に、リンド・アルケインは柔らかな笑みをつくった────。
目の前が白くぼやける。やがて、輪郭を帯びていきそれが誰だか分かる。その人のいつもある髭がないのは、ジラルド公に招かれた宮中夜会に向けて気合を入れていた名残だ。
彼女の視界がクリアになると、天にはそんな見覚えのある白髪の父ベル・ミラージュの顔があった。
「レイ、起きたか? 大丈夫か? 調子はどうだ」
「お父様……」
体を置くベッドの匂いに感触、そして壁の模様や雰囲気に、ここがミラージュ家の屋敷の中にある自分の部屋だと落ち着き分かる。眠りから目覚めたレイ・ミラージュは、心配そうな面持ちで見守る父の目をただ見つめ返し、乾いたその唇で父の名をつぶやく。
そして、レイはいつもより重い体を、ゆっくりとそのベッドから起こそうとした────。
▼
▽
レイは、気遣う父に言われたようベッドで安静にしながらも、報告するように話した。西の森ウッドフットで起こった事を。
試作ミラーウェポン、プロトロッドのテスト中に起こった数々の困難と見たこともない大型魔獣のことを。
さらにそこで出会った向こう見ずの騎士ととてつもない魔力を秘めた魔術師のことをも、なるべく包み隠さずに、隣の椅子に腰かけた父へとレイは堂々と話したのであった。
「────────ふむ、それは大変だったな。だが、なるほど。それはこの公国のお抱え宮廷魔術師様だ。天を読み、天の武才をもつ、天に二人といないそんな逸材だとうかがっている」
「お抱え? 天を……? そうなのですか……。あっ、あの方はオーバーウェポン【散る鏡】を自由自在に扱っていました」
「ふむ。【散る鏡】……アレはまさしく天のものにしか扱えん。それ以外が所持していてもただのこじゃれた割れ鏡にしかならん。散る鏡を自由自在に扱うともなれば、こうっ! ────一つ動かすにも精密な魔力コントロールが必要だっ……ふぅ……。膨大な努力か強大な才、あるいはどちらも必要と言ったところか」
父はおもむろに手に取った魔力を込めた銀の蜻蛉をゆらゆらと飛ばし、不安定ながらも制御してみせた。そしてレイの手元へとその銀の蜻蛉のミラーウェポンを返し、父ベル・ミラージュは額の一汗を拭う。
【散る鏡】を扱う話題の宮廷魔術師がいかに非凡であるのかを示すように父は娘に蜻蛉を飛ばして返したが、娘のレイが西の森で見たものは、ただの精密な魔力コントロールだけでは表せないものであった。
「ええ、しかしそれだけではなく……」
「なんだ?」
「お父様は、知っていますか。オーバーウェポンがただの強い武器ではない。もっと魔術じみた……まるで地に星を流し、天にオーロラのカーテンを描き架けるような、そのようなことをもできる……ものだと?」
銀の蜻蛉を微笑み両手の器に受け止めたレイは、一転、神妙な面持ちに直り、そう語った。
「オーバーウェポン散る鏡には、私の知るところ、そのような機能は内蔵されていないと思う……。だが、天を読む一流の宮廷魔術師ともなると。天候を自在に操るそれぐらいの魔術を引き起こすことも可能かもしれんな」
父は娘の言葉を受けてそう、ミラーウェポン屋の視点から語るが、しかしレイが思い返すとアレは天候どころではない。五色の星が落ち、大きな亀の魔獣を焼き尽くしたその威力は綺麗な言葉だけでは表せない凄まじいものであった。
そんなじっと考え込む娘の姿を眺めて、父ベル・ミラージュは唐突にあらぬ言葉を、ベッドに腰掛けるレイへと投げかけた。
「オーバーウェポンが欲しいか、レイ?」
唐突なお言葉だが、同じようなことを今日問われた気がする。レイは驚きつつも、聞こえた父の声に若干のデジャヴを感じ、そう思ってしまった。
「え? 私が……? いえ……私は……それよりも……。──そうですっ、それよりもっ! 助けられました。このお父様のプロトロッドに、今日は幾度も!」
その父からの質問に困ったレイであったが、部屋の中の壁際に立てかけられていた白杖を見つけ、突然声を大きくし、その杖に指をさしながらそう元気に言った。
「おぉ、それが役に立ったか!」
父も娘の指す方へ振り向き、その白杖のミラーウェポンを共に見つけ、見つめた。
「ええ。私は……オーバーウェポン……あのような力が欲しいかどうかは、今は、正直分かりません。ですが、まずは、このミラーウェポン、プロトロッドをもっとっっ──!! ──かように、使いこなせるよう! いえ、この杖と共にもっともっと沢山のあふれる冒険をして、今の未熟な自分の腕や内在する魔力をも、磨いていきたいと思いました!! そう、今日という日に、いたく痛感しました……」
レイは伸ばしたその手に、力を込めて、離れた視界に映る白杖を睨み手繰り寄せる。
壁際に立てかけられていた白杖はカタカタと音を立てて揺らぎ、やがて宙を舞い、ベッドに座るレイの手元へと山なりの放物線を描きながら、引き寄せられていった。
「(たとえ一度や二度その身が倒れても。我が娘レイ・ミラージュは、白鏡のプロトロッドと共にさらなる冒険を求めるか……)……ふむ」
父ベル・ミラージュは、白杖を今しっかりと手にした娘レイのその勇ましき様をただ見つめる。ベッドに居ながらに武器を求めて、伸ばしたその手に握り手にした。そんな娘の動向を──。
耳にはっきりと聞こえた娘の言葉の端々に至るまで、彼女の誰にも止められぬ意志なるものを父ベルは感じた。
今の娘にいつものおどけた様子はない。しっかりと握り見せられた彼女に似合う白きプロトロッドと、聞かされた彼女の情熱と固い意志にあふれる言葉とその声に、ありのままに、父ベル・ミラージュはそう感じてしまったのだ。
「そこで、ご提案がありますお父様」
父もまだ娘に拝んだことのないそんな真剣な表情をし、その黒とクリーム色の特別な瞳に、特別な強い意志を彼女は宿して────。
ベッドから腰を上げ立ち上がった子爵令嬢レイ・ミラージュは、父ベル・ミラージュへと、今日という激動激闘の日を経て思い至った──〝とある妙案〟を口にしたのであった。