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第4話 切り株と戯れて、星を見る

 試作ミラーウェポンのプロトロッドの性能テスト中、西の森ウッドフットに出没したクリスタルツリーその強大な巨大魔獣を、二人の人間、一介の騎士とマジックミラー商会の令嬢が打ち倒した。


 騎士の一太刀で砕けたその聳え立っていた高い高いクリスタルツリーの破片群は、辺りを雪のように舞い落ち、土草の上へと積もり、キラキラと輝くそれはそれは美しい一面の景色を、暗く支配されていた魔の森の中へと作り出した。


「夜会、あのテラスで会ったときから、キミはどこか只者じゃない方だとお見受けしていましたよ」


「こちらこそ、無暗に仕掛ける一介の騎士──ほどではありませんから?」


「はははは」


「ふふふふ」


 勝利の余韻をどこかぎこちなく、よそよそしくも分かち合う。騎士と令嬢は微笑い合っていた。そんな素晴らしき光景の中で。


 だが、未知の冒険に困難は付きものか。誰も予期せぬそんな困難が、憩う騎士リンド・アルケインと子爵令嬢レイ・ミラージュの前に忽然とあふれだした。



 キラキラと堆積したクリスタルの破片雪の中から、生命芽生えるように次々と現れた切り株の魔獣たちが二人を襲った。


「木こりへの恨みが尋常じゃないのか! それとこいつら、デカい時にはなかった鼻の高い人相もあるように見えるが? もしかして、キミがこれを可愛いとでも思っていたり?」


「嘘つき鼻の人相をつけてなど、わたしは鏡には頼んでいません! 映されるような邪念があるとすればそちらの方では! 恨まれているようですし! 知り合いの顔はいませんか!」


「あいにく僕も、趣味じゃないな! 冗談で言った木こりでもないが、恨まれる心当たりは──あるかもしれないな!」


 レイは白杖の魔光弾で寄られる前に敵を撃ち抜き燃やし、リンドはまだ抜き身にしていたその剣で寄る切り株の魔獣を切り伏せた。クリスタルツリーを倒したというのに、その土の上に積もった残骸から現れたのは、切り株のクリスタル魔獣だったのだ。元の一本木のときより随分と背は縮んだが、数はそれ以上に増えた。おまけに木の枝のキュートな鼻をつけていた。


「果たして僕はこの状況を『油断をした』と言えるのだろうか。こんなの、ありかなァ?」


「あのような散らかった状況でどこかに埋もれる破鏡を見つけることを、油断などと呼びたくはありませんが! あいにく過去の自分を慰めている時間はありま──せんっ!!」


 魔獣が襲ってくるならば、片づけるしかない。どこかに埋もれた破鏡の仕業か、どちらにせよクリスタルツリーの置き土産を、遠まわしに文句を垂れながらも二人はそれぞれのミラーウェポンを用いて除去していった。



 しかし交戦途中、離れた位置にいた切り株の魔獣は、高い鼻を頭上の断面・発射台の上に置き、枝と蔓で作った弓で矢のようにその鼻を発射した。


 切り離し、勢いよく飛ばされた硬質クリスタルの矢。


 レイは突然飛んできた予期せぬ三の矢を杖で反応し全てを弾くが、その矢の威力と受けた衝撃でよろけて後ろに転んでしまった。

 そして、転んで後ろに潜んでいた切り株の上に、なんと尻餅をついて座ってしまうレイ。すぐにその硬い感触と踏んづけてしまった敵に気付き、急ぎそこから飛び退こうとするが。


 絡められてしまう。離れようとしたそのレイの身を、下にいた切り株魔獣の伸ばした根で。そして強制的に座らされたまま、もはやその背までワインレッド色のケープごと強く引き込まれ、切り株の断面にレイは背を付けてしまう。


「くっ!! 杖が……!」


 すぐに抵抗しようともがき右手を伸ばすが、落とした杖を指先にあと数センチ届かず拾うことができない。

 さらに、そのレイの体を乗せた切り株の一本ある鼻がひん曲がり、成長し伸びて、体を這い、体ごと座らせたレイのことをじっくりと味わうように襲おうとする。


「大丈夫かい! くそっ! そんなに俺が憎いかしつこいな! ジェームス、オルテガ、ナタリア、誰だか知らないが、どけっ!!」


 助けに向かおうとした騎士リンドだが、立ち塞がるようにしつこく現れた切り株たちに苦戦する。捕まったレイの元に急ぎ、邪魔な魔獣を真っ二つに斬りつけていくが──


「アレ!? しまった! ちょっとどこに持って、のわっ────」


 魔力と踏み込みが足りなかったのか、騎士が振るった剣は刺さったまま抜けず、その中途半端を力で攻撃を加えてしまった切り株の魔獣に持ち去られてしまった。剣が刺さったままどこかへと逃げていく切り株。油断し剣を失くした騎士は走る自分の剣を追いかけようとしたが、横から集った切り株たちの枝と根に足を取られ、体を絡められ座らされていく。いや、上に座られていく。


「痛たたたあぁ……なんで僕は、切り株に座られて!! 痛!?」



 剣を盗られた一介にも満たない騎士の上で切り株たちがどしんどしんと跳ねては座る──そんな中、さらに助けの来ないレイを囲み襲おうとする鼻を伸ばした切り株たちが元気そうにやってきた。

 そして、切り株たちはお互いの人相を見て、そろって頷いた。そして、一斉に跳躍した。そのままのしかからん勢いで拘束された彼女を襲おうとした。


 危うい影が彼女の面上に集い迫る────そのとき突然、眩しく光が差し込んだ。


 天にへそを向けながらも、なんとかしようともがくレイの目には、のしかからんと跳ねた浮かぶクリスタルの切り株たちと、その後ろに眩しい星のような輝きがもっと光り──放たれた。


 鏡が散るように宙に展開された。そして数多の魔光弾がいきなり乱れ飛び、眩しく次々にターゲットに向けて照射された。


 滅されてゆく。レイを取り囲んで襲っていた切り株が、なぜか次々に、その浮かぶ鏡たちからの攻撃を受けて焼け焦げていく。それも一株残さず正確に魔光弾であっという間にすべて射抜かれてしまった。


 そんな期せず来た眩しく激しすぎる好機に、レイの腰元に提げたちいさな手鏡からひっそりと出てきた青い蛸。主人に指示され助力したブルーパスの吐いた墨で白いドレスを黒く汚し、レイは根と鼻のその光を恐れてか緩んだ拘束を、今、身を一気に滑らせるように抜け出した。

 そのまま起き上がったレイは、すぐさま拾った手持ちのプロトロッドで切り株を叩き割り倒した。脳天を打つ痺れる怒りの一撃に、鼻を顰めるように痛そうに伸ばしたクリスタルの切り株は、そのまま砕け散った。


「はぁっ…はぁ……。これは……まさか、【散る鏡】!?」


 レイは乱れた息を整えながら、振り返る。戻っていく──その切り株の魔獣たちを射抜き倒した宙に展開されていた謎の鏡たちの行方を、彼女はずっと追うように見据えた。



『ミラーナイツのはしくれが、情けないものだな』



 油断した土塗れの騎士も、蛸墨によごれた令嬢も、その皮肉を発した声に振り返る。


 鏡たちが小鳥のようにはばたき、賢く元の主の場所へ帰ってゆく。やがて、レイの追う視界に見えたのは黒いトンガリ帽子と銀刺繍の紫ローブ。集わせた小鳥たちを穏やかになだめた、見惚れるほどの自由自在のミラーウェポン操作術。


 そこに忽然と現れたのは、鏡の星たちを己の周囲に漂わせ従えた、只者ではないその男、銀髪の宮廷魔術師だった。


 ゆっくりと開眼した黄金の眼が、妖しく点った。








 現れた銀髪の宮廷魔術師はそのシャープな黄金の眼で、さっそく、土に寝転び戯れていたオレンジ髪の騎士を睨みつけた。


「早く起きろ、リンド・アルケイン。それと、──蛸女」


「たっ、たこおんな!? ──たこおんなですが」


「……なんだと?」


 それだけ言い、しばし見合った魔術師とレイ。蛸女と皮肉っぽく言われてもレイはそうだと肯定し、魔術師は初対面の彼女のことを見ながら固まった。


 出会って早々、魔術師と令嬢、今お互いに向けているのは奇異の目か。それとも握る白杖のミラーウェポン、手鏡から手を振る青い蛸、どこで売っているのかが謎の黒いトンガリ帽子、その周りに散り浮かぶ鏡のことか。


(しかしさっきのあれはおそらく【散る鏡】。お父様から聞かされたことのあるオーバーウェポンのひとつ……逸脱した力。この世にはそういう物があるのだと……)


 レイがそう紫ローブを着た風変りながらも、その有様から【散る鏡】と称されるオーバーウェポンを従えた銀髪の男のことを、恐る恐る離れた距離で訝しみ見ていると。


「その服、ミラー通しか」


「……」


 先ほどブルーパスがレイに吐いた蛸墨がその彼女の白いドレスを染めることなく、するりと撥水よく滴り落ちていく。元の状態に戻ろうとするのは、そのレイの纏う服が特殊な強化コーティングを施されている証だと、宮廷魔術師の男はすぐさま見抜いた。


 しかし、レイは答えない。口を噤んだ。服を強化するミラー通しの技術は、マジックミラー商会の得意とする特殊な加工技術だからだ。一度首を縦にでも肯定してしまえば厄介なことだ、とその時のレイは考えた。只者ではない黄金の眼を持った男をやはり訝しみながら、レイは弱みや隙を与えないように、心深く目先に映る銀髪のことを警戒した。


「フッ。おい、状況はどうなっている」


 まるで鼻で笑うように、珍しい恰好をした黒髪の彼女から視線を外した魔術師は、右往左往と地に目をつけて落ち着かない様子であった騎士に問いかけた。


「見ての通り、おっきなクリスタルの木の化物をその子と二人で上手く倒したんだけど。後に倒した腐葉土から出てきた同じくクリスタルの切り株の魔獣たちに、ちょっとリンド・アルケインという騎士が油断した! って、話だね。ここまでのところは、はは」


 騎士はようやく見つけた己の剣を拾い、刃についたゴミを風に払うように振りながら、そう状況を上手くない説明口調で報告しては笑ってみせた。


「まったく訳が分からんな。リンド・アルケインという騎士は、ちゃんとした報告の一つもできんのか」


「あなたと僕の間に交友関係以外の報告義務が発生していたとは、はは。あ、ところで? ここにタイミングよく来られたのは、もしかしてまた何か勝手に他人の運星でも占い覗いたのですか?」


「白いミラーウェポンを見にきた」


「なっ!?」


 この森に突然現れた理由をと問われると宮廷魔術師の男は、離れた場にいたレイの持つプロトロッドに注目し、それが理由だと平然と言うのだ。


 思いもよらぬことを告げられレイはびくりと驚いた表情をしたが、魔術師の淡々と語る様に、彼のことを理解する騎士リンドはまた笑った。


「ははは、その興味の赴くままのような理由も今考えましたか」


「フン、ただの自分のミラーの調整を兼ねた実地テストだ」


「テスト? そうですか。ならっ!」


 会話の途中に、急に駆けたのは騎士。佇み立つ銀髪の男を目指して一直線に剣を片手に駆け出した。


「これで、さっきのはチャラということに」


 騎士は魔術師のとんがり帽子をジャンプし飛び越え、後ろに土から成長し現れようとしていた切り株の魔獣の残党に、その刃を突き刺し仕留めた。


「ならんな」


 騎士の言う冗談と迫るアクションにも動じず。魔術師は自分の身周辺に浮かべ休ませていたオーバーウェポン【散る鏡】を不意に前へと向けて、次々に照射した。


 黒髪の彼女の立つ姿を一瞬で追い越した魔光弾の筋は、何かを撃ち落とした。


 レイが一歩反応遅れて振り返り見ると、先ほど銀髪の宮廷魔術師が放った魔光弾が撃ち落としたのは、もう見飽きたほどにこの森で見たことのある魔獣アルミラージたちであった。


「何故、兎が宙を好き勝手に飛んでいる?」


「ジラルドの兎は今日は特段元気が良いと〝先に〟来ていた僕は彼女から聞きましたよ」


「そっ、そういうことでもないのかと!? アレをっ……!!」


 足元に響く震動を察知し、レイが今強く指差す方向には、また森の草木を踏み倒し現れたあの巨大魔獣、場違いに光輝く硬質の樹皮を持ったクリスタルツリーであった。


 そして、その肩の上や、枝葉、さらに幹の中にまで、角の生えた兎の小魔獣たちを憩わせ搭載していた。まるでクリスタルツリーを棲み家や基地にするように、白や茶の毛並みと赤い眼をした魔生物たちが蠢きつづけている。


「魔獣はかしこく手を取り合うか? ははは、おーいキミ! ぶっ飛ぶ兎の正体が分かったな!!」


「分かったからといっても……これでは、手を取り合う共生関係と言うより!」


「主従だな。アルミラージどもを砲の弾にしている」


「それよりも何故またあの巨大魔獣が! こう何度も!」


「今度こそ共に切り抜けろってことじゃないか? はは」


「だからっ、自分の身は自分でできますっ! その背はあっちに行ってください! 前が見えません」


 緑のマントを風に靡かせ前へと現れ剣を構えたその騎士の背を、レイは邪魔だと語り一蹴した。


「よぉし、分かった!」


 彼女にきつく当たられてしまった騎士はいつものように笑い誤魔化しながらも、ケツに火が着いたように、前へといきなり駆けだした。


「まっ、また無暗に!」


「キミを買っている。だからこそ、一介の騎士は今日はヤル気で前に出る!!」


「それが、ご勝手で! 人を困らせる性質(もの)だと何度も!!」


 レイは魔光弾を放ち、その流れ始めたら止まらないオレンジ髪の騎士のことを援護せざるをえなかった。語気強く文句を口から垂れ流すも、目を凝らしながら、角頭を前方にし飛んできた危うい兎のロケットを撃ち抜いていく。


「おい、少しは黙れオンナ。弱者は群れても生き残れない、あの弾にされ飛ばされた兎どもの運星のようにな。口から凶事を呼び込むぐらいなら黙って戦え、できないなら──失せろ」


「!? 分かって──いますっ!!」


 再び現れた天に聳え立つほどの巨大魔獣クリスタルツリーは今度は兎の軍勢を従えて飛ばして、レイ、リンド、そして新たに姿を現した宮廷魔術師の三人に襲い掛かった。


 銀髪の男により、その彼女の耳に浴びせられた冷徹な強い言葉の数々も、そんなことは子爵令嬢レイ・ミラージュは最初から重々に分かっている。

 今握る──プロトロッドに魔力を注ぎ練り上げる白き熱き魔光弾が、押し寄せる森の魔獣たちと、その強大なクリスタルの牙城に向けて容赦なく放たれた────────。









 群れの中の弱い兎から蔓に絡めて容赦なく詰め、兎を弾にし発射する腕と肩のクリスタルキャノン。巨大魔獣クリスタルツリーにアルミラージの棲む起動砲撃要塞の完成だ。棲家を提供し兎を弾にすることでその堅牢さと攻撃性を増していた。


 弾にされた兎を魔光弾が撃ち落とし、地に突き刺さり目が眩んだ兎をレイはその杖で叩いた。


 騎士リンドは相変わらず、前で果敢に戦っている。彼はレイからの援護を強要するように、兎の砲弾が飛び交う中を駆け、前のめりに仕掛け続けた。


 しかし、そのクリスタルの牙城はなかなか崩れない。無限にも思えるほどの兎の弾を供給し、キャノンから打ち出し続けている。


「やっぱり硬い、それになかなか近づけないな」


「近付くにももうすこし順序というものがっ! あるのでは!」


「そうだねっ、でもね。騎士はこれしかやることがない! そういうキミも! 惜しくないように見える! あ、もしかして僕のやり方に賛同してくれたのか? はは」


「ここで戦うのが一番良いと考えただけですっ! いちいち賛同などっ、駆けるだけの無暗ではありませんからっ!」


 賛同したわけではない、だが、少しでも前のめりの位置取りをすることが今は最善であろうことをレイも悟っていた。


 中距離から杖を構え障害を除去するレイ。剣を片手に前を張るのは当然騎士リンド・アルケイン。オーバーウェポンを上手く扱える戦略を当然とる、レイもリンドも潰れ役を自ら、自らの出来うる範囲で買って出たのは同じだった。


「兎が爆弾木の実を抱えて突っ込んできたぞ! 知恵を働かせたな……気を付けてっ、飛んでくる兎に混ぜてきているかもしれない」


「普通に爆弾を放てばよろしいのに! 邪悪なことをっ」


「ははは、たしかに。しょせん魔獣の考えることか!」


 爆発性の木の実をその身に植え付けられたさながら兎爆弾。普通の兎に混じりその爆発する当たりが数個忍ばされていた。


 危機を察知し辛くも逃れた騎士リンドは一時下がりつつもそんなことをレイの耳に伝えた。だが、彼女はその当たりを見分けて今撃ち抜いて見せた。爆発の衝撃に巻き込まれ兎たちが数匹一緒くたに蒸発した。


 そんな彼女の狙い澄ました冷静な的当ての技術を見て、騎士リンド・アルケインは笑みを引き締め、また前へと打って出た。




 持ち前の物怖じしないメンタルで前に仕掛けつづけ結果、クリスタルツリーの右腕の幹に取りついたリンドは、その揺れ動く巨大な腕の上で鋭利な角を飛び跳ねては振り回す兎とチャンバラをしながら、下へと斬り捨て次々に落としていった。


 そんな中、一匹、特攻兵のように木の実を腹にたらふく詰め込んだ兎が目一杯飛び跳ねた。しかし、その愛らしく危うい兎のぷっくり腹を、白い光の筋が撃ち抜いた。爆発した兎の爆風に、オレンジの髪と深緑のマントが激しくはためく。


「っ……しかしっ、良い腕だ──よっと!!」


 爆風に吹き飛ばされながらも、片手で枝に捕まったオレンジ髪の騎士はまた、片手の腕力で宙ぶらりんの体と足を起こし、元のクリスタルの右腕のレールの上へと飛び戻った。


「よーしっ、ヤル気でコイツもどうに────かおわっっ!??」


 右腕から前方を見据えた騎士であったが、彼の視界一面が赤く眩しく発光した。宙に浮かぶ鏡たちが集中しクリスタルの右レールを削り取るように、魔光弾を照射したのだ。腕を八方から取り囲み一点集中した魔光弾の威力と熱量が太い右腕のクリスタルの幹を今切断した。


「あのお方はっっ!! よっと、よっと」


 落ちていく騎士は、体勢を崩しながらも崩壊するクリスタルの欠片に乗り、蹴りながら、猫のような身のこなしで退避していく。


木に憩う兎も、木に逃げ惑う兎もとめどなく舞い散る鏡たちが赤と青の光線を放ち撃ち抜いていく。四方八方から終わることなく殺到するビームの全面攻撃に、クリスタルの蔓を伸ばしその巨大な宝石樹木の城は発狂したように暴れつづけるが、その飛び交う小さな鏡の星たちをひと欠片も掴むことはできない。


 クリスタル樹木の砲口に顔を出した兎の耳をも瞬時に撃ち抜き、さらにその砲の入り口へと鏡の欠片が侵入していく。


 そしてクリスタル巣の内部迷宮を抜けたその先にあったのは、心臓部。クリスタルの空洞部屋に妖しく澱み浮かぶ大きな破鏡の輝きに、その兵器、散る鏡に映る黄金の瞳が今見開かれた。


『そこか!』


 照射された鋭く細めた閃光は破鏡を撃ち抜いた。心臓を貫かれ、やがて、いともたやすく崩壊していく巨大な牙城。それまで誇っていた堅牢さが嘘のように、兎たちを載せていたその巨大な城が、地に膝を着き、豪快に頭から倒れ、みるみるうちに倒壊していく。


「本当に立場をなくしてくれるとは。やはり恐いお方だ、ははは……!」


「こっ、これがっ、オーバーウェポンの力……」


 騎士リンド・アルケインはもう役に立たないちっぽけな剣をその鞘に納めながら、その方の寸分くるわぬ狂暴さに笑うしかなかった。リンドは一息つきながら振り返り、騒がせた風に靡く銀髪の宮廷魔術師に遠く目をやった。


 マジックミラー商会の子爵令嬢レイ・ミラージュは改めて、初めて見るオーバーウェポン【散る鏡】の真の力そして、作り出した光景を前に、ただ白杖をぎゅっと握りながら。


 空に淡く散布された粉々に砕けた緑のクリスタルの欠片、緑に染まる空の輝きの中を、喜ぶように舞い踊る鏡の星たちをレイは見上げ、瞬きを忘れたその黒とクリーム色のオッドアイ、ふたつの瞳に眺めつづける。


 その恐ろしさとミラーウェポンを逸脱した自由自在に奏でるそのオーバーウェポンの性能に、ただ深く、レイ・ミラージュは息を飲んだ────────。

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