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第3話 クリスタルな冒険

 レイは次々に遭遇したアルミラージを相手に、プロトロッドの性能テストを重ねていった。魔獣との戦いを続けるうちに、体も温まり、魔力の調子も杖を持つ手に段々と馴染んでいくのを感じた。


 レイはその後も更なるターゲットを求め、森の奥へと大胆にも順調に進んでいたように見えたが、


 【11体目の魔獣との交戦中】


 横の茂みから眼を光らせ飛び出してきたアルミラージの角を、両手で水平に持ったプロトロッドで反応し受け止めた。

 危うくも突発の攻撃を防いだレイは、そのままプッシュするように杖に籠っていた魔力を弾けさせた。すると、今、荒く発光した杖が、飛びかかって来たアルミラージをレイの元から一気にそこから弾くように引き離していく。

 さらに、その時、絡んできた鋭い破鏡であるその角を折ることにも成功していた。結果、レイは取った防御行動と同時にその一匹のアルミラージを無力化した。


 しかし、不意に襲ってきたアルミラージをレイが一匹処理したその時、また間髪入れず、二匹の新手がすぐレイの近くまで走り来ていた。


 気配を既に察知していたレイは息もつかずに後ろへと飛んだ。

 既にレイを目掛けて飛び跳ねてきたアルミラージ。その宙にある首をびゅんと勢いよく頷く二匹のアルミラージの鋭い角刃が、揺れる白いドレススカートの裾を掠めた。


 そして、ワインレッドのケープがはためき今、舞い降りると──やがて、ばたばたと兎が力なく落ちた。同じように頭部を熱く射抜かれたその二匹の兎の魔獣は、存在を保てずにそのまま散り散りに割れていった。


「あっ、12、13……もうプロトロッドの魔光弾を使ってしまったわ……。わたしレイ・ミラージュさんの調子がイマイチ? それともアルミラージが強くなったの? ────うん。なぜかいつもよりジャンプ力もあって元気が漲っていた気が……?」


 空中で二射放った魔光弾で射抜いた獲物の散り様を見届けた後に、自分の纏う白いドレスのスカート裾のほつれを気にした。

 さらに気にしたのはそのことだけではなく。レイはプロトロッドのテストとちょっとした彼女の中にある挑戦と遊び心も兼ねて、魔光弾は極力撃たないつもりだったが、押し寄せる元気なアルミラージたちの勢いにたまらず、予定よりも早く撃たされてしまったようだ。


「【ミラー通し】された衣服はこの程度ほつれても、鏡のように砕けない限り全然もつはずだけど……」


 首を左右、スカート裾を左右させながらミラー通しされた装備の破損状態を念入りに確認したレイは、やがて一つ頷き、その面を上げた。


 視線を凝らし樹々をかき分け見つめる森の奥は、いつもミラーウェポンのテストをしていた時とは違う、何か──特別な妖しい予感がした。


 ここで、いつも西の森への出立前にしてくれている父ベル・ミラージュの忠告をふと思い出し立ち止まったが────。レイ・ミラージュは来た道を振り返らなかった。

 柳怜ではない、彼女の第二の人生でのモットーとする、その「あふれる冒険心」に突き動かされ、レイの足は自ずと前へと進んでいった。


「────うん。少し、冒険(ちょうさ)してみよう!!」


 いつもより元気なアルミラージのことや妖しい森のことを調査するために。

 覚悟と勇気の入り混じる、そして口角を上げ微笑む、そんな強い意志をもった面持ちで、レイ・ミラージュは進んでいった。







 奥へと進んでいくと、森が鬱蒼としてきた。尋常じゃない妖しさだ。やはり生い茂りすぎて、それでいてざわめいている。葉の色も何故か深緑というより紫や黒ずんだ暗色に濃くなっている気がした。草木の迫る圧を感じ、そこに立っているだけでも落ち着かずとても縮こましい、そう、レイ・ミラージュは感じたのだ。


「やっぱりさっきから変。いくら場所を移動しても、森が落ち着かない。まるで、わたしの行く先を遮り、その喉奥に飲み込もうと近づいてきているよう……!」


 既に、いちいち回収している暇もないほどの破鏡の数々が足元に散らばっている。レイはそれでも回収作業に励もうとしていたブルーパスの触腕をそっと撫で、手鏡の中へと大人しくするよう引っ込めさせた。


 天を覆うほどの葉が昼の木漏れ日を隠そうとする────足元がチカチカ光る────レイは一層に集中し、ざわめき囲む森の妖しさに構えた。


 視界、景色が揺れ、吹く風のレベルではない、ざわざわと人の不安をくすぐるように鳴る音がレイの耳に速く近くなる。


 そしていきなり。

 狂気を増し、茂みから飛び出したアルミラージが次々とレイを襲う。


「アルミラージ、それも群れ!? こんなに!!」


 周りの木の幹にまるで発射されたロケットのような勢いで兎の角が突き刺さる。明らかに異常な見たこともないアルミラージの攻撃方法を避けながらも、白い杖でタイミング良く弾き落とし対応する。

 だが、数が多すぎる、動きはためくワインレッドのケープや、汗流し踊る白いドレスにも新しい鋭い傷が入った。


 それでも気配、殺気に魔光弾を連射し牽制、近づく敵はプロトロッドをスイングし叩く。

 凶刃を避け、砕き、狂気に光る赤目で群がる兎を返り討ちにする。そんな静まらぬ森の中の、必死の攻防の途中────


「上っっ!? 【ミラーエイプ】!?」


 散った木の葉が、戦っていた彼女の輪郭をふわり、風に掠め落ちていく。

 潜伏していた木の上から勢いよく飛び降り、レイに襲い来た猿の魔獣【ミラーエイプ】。思わず頭上を見上げたレイは白杖を上に構えようとした。


 子爵令嬢レイ・ミラージュはプロトロッドを握りしめながら、未曽有の危機迫る刹那に様々な思考を駆け巡らせるように判断した、避けるか、守るか、迎え撃つか────。

 黒髪を濡らす汗に、白杖に籠る魔滾る熱量、奇声とともに冷たくギラつき降りゆくミラーエイプの鋭い爪が今、彼女の視界眼前に迫る勢いで襲おうと────


 そんな黒髪の令嬢を襲う、危うい刹那に、妖しい刃が暗色の景色に煌めき、空を駆けるように疾った。


 牙と爪を剥いた白き獣は、獲物目掛けて降下していたふわり浮かぶ空中で、突然、交差した素早い影にかっさらわれるように真っ二つに斬られた。


 破鏡に操られた魔獣たるその存在は、己の体を保てずに宙に弾ける────粉々に散った光の粒のシャワーが、暗色の樹々にも映えるそのオレンジの髪と、纏う深い緑色のコート背に、キラキラと舞い落ちてゆく。


「だ、だれ……?」


 子爵令嬢レイ・ミラージュは呆然と、彼女の視界に舞い降りてきたそれを見上げ、ただただ見つめた。


「リンド・アルケイン────。あ、もしかして……おぼえてない? ははっ。やぁ、宮中のテラス以来だ! どうやらすこし、困っていそうだな!」


 まるでキラキラの血しぶきを浴びながら、猿の魔獣を致命の一撃で屠ったその剣を片手に振り返る。

 地に転んだ彼女に手を差し伸べる、印象的なオレンジの髪をしたあの時の男がいた。








 妖し気な森の中に、ミラーエイプを屠った抜き身の剣が、まるで異物のように光を放っていた。

 リンド・アルケインと名乗ったそのオレンジ色の髪の騎士は、倒れたままの姿勢でいたレイ・ミラージュに手を差し伸べ、「お困りのようだな!」と決めつけたように問いかけた。


 魔獣に襲われていた少女の窮地に颯爽と駆けつけた騎士が一閃、助太刀をした──。そんな、よくある正しい騎士道を記す物語の一幕のようなシチュエーションだ。彼の差し伸べた手、それは、一見すると正解にも見える、至って単純で自然なアクションであった。

 だが、助けた相手が悪かった。「ヤマアラシ令嬢」たる彼女にとって、差し伸べられたその手の意味と事情は複雑で違って見えていた。


 今の自分、レイ・ミラージュの姿と様が彼の目にはお困りのように映ったのか。しかし、彼女が倒れた要因は、急に目にも止まらぬスピードで彼女の視界を横切ったオレンジの風である。木から降りて襲ってきたミラーエイプとは違う、もっとイレギュラーに現れた目の前の彼こそが原因なのだ。


 レイは倒れたまま彼を見つめた。なぜ宮中夜会のテラスで一度だけ見たオレンジ髪の彼が、ここ、ウッドフッドの森の中に来ているのか。やはり、いくら目を凝らし、いくら頭で考えても、あまりにも突然で今の状況が理解できなかった。

 だが、そのレイの困惑し、驚き、訝しむ、様々な感情を一緒くたにまぜたような混沌とした表情は、急に、真剣味を帯びた。

 呑気に自分のことを覗き込む彼の輪郭の裏側に、レイ・ミラージュは察知した。風を切り押し寄せる二つの敵の気配に、彼女は声を強く発した。


「──前っ! ふたつ!」


 レイの叫びに、油断していた様子であった騎士は、前へと振り返り素早く反応した。オレンジ髪が激しく横風に揺らぐ。


 そまま流れるように二太刀、振るわれた。刹那に繰り出されたその騎士の剣筋はキレ良く、速い。彼の背後で、今斬られたばかりの兎の首が二つ宙を舞い、レイの真横を分かれるように通り過ぎた。


「なんだこれ、兎が切っ先を向けてぶっ飛んできたぞ。アルミラージはこんなに速かったか? ジラルドの兎は随分とお速いんだな! 〝おふたつ〟忠告ありがとう」


「今日は特別元気なだけで! ジラルドの兎にロケットは搭載されていないはずです!」


「特別? ロウケット?? ──なるほど! それでこの森もこの空気も、いつもよりおかしいのか! キミにとっても!」


「空気……あっ!」


「気付かれたか!」


 とりあえず今居合わせた状況を擦り合わせ確認するように、出会って間もないリンドとレイが口を開き言葉を発し合っているその間にも、さらに多くの魔獣が二人の元へと鬱蒼な森を駆け次々に押し寄せた。


「僕はこれからキミを助けたいと思うんだけど!」


 いつもより元気で狂暴な兎を片手と剣で撫るように捌きながら、オレンジ髪と深緑のコートをせわしく揺らし、その騎士は彼女に問いかけた。


 なぜそんなことを確認するように今聞くのか。舞う兎の首とともに剣を躍らせる騎士の言葉の意はどうであれ、その騎士リンドの背後にいたことに気付いたレイは、彼を決して盾にはしない。


 そそくさと立ち上がり、彼の影から離れた。


「ワッ、私は! 木を急に降りたミラーエイプにも、手がないわけでは、あっ、ありませんでした!」


 負けず嫌いにも聞こえたその突拍子のない台詞。勇ましく武器を構えるレイを、リンドは驚いた様子で、ちらりと振り返り見た。


「ははは! じゃあさっきの僕はまた、あの時テラスでキミにしたような、はしたない真似をしたってやつか! 今日もキチンとはならないな!」


 戦闘中にまだおしゃべりが優先なのか、とレイは訝しむが、騎士は寸分違わず敵を斬り続ける。彼のその剣の勢いは無駄に喋り続けながらも、無駄なくちゃんと働き衰えない。


「今、言ってもないことを! 勝手に関連づけてご自分の中で膨らまさないでください! キチンもチキンも今は要りませんッ!」


「ははは、確かに。あ、──それより、この縮こましい嫌な鬱蒼と、元気にはしゃぐ魔獣たちの囲いを、共に切り抜けてからにしないか!」


「私は自分で切り抜けます! このミラーウェポンで!」


 彼はまた戦闘中にちらちらと気にするように目をやる。その白杖のミラーウェポンで跳ぶ兎を叩き落とす黒髪の彼女の戦い様は、その騎士の目にも、先ほど「自分で切り抜けます!」と言った彼女の言葉と気迫が嘘ではない、むしろ随分と様になっているように見えた。


「そういうとこッ、夜会での立ち回り方と同じくお上手だが、そこは僕に賛成と言ってくれると、期待して思ったんだが!」


「だからっ、今っ、夜会を勝手に持ち出さないでくださいっ! 騒がせて魔獣を呼び寄せたいのですか!」


 彼女の実力を状況に汲み取り認めたのか、盗み見るようなそのチラ見の視線はやめてくれたが、まだまだ軽口のつづくオレンジ髪の騎士に、レイは釘を刺すよう語気を強めて言った。


「ごめんごめん! ただ、僕の中で、今は、口を回す方が優先されたようだ!」


「なっ、何を言って!? ふざけてっ??」


「その分、斬れば! おふざけも許してもらえるとッッ、一介の騎士リンド・アルケインは考えるんだが!」


「その変な名を幾度呼ばれてもっ、私にはッ、誰のことだか分かりません!」


「アッ!?ははははは!! あはは僕は、変か! キミはそう言うか! いやはや、変な状況だ! ところで────この兎のパレード、いつ終わるか知らないか? 森での公演チケットは貰ったはずはないぞぉ!」


「私もっ、そんな公演は知りませんっ! ですがっ、おしゃべりをやめて集中していただければっっ! 終わらないやり取りも終わるものかと!!」


 レイにとって、一向に終わらない軽口騎士のおしゃべりはもう邪魔でしょうがなかった。レイは敵に集中をしたいというのに、余裕あり気な騎士は、森の兎たちの殺気を向ける「公演」をも楽しむようにそのキレの良い剣と踊るのだ。


 それでも不可解で噛み合わない口喧嘩とも言えない応酬をしながらも、互いに協力する気配はないながらも、二人の手それぞれによって兎の撃破数が重なっていく。あたりには、魔獣の破鏡がくだけたキラキラとした光の粒が充満していた。


 そんなはしゃぎつづけた兎の群れも、気付けばあらかた片付いていた。「本当に森の公演は終わったのかもしれない」と、自称一介の騎士と、名乗りもしない子爵令嬢が二人して、同じようなことを頭にぼんやりと考え浮かべていると──。


 鬱蒼としていた暗色に染まる森の奥が、仄かに光り出し、はっきりと照らされていく。

 新たにやってきた。小兎であるアルミラージの比ではない、前代未聞のスケールを持つ鬱陶しくも光り輝くソレを、見て──


「賛成……してくれたり?」


 頬を左指で無造作にかきながら、困ったような表情でちらりと微笑し振り返る騎士に、レイはつい唖然と立ち尽くした。

 彼女は彼と一瞬目を合わせた。だがそれよりも、その彼女の視界にダイナミックに聳え立ち、居座りつづける巨大な敵の圧・存在に、レイ・ミラージュは目を向けざるを得なかった。


「来ますっ!!」


 レイはまた、歪んでいた己の表情を吹き飛ばすように一変させ、真剣にプロトロッドを構えた。懲りずに謎の賛同を求める一介のオレンジ騎士の背中などではなく、その先にある視界一杯になるほどに迫りつつある巨大な敵を、集中し、真正面から見据え直した。


 森を騒がせ、大地を揺るがす木の化身──巨大魔獣クリスタルツリーの登場。

 それは、周囲の木々をまるで踏む草のように薙ぎ倒しながらはた迷惑に迫ってきた。宝石のような木の葉が舞い落ち、砕け、暗がりの地を煌めき彩る。

 長く伸びた絢爛に光る幹の頭が、騒がしい轟音と共に、今、武器を構える二人に向けて倒れ込んだ────。








 魔の森奥より、巨大魔獣クリスタルツリー、来たる。

 鬱蒼の景色を薙ぎ倒し現れたそれは、遭遇したも早々に、走り込むようにいきなり倒れこんできた。地に滑り込む危ないクリスタルの幹柱を、リンドとレイは同じ左方向へ跳び避けた。


「キミはこの森に詳しいようだけど、こんな魔獣、見たことあるかい? いつも目にしていたりすのか!」


「そ、そんなのっっ!? 魔獣というよりこれでは魔樹でっ、まるで人相がないので分かりません!」


「ははは……同じくっ! 面識はないな!」


 どちらも初めて対面する魔獣だ。さり気なく探り、お互い確認し合った。弱点など知る由もない。


 倒れていた幹は、数多の根を巧みに足のようにして、ゆっくりと立ち上がった。人相らしき人相などその煌びやかな一本木、魔樹のどこにも見当たらない。

 だが、はっきりと意思を持ってそれは動くというのだ。人間に恨みを募らせてでもいるのか、体勢を整えたクリスタルツリーが再び土を払い、鬱陶しく光る木の葉を散らし、二人に襲いかかろうとした。


 だが、騎士リンド・アルケインはここで怖けずに前に出た。一目散に目指した幹を素早く斬りつけては、薙ぎ払う枝や槍のように伸ばす根の複雑な攻撃を風のような身のこなしで避ける。


 剣で斬りつけては避ける。その動きを、果敢にもリンドは繰り返した。


 だが、返る手応えは硬い。片手に握る騎士の剣、抜き身のその刃がまだ震えつづけているほどに、その巨大魔獣クリスタルツリーの持つ樹皮は硬いのだ。


「嘘のように硬いなッ! 刃が通らないとするなら。ふつうの魔獣相手のやり方では、斬るのは無理かァ?」


 初見にして上手く立ち回ってはいるものの、硬い樹皮、クリスタルツリーの幹を斬るのは困難。一つ立ち止まり首を傾げてみせてリンドだったが、考えたのもそれまでで、再度、駆けてクリスタルツリーにその斬れないだろう剣で挑んでいった。


 オレンジ髪の騎士はあのように簡単に突っ込んで見せるが、あの太い木の懐に飛び込むのはそう簡単なことではないと、レイはすぐに悟った。勿論、だからとて彼女は指を咥えて見ているだけではない。


「試作といえどミラーウェポンは、使わないことには! 息をしていないのと同じ、──だからっ!」


 彼女は前へと向けてしっかりと構えたプロトロッドから、魔光弾を撃つことを選んだ。連続して放たれた魔光弾が、大きな輝く魔獣の的へとヒットしていく。


 遠隔から放たれた幾本もの光の筋が、クリスタルの樹皮を焦がす。それを見た騎士は、微笑った。


 そして、リンドは相変わらずそのクリスタルの木を独自のリズムのヒット&アウェイの戦法で斬りつけてゆく。だが、今、揺れて落ちてきたカラフルな光を放つ宝石の木の実が、騎士の浮かべる笑みへと眩さを増し、爆発した──。


「おっと!? 魔力爆発!? もしかして、木こりに恨みを持っていたりするのか……!」


 まさかの斬りつけられた木からの激しい抵抗を受けた。突然落ちては爆発した木の実の思いもよらぬ攻撃方法に、リンドは驚き顔に変わりつつも、巧みに眩い危機を察して避けた。


 爆風が、彼の深い緑のマントを激しく揺らす。


 避けはしたが、これで一筋縄では近づきにくくなった。斬れば落ちてくる木の実は厄介だ。牽制するように殺到する間合いの長い根を切り払いながらも、騎士リンド・アルケインは困ったが、やはりもう一度仕掛けてみることに決心した。


 すると、今、オレンジ髪の向かう動きに合わせてか、レイは魔光弾で落ちてくる実を、落ちきる前の宙で正確に撃ち抜いてみせた。


 幾度か魔光弾を撃っても、そのクリスタルツリー本体にはあまり効果的なダメージを与えられないと、レイはまた一つ悟り、すでにそのようなデータを得ていた。

 その戦闘データを加味して、レイは標的と考えを切り替えた。つまり、前を張るリンドの方へ落ちてきていた厄介な爆発性の木の実をどうにか対処することにしたのだ。


「おぉ、射撃の腕は! もしかして、気を利かせてくれたか?」


「狙撃とは言えませんが、一介の騎士よりは高い方かと!! 気は、そのようにっ……割いただけですっ!」


「気はそのようにか……ははっ。なら、騎士はただ、ヤル気で前に出る!!」


 レイの実質気の利く援護射撃と呼べる代物に、リンドは正面を向き直し、迷わず駆けた。

 巨大魔獣クリスタルツリーを剣一本で相手取る、騎士リンド・アルケインにはそれができるとこれまでも証明している。

 厄介な落ち物を封じてくれると言うのならば、リンド・アルケインはその彼女の射撃の腕とお言葉を、鵜呑みにし、信じるようにただ駆けるだけであった。


「そのようなっ!? 急かしているのですかっ!! そこっアタレッ!!」


「僕はただ、〝そのように〟一介の騎士よりも高いその的当ての技術をご教授してもらえればっ! ありがたいッ!! と、ちょっと思ってね!! ははは」


「!? あっ、あなたという人は、このような状況でそのようなことを!! 実行なされて!!」


「ははは、あ、そうだ? そういえば……『お前が本気じゃないからだ』と、引きこもりがちの上官の友人にもついこの間怒られてしまってね! 僕はどうすれば一体、本気を出すことができるかと、色々考えてはみたんだけどキミはなにか──」


「知りませんっっ!!」


 その騎士は躊躇しない、その騎士は足を止めない、その騎士はおしゃべりも止めてくれない。

 レイは必死に狙いを澄ます。落ちてくる木の実を、真光弾でなんとか撃ち抜いてはオレンジ髪の動きに合わせる、いや、合わせざるを得なかった。

 目を凝らし語気を強める彼女の気も知らずに、その軽口騎士はクリスタルツリーに己の剣一本で駆け回り攻撃を加えつづけた。


(やっぱり、とても一介じゃない騎士は冗談でもなく、同じところを狙って斬りつけている!? あ、──それなら!)



「これならっ! 木の機嫌は! 損ねることなく!」


 レイはオレンジ髪のその意図を感じる剣筋と、激しく抵抗し人を寄せ付けない魔樹の行動を遠目に眺めて、一つの策を思いついた。

 レイの左の黒髪から、ゆっくりと飛んだ一匹の銀の蜻蛉が、やがて木の幹に悠然と留まった。

 そして、少し欠けて窪んでいたクリスタル質の硬い幹に、運んできていた主人のミラーウェポン【ミラーナッツ】を一粒、その尾で押し込み、啄木鳥のように中へと埋め込んだ。


「銀のトンボ? いや、そうかっ!」


 騎士は自分の狙いにおもむろに溜まった銀蜻蛉を訝しむ。だが、すぐに気付いた。木にミラーウェポンを込めた、彼女の意図を、その悠然と敢行された作戦を。


「【ミラーナッツ】を起爆します! 3・2・1──」


 レイがそのはっきりと良く聞こえる大きな声で、突然のカウントダウンを始めると、数え終わったと同時に爆発が起こった。内部から、爆ぜる並ではない衝撃を加えられ、右側の幹からひび割れたクリスタルツリーを──


「ゼロ──うおぉおっ!!」


 既に駆けた騎士の深い緑のマント、その勇ましく変わらぬ迷いのない背が、同時に斉射された白い閃光の気の利く援護射撃と共に、流れてゆく。


 オレンジ色の髪が風に渦巻き、今、勢いよく回る剣風が、最高の一撃を生み出した。

 リンドは躍動感溢れる回転斬りを、焦げ付きひびの入った幹の右側へとお見舞いした。

 薙ぎ倒す勢いで振るわれた剣が、ついに、大きな大きな亀裂を走らせる。その聳え立つ巨大なクリスタルの幹を、誇っていた硬度も嘘のように、脆く砕けさせた。


 木の横に突き刺さった剣が、横ではなく、木を縦に真っ二つにした。硬質のクリスタルといえど、割れる時はいとも容易く呆気なく、そのパッキリと割れる運命を辿った。


 騎士リンド・アルケインが小さな破損箇所に放った本気の回転斬りが結果として致命の一撃を呼び起こし、クリスタルツリーを見事に倒したのだ。


 オレンジ色の髪の騎士が振り返る。

 すると、彼の視界には、黒い髪をした一人の女性が小さくその親指を立てていた。思わず立ててしまったのだ。


 そんな彼女を見て騎士は笑い、一言口を開いた。


「良いウェポンをお持ちで!」


 そう言い目線を離した騎士は、辺りに堆積したキラキラとした魔獣の破片の中から、銀色の蜻蛉を探し拾い上げ、それをやわらかく向こうに佇むレイに向かい投げた。


「それはっ! そ……そうですから!」


 レイは今、親指に飛び留まった銀の蜻蛉を、顔を隠すような俯き加減で、自分の髪の右側にそそくさとつけ直した。「マジックミラー商会の……」なんて、喉元半分までは出かかれど、彼女は口に出し言えやしなかった。


「ははは、──ちがいない」


 巨大魔獣クリスタルツリーの撃破に成功した。崩壊したその光る一本木、砕け散ったクリスタルの欠片があちこちに飛び散る。

 暗色の景色にいつまでも映える、まるで瞬く光の草原の中。騎士が笑い、レイはほころんだ口元をきゅっと引き締めながら────。


 魔の森を浄化するように照り返る、二人を明るく包んでいたそれは、とても煌びやかで良い、冒険の光景だった────。

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