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第14話 虎退治

「慎重なのか大胆なのか! このミオ職員さんの目につくところで!」


 ミオは素早く構えた弓から矢を放ち、また水砲の飛んできた方向へと即座の仕返しをする。すると遠方の魔獣の影は留まることなくまた動き出し、濃霧の中へと身を潜め消えてゆく。


 水を吐く馬鹿げた獣を一時追い払ったはいいものの、腰元に携帯していたミラーポケットに収納されていた完成品の矢は三本。残りは矢じりのないただの棒きれだ。


 遠方のターゲットに矢をヒットさせたミオ職員が裏腹に心もとなく思いつつも、次の矢を選び指に挟んだその時──


 今咄嗟に弓を構えた矢の向く方向には青い蛸。それはミオも見たことがあるレイ・ミラージュC級魔獣狩りが破鏡の回収を手伝わせていたミラーツールに棲む生き物だ。


 その青い蛸、ブルーパスが壺を抱えてミオの足元へと這ってやってきた。じゃらじゃらと音を鳴らし輝いた混在する破鏡の煌めきが、その壺の中にはお宝のようにあふれていた。


「助けに来ないどこぞの冷紅茶職員より気が利くじゃない! 矢じり……ッ、ありがと──ネ!!」


 さっそく取り出しやすいように半分収納していたミラーポケットから伸ばし出した特注の棒きれを輝く壺の内に突っ込み浸す。棒をかき混ぜて引き上げた時には不思議にも、それぞれに選び抜かれた個性的な形をした破鏡の矢じりの一つついた即席の矢になった。


 手品を見たブルーパスの触腕の拍手と共に、ミオは弓にできたての矢を番えて、また怪しく動く遠方の気配へと、弦を震わせ、勢いよく解き放った────。




 礫や水流、矢と魔光弾の飛び交うロングレンジからの飛び道具の応酬はその後も続いた。


 そそり立つ大木の下に陣形を取るレイたちは、中々近付いてこないストーンイェルガーへの対応に手を焼いていた。


 レイは魔光弾を無駄撃ちせず多少温存しながら、近くに魔獣が飛び込んできたときのために警戒にあたる。


 替わりにレイと遜色ないかそれ以上の精度をもつミオ職員の弓の腕を頼りにし、遠距離へのカウンターとなる攻撃の一矢を任せていた。


 アマリアはやはり盾を構える。今度は水砲にも押されず流されず持ちこたえるだけの準備はできている。


 そして集中状態にあったアマリアに、また流れ向かってきた水砲。アマリアはこれに反応し、しっかりと地を踏ん張り、攻撃を防いだ。


「この程度の水かけでぇっ──ンひゃっ!??」


 だが、その踏ん張りが効かなかった────。アマリアが今力を入れ踏ん張った地は突如としてぬかるみ、足は沈み、足を取られる。アマリアの身は堪えきれずに盾ごと激しい水砲の勢いに流され、吹き飛ばされてしまった。


 当然、ミオがそれ以上の垂れ流す攻撃を許すはずはなく、仕返しの矢を既に目一杯弓を引き放った。その矢は鋭く、木の傍に立つ四足の獣のシルエット、その眉間を貫いた。遠目にも見事な改心の当たりに、ミオは思わず興奮気味に目を見開いた────。


「やった!! ──いや!? ちがうでしょ!!」


 ミオの凝らした視界に、あっけなく地に落ち自壊していく濃霧に浮かぶ魔獣の影。だが、その手応えがどこかおかしいことにミオはようやく気付いた。


 ミオが今撃ち抜いたのはストーンイェルガーのつくった抜け殻であった。木から吸い上げた魔力と水を排出するだけの排水機関、固定砲。既に生気のない的であった。


 そしてストーンイェルガーの真の狙いは、ただ一人。今ぬかるみの地にスリップした金髪の盾使いの女であった。


 ミオが目を凝らしていた辺りとは真逆の方向から、はやる足音が濃霧を裂いた。


「パレットシールドが、しまっ──」


 盾を見失い、泥に倒れたアマリアへと飛び付く、石色のフォルムがアマリアの面を影に覆う。そんな再度訪れた絶対絶命の場面に、激しい音が合わさり鳴り響いた。


「出てくるときに出てくるなら! させない──ヤァッ!!」


 上から叩きつける頑丈に束ねた石の三つ尾と、下から叩き返す白い杖。転ぶアマリアの元に割って入ったレイの持つプロトロッドが、形態を変えたストーンイェルガーの太く頑丈な尾と、激しい魔光をフラッシュさせ、かち合った。



 合わさり発光した一撃の手応えは重く、得物を握る手に返り痺れる。それでもレイが力と魔力を込め振り抜いたプロトロッドが、新たな尾の武器を携え飛び込んできた石の塊ごとを弾き返した。


 やがて弾かれた動く石は、猫のように己の体を上手くひねり宙を四足を下に向く正しい姿勢で落ちる。そして矢と光の追い射さる危ない地を、泥水を跳ねながら滑るように難なく走った。


 隙に合わせて三本の矢を放ち切ったミオ職員が今その目で辿っていく、ぬかるむ地についた四足の獣の足跡が変わっている。いや、その姿までもその石虎に彫刻をほどこした人が途中ですげ替わったように、まるで見目デザインが大きく変わっていた。


「ナッ……なにこいつ?? 本当にさっきのストーンイェルガー!?」


 突然三人の前に再びはっきりとその姿を現した魔獣ストーンイェルガー。アマリアを襲いレイが弾き返した一つの棍棒のようになっていたツイストした尾は解けて、三本の尾になり、ゆらゆらと揺れている。威嚇し吼える顔は正面に大きく広がり、まるでアマリアの構えていた盾を模したようだ。ミオの放った矢とレイの放った魔光弾の威力が、そのたてがみのように広げた石の前部盾に、阻まれ刻まれていた。


 そんな様変わりしたストーンイェルガーの姿にミオは驚き、しばらく見ていたレイは視線を切り倒れていたアマリアの方に、助けの手を伸ばした。


「大丈夫?」


「ええ、地が急にぬかるんで……ごめんなさいお姉さま、下手をうってしまいました」


「うん。それはまったく足元に目がいかなかった私の下手でもあるし。おそらく……あのしつこいまでの水砲は、地に魔力を撒くための布石だったみたい! しかも、あの姿それだけじゃなく!」


「アレは!? まるでワタクシの盾と、まるでお姉さまのロッドをその身に……宿した??」


「それだけじゃ──ナイ!! このミオ職人職員さん……弓の授業料はもらってないのだけど!」


 レイたちに向かい放たれた石矢をミオは同時に放った矢で、宙に矢じり同士をぶつけ撃ち落とした。


 進化したストーンイェルガー、その三つ尾を石を編むようにあやつって石の弓と牙の矢をつくる。石が模したのはなんと三人のそれぞれ持つミラーウェポン。ようやくまともに姿を見せたストーンイェルガーは、今度は、逃げの姿勢を見せやしない。濃霧にまぎれ秘かにそして新たに彫刻を施したその肉付けバージョンアップした歪な姿で、石のたてがみを広げ、今、勇ましく獲物たちに向かい吠えた。




 残弾無数の石の矢がミオ職員の肩を掠める。レイの振るうプロトロッドに押し負けない三つ尾を束ねた棍棒が、駆けるスピードを上げたすれ違い様にその威力をぶつけ奏でる。


 強いられるぬかるむ地での戦闘に苦戦するレイたち。一方で水かきのように発達した石の足で、地に対応したストーンイェルガー。地の利を得た戦い方を押し付けてできているのは、どちらかは明白であった。


 しかしそれでも人が戦うことをやめないのは、逃げるその足を封じられているからか、木に登らせた子供たちを守るためか、それとも──


「ミオ職員さん!」


「ッ──ノーカンノーカンかすり傷っ。あんな下手な弓に射られてちゃ慧眼職員として終わりでしょうに! それはそれとして……正直あそこのホワイトウィルトが枯れてから、いい流れがさっぱり吹いてこないわねー。──さぁて、どうしたいレイ・ミラージュC級魔獣狩りさん?」


 ミオは石矢が掠った肩を抑える素振りをやめ、駆け寄ったレイのことを横目に睨み見た。


「なら、例え花が枯れても……泥水の中もう一度、吹かせてひとつ咲かせて見せます! だからもう少しお力添えを! そっちの方が逃げるより、楽です! きっと!」


 真剣な表情、でも苦ではない。ミオ・アコットンの視界に映るそのオッドアイの彼女は笑っている。見せる指先に、光る殻を挟みながら──。


「──!? はっ……オーケー! なら、こっちも。借りた矢じりがなくなるまでは、付き合ってあげる!」


 目を見開いたミオは一つ息を短く吐き、もう一度面を上げてレイの顔を見つめ返した。そしてもう、その黒とクリーム色の目を見やしない。矢を取り出し、敵を探り、弓を構えた。


「ワタクシにも、力添えさせてください! 何度もただ足を引っ張るために、このミラーウェポン、パレットシールドを手にしたわけではないのです! お姉さま!」


 アマリアもレイの方を睨み、その紫の瞳に強い意志を宿している。ビッグアルミラージを討ってからというものの、良いところをみせれていない。それは不本意。アマリア・ベルショにとってあまりにも不本意。その大盾についた泥を振り払い、刺さった石矢を、己の手で引っこ抜いた。


 逃げる足もぬかるみの地では石の虎には及ばない。ならば今、武器を取り、戦うしかなく。経験したこともないハイクラス以上の強魔獣に襲われ泥に汚れる苦しい逆境の中でも、ミオもアマリアもそれが一番良いと思ったのは、頼りにすべき彼女がそう言ったから。悪い諦めのムードなど、白と黒の髪が靡く、そこにはすっかりありはしなかった。


 互いに声を掛け合ったミオ、アマリア、そしてレイの三人は、もう一度共有する作戦を練り直し、ぬかるむ地の上で生き生きと動き出し、構える陣形を敷き直した────。




 「足を引っ張ってばかりではいられない」──攻撃を受けつづけ七転八倒しようとも、七転び八起きの精神で泥の背は立ち上がり、アマリアはパレットシールドをしっかりと構えた。やはり、よく狙われているのは、その要因は分からずとも一番身軽でない自分であると知る。


 しかし、そんなことは重々承知。アマリアはレイのかけた言葉を思い出す。

『でも狙われているからこそ、甘く見ている慢心が攻勢に転じた石虎の魔獣にも必ずあります。つまり逆ですそのチャンスを! いえ、ビッグアルミラージにもおじけないあなたのその不屈の力とそのミラーウェポン、パレットシールドのギミックを、この作戦に貸して欲しいのです!』


 この練り直したレイの打ち立てた作戦の要は、アマリア、彼女であった。盾を構えては誘うその鋭い闘志を燃やす紫の瞳が、石虎は気にくわないのか。それとも硬い盾の感触がお気に入りなのか、そんなことはどっちでもいい。魔獣に執拗に狙われつづけている彼女にしかできない仕事をレイ・ミラージュは与えてくれた。


 ならばまっとうするまでと、アマリア・ベルショが思うのは当然の事。腹をくくらずとも、あの人の言葉に背中を押される。やっと巡ってきた好機、その来たるべきタイミングを──アマリア・ベルショは今度こそ逃さない。


 地はいきなり下から爆発した。レイが爆発性のミラーウェポン、【ミラーナッツ】を泥の地層の中に激しい戦いの最中に秘かに仕掛けていたのだ。


 盾をどっしりと構えるアマリアの方に一直線に迫り、滑るように走っていたストーンイェルガーは、足元から噴きあがる突然の予期せぬ爆発・衝撃に、宙に不格好な姿勢で投げ出された。


「ベストとは、目を凝らし恐れないこと! 【アンカーギミック】!!」


 そしてアマリアは【凍結アンカー】を発射した。まだ見せていないパレットシールド、その一枚の大楯に内蔵されたギミックはムーンソードや魔光弾を貯蓄したガトリング砲だけに尽きない。その射出したアンカーでバランスを崩した石の虎を捕らえた。


 パレットシールドから青いワイヤーが伸び宙の石虎の胴を足を絡めて、繋がった大盾ごと力強く振るい、地に叩き落とす。そして食い込んだアンカーが捕らえた獲物を凍結させていく。食品保存用のミラーツールの比でない冷気がストーンイェルガーを襲う。


 ぬかるみの中でも動きをカチコチに封じれば関係ない。重鈍な盾もアンカーギミックも使いよう。そして、抵抗しバラバラに脱しようとする石の集合体は、一気に冷やし固めればすなわち相剋。その自らが排水溝にもなり水砲を散々に撃っていた石の魔獣に、アマリア・ベルショ秘蔵の凍結アンカーはよく効いた。


「弓術とは、素早く、射抜く!! これだけっ!! アンタねぇ、尻尾で弓を構えるなんて行儀がなってない!! 今日のミオ・アコットン最強職員さんの授業料は高くつくわよ!」


 危なくあそばせた石の三つ尾で編もうとした歪な弓は成らず。景気よくミラーウェポンの弦にのせ、一気に放たれた三本の矢が同時に、ストーンイェルガーの立てた三つ尾の的を見事、射抜き千切った。


 最強職員の良い目からは逃れられない。熟練の手先しなやかな指先から素早く放たれる必中のアルミラージの矢に、射抜けぬものはない。


「って……!? 矢はちょうど品切れ……ならやっちゃえ、レイ・ミラージュD級魔獣狩り!!」


「レイお姉さま!!」


 レイへと強く呼びかけ、それぞれに振り向いたミオ、アマリア。精一杯の尽力をする二人の合図を受けて既に、レイ・ミラージュは動きを抑えた標的へと駆けだした。


「ええ、このプロトロッドなら!!」


 最高と最強の仲間たちの力添えを得て、さらに泥の中に見つけた一欠片の刃、最良のオプションをプロトロッドの穂先にして。レイ・ミラージュは今、飛び上がった。


 プロトロッドを頭上に回転させながら、練り上げるのは魔力。最高の一撃を叩き込むために、最後の最後まで抜かりはない。


 だがしかし、ストーンイェルガーもじっと死を待つわけはない。それどころか狡猾な石虎は、秘蔵の息を吐き出した。熱い熱い獣の息は、天へと向けて放たれた。それはまるで火炎。石虎が水を吐くだけと誰が言った、そう言わんばかりに見たこともない火を吐いた。


 激しい激しい火は炎。まんまと舞い上がった白黒髪のターゲットを今にも伸びゆき焼き尽くすのだ。狸寝入りで一度欺きはめた人間の女を、二度はめるのは容易いことだ。ストーンイェルガーの取った行動は確かに誰も予期できない、予想の裏を深くゆく。ミオもアマリアもその天に吠えた火炎の威力に驚くものであった。


「冒険とは虎退治! 虎穴に入り!! 飛んで火に入り!! 思いっきり冒さなければ、その先は砕けない! だからっ──ヤァッーーーー!!!」


 虎の口が火を吹いた、その火の中へと飛び込む。白い膜の球体に身を包みながら、震動するその特別な魔力が、赤い赤い視界を押しのけ歪めかきわける。


 秘蔵の火には、秘蔵の膜を。ここぞで練り上げた特別な魔力を吐き切った両者。だが、レイに勝るものがあるとすれば、あふれるその心、目を凝らし挑むその心、そしてなおも火を裂きあふれるその美しく輝く白き魔力。


 獲物をいたぶり狩る獣の狡猾さだけでは彼女を止めるには決して足りないことを、魔獣ストーンイェルガーには分からない。赤く垂れ流すスベテを押しのける、見たこともない力の塊と勢いが今、豪快に降り立った。


 片刃のついたプロトロッドが、鎌のように振り落とされた。それは地に立つ石の兜に深く突き刺さり、一つの破鏡を貫いた。その破鏡はストーンイェルガーの石の体を構成するための動力源の一つ。ミオが散々放っていたアルミラージの矢の矢じりであった。


 つまり、レイの杖を模し、アマリアの盾を模し、ミオの弓まで真似たストーンイェルガーのビルドアップし肥えたその体は、機能が豪華になり重くなった体を動かすために他の生物の破鏡が必要であったのだ。


 思いっきり叩きつけられた片刃のプロトロッドの一撃に、あっさりと割れたアルミラージの破鏡。だがレイは狙いを外していない。一つ、一つ、連鎖するようその衝撃は広がった。


 レイの魔力は少し揺れる。しかし、彼女が自称する少しどころではない。天からインパクトした片刃を突き刺した白杖の威力・魔力の振動は、石虎のその身に宿す内部のサブの破鏡を次々と破壊した。


 魔獣を強くしたのも破鏡、紐づき仇となったのも破鏡。連鎖し割れてゆく鏡の衝撃は、ついにストーンイェルガーの力の根源たるオリジナルの破鏡までを震わせた。


 崩れゆく石の牙城。石を編むよう変幻自在たるストーンイェルガーの最後は、脆くも、儚くも、ただの土くれのように────────。


 手強い相手が土へと還る様をそのオッドアイでただただ見つめた。天に伸びゆく火を祓いレイ・ミラージュの放った最高の一撃は、相棒のそのプロトロッドに、泥の中で煌めいたムーンソードの欠片を添えて────。


 マジックミラー商会の子爵令嬢レイ・ミラージュ、エスティマ国ミラー協会のミオ・アコットン職員、そしてベストミラー社の伯爵令嬢アマリア・ベルショ。


 三人の力と心とその個性様々なミラーウェポンを合わせた泥まみれの冒険の末、脅威度H級以上の強魔獣ストーンイェルガー、見たこともない石の虎退治は、ここに成された────────。

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