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第1話 宮中夜会へと出席せよ!

 ベル・ミラージュは蓄えた白い顎髭を幾度かさすり終え、その面持ちを神妙に引き締めた。そして大事な話を執務室の向かいに立つ娘へと告げた。父としての彼が娘に伝えるべきことだった。


 その話とは、「今より一週間後、ご招待にあずかったジラルド公国の第二宮殿で、【宮中夜会】の催しが始まるため、子爵ベル・ミラージュの娘であるレイにも出席を命じる」というものだった。


 立ったままその話を聞いたレイ・ミラージュは、椅子に深く腰掛けた父親に対し、不満そうな視線を向けた。俗に言うジト目なるものを向けていた。


「その目をやめてくれないか、レイ……」


「私が出なくても」


「そうもいかんのだ。今度の宮中夜会はこの公国のジラルド公が自らご出席なさるのだ」


「まぁ、ますます私じゃなくても、と?」


「何を言っている。その夜会こそ、相応しい相手を探すにはうってつけだという。それこそお前の口癖のように言っていた、お前がありのままの姿でも認めてくれるお目が高い相手をな」


「そんな目的で? 邪念を持つなど、そのような厳かな集いの場でいささか不敬じゃありませんか?」


「んぐっ!? 宮中夜会は建前でよいのだ! それに厳かではなく砕けた場だ。ジラルド公は、堅苦しい人ではない。でなければ私もこうして子爵になれはしなかったのだぞ。とにかく絶対に出席することだ! あとその髪をなんとかしなさい?」


「────可愛くないと?」


 白と黒の複雑に入り混じったその娘の長髪は、まるでヤマアラシのよう。レイは自慢の髪を自慢げに手で靡かせながら、父親に微笑み問うた。


「自分の娘、ヤマアラシも可愛いさ。だが、もっとはっきりかわいくな! いいな! お前の大好きな【ミラーウェポン】を仕上げ、その質を磨き上げていくようにな! 夜会(じっせん)にそのままで出るなよ!」


 そんな娘の企みを秘めた微笑みも、この日ばかりは父には通じない。ベル・ミラージュははっきりとした声量で娘のレイへと釘を刺した。【ミラーウェポン】のように自らを磨き上げよと、マジックミラー商会の令嬢がよく手にする商品に例え、父は娘に己の身だしなみを来たるべき夜会に向けて、より洗練させ整えるように命じた。


「了解しました父上」


「父と娘は軍隊じゃない、妙な敬語と敬礼はいらん」


 レイは右手で敬礼をした。しかし、それはいつものおどけだと、父は見抜き冷静にたしなめた。


「親しき中にもと思いまして?」


「立派な心掛けだが、その魅力的な気配りを少しは世人にも向けてやれ。可愛げがあるのだからな」


 レイは額に寄せていた厳めしい敬礼のポーズから、指先を可愛げのあるピースに変えた。そんな絶好調の娘のことを見て、父ベル・ミラージュは微笑い、机上にあるペンを手に執務へと戻った。



「困ったぁ……〝お目が高い〟なぁんて、それこそ私の建前なんだけど。──宮中夜会、何にも出会わなければいいのだけど」


 呼ばれた執務室を静かに後にしたレイ・ミラージュは、独り、そう呟き、溜息を吐いた。


「その前にこの髪か?」


 レイはいつもより重々しい足取りで歩を進めた。やがて、廊下途中にあった長い棚にオシャレに並べ飾られていた、小さな一つの丸鏡をレイは覗いた。前のめりの姿勢で自分の姿を確認していく。


 やはりヤマアラシ、【ヤマアラシ令嬢】とはレイ・ミラージュ自分のことである。もっとも、白と黒の混沌と混在した有様を、彼女自身は気に入っている。


 右目は黒、左目は霞んだクリーム色。このオッドアイもどきも、視力の方に問題はなく、彼女自身の持つ魅力の一つと思っているのだ。


 右の頬、左の頬、交互に向けて棚の上の鏡に覗き、レイは改めて己の面をまじまじと確認する。


「やっぱりレイ・ミラージュはどの角度でも飽きない面白い。どっちのわたしが好きですか? ──────いや、好きになられちゃいけないのだ。好きになってもいけないのだ。だって、私、今度の人生は、あふれる〝冒険〟──したいのだから!」


 ターンしながら後ろへと唄い踊ったレイ・ミラージュは、最後はそう、鏡に映る自分に向けて右の指を強く差した。


「いいじゃん。レイ・ミラー……あひゃっ?」


 突然、両目を塞がれた。暗くなった視界、目元に、冷たく引っ付いた何かを両手で剥がしどかした。

 レイ・ミラージュの目にした棚の上の丸鏡の中に映っていたのは、彼女の白と黒の髪、その頭上に乗った「青い蛸とわたし」だった。





 いつものように時は過ぎ、宮中夜会当日の夜を迎えた。


 今宵、天に顔を出したのは魔性の月、満月。宵闇に妖しい月光の射す、のどかな自然に囲まれたミラージュ家の屋敷に、一人の男のあらぬ絶叫が響いた──。


「って、なんでまっ黒にしたーー!!!」


 この世界では白髪の者はオーソドックスだが、黒髪の者は珍しいのだ。

 おめかしをし終え、執務室に現れたその妖しい変貌を遂げた娘の髪色と平然そうな顔を見ながら、父、ベル・ミラージュは顎が外れるほどのオーバーリアクションで叫んだ。


「手鏡大のミラーに棲む蛸さんの蛸墨で、うまくこのように! ──染めてもらいました!(そこの廊下の棚の上にあった)」


「たっ、たこさん……だと……」


 執務室へ行く途中の廊下に飾られあったという手鏡大の丸鏡を、ひとつ、自分の頭上に置くように娘レイ・ミラージュは自慢げに掲げてみせた。


 毛先まで全部、見事な黒に染まったその娘の髪の上で、今、丸鏡から這い出した小さな青い蛸が、嬉しそうに触腕を叩き、まるで拍手をしている。


「白に染めると黒よりすぐに元の色へと戻ってしまう。そんな傾向がわたし、レイ・ミラージュにはあるので、大事な夜会中にそのようになってしまっては大変な騒ぎになるでしょう?」


「父上は娘の持つそのような傾向など初耳だが……騒ぎといえば、今がなかなか私の心の落ち着かん騒ぎの渦中だ」


「ですが私はこっちの色も、落ち着くので」


 そう言い、しっかり黒く染まった髪を、いつかの執務室でした時のようにレイは手に靡かせ、微笑んだ。


「ま、まぁ悪くはないか。むしろ美しいと言える」


「冗談を披露しに連れていくのですか??」


 その微笑みはレイの冗談のつもりであったのに、父ベルの反応はおもむろに顎に手を当て、まじまじと黒髪姿のレイのことを見つめ、なんと首を縦に頷いてみせたのだ。そして「美しい」と形容し、父は娘のことを肯定した。


 さっきまで騒いでいた彼の心が嘘のように、落ち着いた様子だ。それでいて父ベル・ミラージュは真剣な瞳で娘レイのことを、よじ登ってきた青い蛸を白髪の頭に乗せたまま、ただじっと見つめていた。


「当たり前だ。成り上がりの私には失うものなどないのだ! たとえ冗談とて、物珍しい黒髪の娘とて、ジラルド公にその溢れる魅力を、私から素晴らしき新製品のミラーウェポンのように紹介し認めさせる! むしろのむしろだ、マジックミラー商会が公国中にその美しき女神たる黒の髪色を、いずれ流行らせてやるというのだ! 蛸でも墨でも鏡でもなんでも用いてな!」


「ハッスル……! ですね」


「言っておくが冗談ではないぞ、大事な娘のことだ熱くもなろう。それともこんな父親は嫌か?」


「今夜ばかりは、お控え願いたく」


「よほど嫌なようだな。ならばその良く回る口は来るべき殿方とのパーティーにとっておけ。さぁ、我が娘レイ・ミラージュ、出立の時間だ。行くぞ、第二宮殿の宮中夜会へ!」


「とほほ」


「とほほじゃない」


「おほほ」


「よし、いい子だ。我が娘レイ・ミラージュ」


 父ベル・ミラージュは青い蛸の触腕から受け取った黒色の帽子を被り、それに見合う黒のスーツを着こなした。


 露出の少ない白いドレスを纏ったレイ・ミラージュは、溜息を「とほほ」「おほほ」とさりげなく吐きながらも、父の熱意に引っ張られて同じく、廊下をゆくその父の大きな背を追う。


(待ちに待ってないジラルド公の宮中夜会。決まるんだ、いや決めるんだ、わたしの運命! 今宵何事もなくやり過ごして! ──お父様ごめんなさい)


 齢十六、子爵令嬢レイ・ミラージュは、今宵、魔法をかけたその黒い髪に秘めた覚悟を決めて、ミラージュ家の屋敷を父と共に抜け出していった────。








 煌びやかなシャンデリアが天井を飾り、宮廷専属シェフが腕によりをかけた豪華な料理の数々が並ぶ。華やかな楽の音が響き渡り、紳士のフォーマルなスーツ姿に淑女たちの可憐なドレス姿が特別な夜会を彩っていた。


 夜会が盛り上がり始めたそんな賑わいの中でも、レイ・ミラージュは完璧だった。夜会の会場にいる誰も今の彼女をマジックミラー商会の子爵令嬢だとは思わないだろう。当然のように、殿方から声を掛けられることはなくなった。


 赤いテーブルクロスのかけられたラウンドテーブルの席に一人座り、食べ物を好き放題頬張る。『こんな女は私も嫌だ! チキン色のドレスでチキンを両手に構え食べる女は』とレイは心の中で呟いた。


 レイが纏ってきた純白だったはずのドレスは、今や飛び散った肉汁や油で輝く、まさに彼女の狙い通りのチキン色のドレスに化けていた。


 一方で、そんな奔放な娘の尊敬する父は、出来上がっていた厚い人の囲いに失礼しながら身を掻き分け入っていった。ジラルド公のいる一段高くなっている壇上へ──。そこでジラルド公と上手く面会できたベル子爵は握手を交わし、既に親密な様子で言葉を交わしていた。


「────これが新型のミラーウェポンでして」


「おぉ、これは手触りだけで素晴らしき魔力を感じるようだ。──で、本題の方だが……今日はベル子爵の娘もこの宮殿内に連れて来ていると伺ったのだが」


「そ、そうでした! 実はそれにつきましては……」


 ジラルド公のにやけ顔を見て仰々しく手を叩いたベル子爵は、珍しげな黒髪に白ドレスを纏うどこか見知ったような彼女の方へと振り返ったが、彼女は子爵を遠目に睨みつけ、チキンで今は手一杯の様子でその首を横に小さく振った。


「今日はすごぶる調子がいいと、やはりまた森で試作のミラーウェポンを振るっておるようでして、はははは!!」


「さすがベル子爵、マジックミラー商会の未来は明るいと言ったところか? 豪胆な娘さんだな。ははは! いや、良い、実にははは」


 ジラルド公がこの日見せた一番の笑みに、ベル子爵がこの日見せた一番の冷や汗に……。向き合った二人の大人の男の、天を仰ぐほどの笑い声が同調し響いた。





 この日、夜会に招待されたとある騎士もまた慣れぬ婚活イベントの渦中にいた。

 しかし、彼がチキンを手にしそのまま口に頬張った瞬間、「私、御用を思い出しました」と、彼とさっきまで楽しげに談笑していた娘たちは、揃って熱の失せた目をして、見限るように彼の元から去っていったのだ。


「なるほど……チキンが罠だったか」


 また別の紳士の方へと、楽しげに話す淑女集団の囲いをぼんやりと見つめながら、彼はもうひと齧り香ばしいチキンを片手に頬張った。


「はむ──ん? いるじゃないか、チキン派。あそこに」


 彼は視線を巡らせた。そして見つけた大量のチキンの骨が積まれた皿を前に、白いドレスで油の指を拭う女性のことを、騎士は遠目に訝しみ見た。





 まだまだ賑わう会場を抜け出したのは、きっとチキンを食べ過ぎたからだ。夜の海を見つめ、レイがテラスで一仕事終えた溜息をついていると、背後から窓ドアが開く音が彼女の耳に聞こえた。誰かがこのもぬけのテラスへと入ってきたのだ。


「人だかりはお嫌いですか」


 背からよそよそしい声をかけられ、それが男性の声だとレイは知る。そして、手すりにもたれていた黒髪姿の彼女は振り向いた。さらに堂々と、事前に決め込んでいたもっともらしい言い訳の台詞を告げた。


「いえ、そんなわけでは。ただ、少し慣れぬドレスでもつれて足をひねってしまい」


「なるほど……それは大変だ。あ、もしかして、」


「あっ!」


「痣などは……ないようだ?」


 レイに近づいた彼は、平然と彼女の足元に失礼した。目を凝らし、彼女の辛そうにしていた右足の状態を観察する。手に取って確認するが、痣や腫れになっているような箇所は彼の目には見受けられなかったようだ。


「そ、その。そういうのはしたないと思います」


「え? おっと──ははは、たしかに」


 レイにたしなめられ足を診るのをやめた騎士は、屈んでいたその姿勢を正し立ち上がる。

 出されてしまっていた白いヒールの右足をそそくさと引っ込め元に直った──そんな目の前の彼女の様子に、苦笑し誤魔化しながらその騎士は話をつづけた。


「実はさっきも罠だと知らずチキンを齧りフラれてね。『今日はツいていない』なんて思って、ひと風、ここに当たりに来たんだ────。こう、遠く近く騒がしいと……海鳴り、聞こえないかぁ」


 そう言いながら騎士は向けていた視線を外し、おもむろに歩きだした。やがて、黒髪の彼女の隣の石手すりに、彼はさっき彼女がしていたように楽そうに両腕でもたれた。そして、突然脈絡なく言い出した遠い景色の「海鳴り」を聞こうと、半円状に突き出した宮殿のテラスの目一杯のところに、彼の横顔は穏やかに佇んだ。


「それはまぁ……ご愁傷様です? ですが、お目が高いお相手がいつかお見つかりになるといいですね」


「あはははは、なるほど。それは盲点だったね。ありがとう」


(なぜ今、皮肉でありがとうと? は──)


 静かな風がオレンジの髪を靡かせた。

 急に笑い、横顔から正面に向けたその彼の顔が、とても危うく見えて、彼女は吸い込まれそうになっていた視線を思わず切った。


「ど、どういたしまし、わたっ!?」


 つい、その場を離れようとしたレイは、白いドレスの右腕の袖から落とし物をしてしまった。

 キラリこぼれるように輝いたその一欠片を騎士は近付き拾う。それは食べ物などを収容することのできる冷気を帯びた特別な鏡道具であった。加工され、紐を通されたペンダント仕様になっているようだ。


 そして、今手に取った騎士の持つ魔力に反応したのか、鏡の欠片は淡い光を放ち、鏡の中に秘されていた食べ物が不思議と彼の手元に現れてしまった。


「躓いたけど、大丈夫かい! まさか本当に足をくじいていたり──あ、これは……ミラー…ツール? おっ? 何かが出てきたぞ」


「た、ただの、だっ、だだんごです! お気になさらずっっ!!」

(しまった、もしもジラルド公イベントが起こったときに取っていた秘策の献上デザートの保険を!)


 振り返り彼にそう慌てた様子で言い放ったレイは、そのままそそくさとテラスを去っていった。白いドレスのスカート裾を持ち上げ、淑女たらぬ早歩きで、元の煌びやかな明かりの場所へと────。



「黒い髪のチキン派、そしてこれは──なんだか甘い匂いがするな? それに、おおよそ夜会に似つかわしくない……そのように見える。あ、もしかして、彼女は一介の騎士の拝むことのできる……一夜かぎりの幻だったりするのか? はは」


 騎士リンド・アルケインは慌てた様子の窺える開けっぱなしにされたその窓を見つめた。そして、その先の光と喧騒の中には、もう黒髪と白いドレス姿の彼女はいない気がすると、リンドは直感的にそう不思議にも思ってしまった。


 やがて彼は、彼女の置き土産である甘い匂いを嗅ぎながら。一人、つくる柔らかな笑みを浮かべて、浮かぶ浮雲に途切れた満月を見上げる。みじかく溜息を吐いた────。








 オレンジ髪の騎士は賑わう夜会を途中で抜け出し、宮殿内地下の倉庫にある古びた姿見鏡をじっと見つめた。やがて、見つめていた鏡面が揺らぎ、ぼやけたオレンジのシルエットは歪な鏡の前へと歩み寄っていった────。



 そして、姿見鏡を不思議にも通り抜け訪れたのは────宇宙。


 この世ガライヤの人々の知らない宇宙のような空間と表すほかない。見渡す限りの黒と青と暗色のグラデーションと、まるで星々のカーペットのようなその壮大に敷かれた床に、まだこの場に慣れぬ騎士は足を踏み入れる。


 その床の感触を黒いドレスシューズのつま先で突き念のために確かめたが、歩くのに支障はない歪みのない平面のようだ。重力もちゃんと働いている。


 確認を終えた騎士はそこに目立ちいた、座禅し目を瞑り集中しているローブ姿の銀髪の男へと、ためらいなく声をかけた。


「夜会には出られないのですか」


「あいにくな。ミラーの調整がまだ甘い。やはり意識のズレを感じる。この世界ガライヤの精錬技術がこれを扱うには完璧でないということだ、あるいは私の腕が未熟とも言える」


 そう言い座禅を組みながら宙に小さな鏡をたくさん浮かべている。そして、それらを星の軌道のように自身を中心にそれぞれ違う速度で回していたのは、その一見でも只者ではないと知覚できる男、銀髪の宮廷魔術師。彼の纏う深い紫のローブは、髪色と同じ銀色の刺繍が施されている。頭には上へと尖った黒い帽子を被っている。


「あなたは怖いお方だ。これ以上強くなられると立場がありませんよ。未知の破鏡の設計図に掘り起こしたそのような【オーバーウェポン】など、一介の騎士にはどうも対処しようがありませんから。かようにっ! 自在に鏡を扱える自由人の頭の中を一度見てみたいです。どうにかできないですかね? はは」


 そんな宮廷魔術師の瞑想する様と、クールな面持ちの頬を伝った一筋の汗を見て、騎士は感嘆と畏怖の念をもって語り、最後は微笑しながら言葉を終えた。


「それはお前が本気じゃないからだろう」


 しかし、宮廷魔術師はそんな騎士の感想と微笑に、冷徹な声でそう答えた。


「はははまさか、買い被りすぎですね」


「買い被ってはおらん。その年になって剣を飾りに信念なくふらふらしているヤツと馬鹿にしたのだ」


 オレンジの髪を掻きながら照れた仕草をした騎士に、依然目を瞑りながらも、宮廷魔術師はさっきのは褒めてはおらず馬鹿にした意味であるとすぐさま付け加えた。


「はははは、相変わらず面白いお方だ」


 微笑をしていた騎士は、堪らず天を仰ぐよう高らかに笑った。しかし騎士が呑気に、仰々しくそんなリアクションを取っていると──


「私の前で笑うのはお前ぐらいのものだよ、リンド・アルケイン、末席の【ミラーナイツ】」


 いつの間にか宙に浮かぶ鋭い鏡の群れが、オレンジの髪をした馬鹿者を集い囲んでいた。


 だが、宮廷魔術師は片目を開けて目撃した。呑気に隙を見せていたはずの騎士が、今、本能でか反応よく剣の柄に手を置き、打って変わって勇ましく構えた光景を。


 そんな騎士リンド・アルケインの慌てた反応に、宮廷魔術師は口角を僅かに上げた。


「ご冗談を……!」


 ミラーウェポンの比じゃない性能を持つオーバーウェポンの散る鏡に、四方八方鋭く取り囲まれては冗談事ではない。リンドは突然でてきた冷や汗を一筋、二筋と、顎にまで伝わせながら、握ってしまっていた腰に差した剣の柄から、ゆっくりと一本一本張り付くその指を離していった。冗談はやめてほしいと、目の前の座るトンガリ三角の銀髪宮廷魔術師に、意思表示するように。


「ん? さっきから右のポッケに忍ばせたそれはなんだ? 何か──匂うな」


 そんな騎士の意思が伝わったのか、宮廷魔術師は展開していた鏡の欠片たちを大人しく引っ込めさせ、武装を解いた。そして、おもむろに座禅をやめ立ち上がった宮廷魔術師は、まだリンドの背に隠し貼り付けていた一欠片の鋭い鏡を操り、リンドの纏う黒い燕尾服の右ポッケをつつくように示した。


「これですか。(ポッケごしにも犬みたいに分かるのか、この人……ってまだおまけの殺気を背に隠して!)あぁ、ミラーツールの一種ですよっ。あ、そうだ、今日の夜会で面白い子がいましたよ」


「面白いだと? それを見せてみろ」


「はい、どうぞ」


「見せてみ、見せて、見せ……おい──」


 近付いた宮廷魔術師はリンドの手に乗った小さなペンダント状のミラーツールを掴もうとしたが、掴めない。計三度、手渡すふりをし手を引っこめリンドはその銀髪の男に掴ませなかったのだ。


「はははは! それほどですか。はい」


 三度も手を躱したのは、さっき展開したオーバーウェポンに囲まれた騎士の仕返しのつもりだったのか。今度はふざけず、リンドは手にしたミラーツールを発光起動させ、魔術師の手元へと中に入っていたものを届け渡した。


「なんだこれは?」


 宮廷魔術師が淡い光を掴み受け取ったのは、透明容器にぎゅうぎゅうにパックされた一見、煮物のようなものであった。だが彼が、垂れる長めの銀髪を掻き上げ、開けた容器の中の料理の匂いを嗅ぐと、やはりより濃い甘い匂いがしたのだ。


「お気になさった中身ですが? あ、もしかして、こっちのミラーツールの方が欲しかったんですか?」


「つまらんいたずらだなミラーナイツ。もちろんそっちは後で調べるが──まさか、女の落とし物を私に食えと言うのか?」


「宮廷魔術師といえど、このところ暗い部屋に引きこもっている様子なので、何か夜会での土産の代わりや話の種にでもと。あれ? 僕、女の落とし物で食えなんて言いましたか? あ、」


 おそるおそる手に取ったそのパックの中の一串をいただき、熟慮するように咀嚼する──。やがて、甘じょっぱいソースに口を汚した宮廷魔術師は、その面で正面に向き直り、騎士リンド・アルケインの目をまじまじと見て問うた。


「これはなんという食べ物だ」


「ん、たしか? ────」



 その甘味の名は────

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