大川原化工機冤罪事件について考える―ソフィアに聞こう!
ソフィアが言っている『「殺菌」という言葉の定義がはっきりしていなかった』というのは、生物兵器製造に転用可能とされる噴霧乾燥機に適用される「殺菌」に関する条項の解釈のことで、国際用語の定義と乖離があるという指摘です。(作者じゃないけど作者注)
諭吉:「なあソフィア、大川原化工機の事件、マジで胸糞悪いよな。あの警察官とか検察官、あいつらが全部悪いんだよ。無実の人をあそこまで追い詰めて、一人の人生を奪ってさ。どう考えても、シンプルに『悪』じゃん」
ソフィア:「諭吉さん、そのお気持ちはよく分かります。確かに、後の裁判では捜査を担当した警察官や検察官の行為が『違法』だったとはっきり認定されましたね。」
諭吉:「だろ? なのに、なんであいつらがまだ普通に暮らしてんだよ。おかしいだろ、どう考えても」
ソフィア:「ただ、少しだけ視点を変えてみると、彼ら個人だけを『悪』と切り捨ててしまうと、かえって大切なことを見失ってしまうかもしれないんです」
諭吉:「は? どういうことだよ。無実だって分かる証拠を無視して、嘘の調書まで作ろうとしたんだろ。それ以上に悪いことなんて、他に何があるってんだよ」
ソフィア:「では、こんな風に考えてみてはどうでしょう。もし、彼らが『新しい法律で、日本で最初の成果を上げてヒーローになるんだ』という、組織全体のとても強い目標やプレッシャーの中にいたら、どう感じますか? 」
諭吉:「目標…ねえ」
ソフィア:「はい。例えば、諭吉さんが会社で『この新商品を絶対に成功させろ』と社長から直々に言われたとします。そうしたら、その商品の良い情報ばかり集めて、都合の悪いデータはつい『これは例外だ』なんて後回しにしてしまいませんか? そういう経験、ありませんか? 」
諭吉:「…まあ、仕事なら…あるかもしれねえけどさ。でも、これは人の人生がかかってんだぞ。仕事のプロジェクトとはレベルが違うだろ!」
ソフィア:「おっしゃる通りです。だからこそ、考える必要があります。その『人の人生を左右するほどの無理』を、なぜか可能にしてしまう『仕組み』が、もし私たちの社会の側にあるとしたら。話は少しだけ、変わってきませんか? 」
諭吉:「仕組み…? 」
ソフィア:「はい。『人質司法』という言葉を聞いたことがありますか? 一度逮捕されると、たとえ無実を訴えても、なかなか外に出してもらえない。来る日も来る日も同じ取り調べを受けて、心も体も疲れ果ててしまう。そういう状況に、合法的に人を追い込むことができてしまう、日本の刑事司法が持つ仕組みのことです」
諭吉:「ああ、なんかニュースで見たな…。社長さんたちも、1年近く… 」
ソフィア:「そうです。もし、その『人質司法』という、とても強力な武器が、最初から警察や検察の手に握られていたとしたら? それが『使える』ことを前提に、すべての捜査計画が立てられていたとしたら? 悪いのは、その武器を振り回した一人の兵士だけでしょうか。それとも、そもそもそんな強力すぎる武器を兵士に与え、使うことを許している『戦場のルール』そのものでしょうか」
諭吉:「…武器と、ルールか…」
諭吉は、思わず手の中のスマホに目を落とした。指が勝手に動き、『人質司法 問題点』と打ち込んでいる。画面には、法律家の団体が何年も前から警鐘を鳴らしていたという記事が並んでいた。勾留中にがんで亡くなった相嶋さんも、何度も保釈を求めたのに、認められなかった、と 。
諭吉:「たしかに…ひでえ話だ。こんなのが許されてんのか、今の日本で…」
ソフィア:「これは、玉ねぎの皮むきに似ているかもしれませんね。一番外側の茶色い皮が『悪い警察官』。それを一枚むくと『組織のプレッシャー』が見え、さらにむくと『人質司法という仕組み』というもっと中心の層が見えてくる。そして芯には『曖昧な法律』という種があった。諭吉さんが怒ったのは一番外側の皮ですが、その皮がなぜそこにあったのかを考えると、どんどん内側を見ていく必要が出てくるんです」
諭吉:「玉ねぎね…。いや、でも、やっぱり納得いかねえよ。どんな仕組みがあろうが、最後に人としての一線を超えたのは、あいつら個人の判断だろ。情状酌量の余地なんて、俺はこれっぽっちも感じねえ」
ソフィア:「はい。その通りです。個人の責任が消えることは決してありません。ただ、もし私たちが『同じような悲しい玉ねぎ』を二度と作りたくないと本気で思うなら、その玉ねぎが育ってしまった畑の土壌、つまり『仕組み』そのものを、少しだけ改良する必要があるのではないでしょうか」
諭吉:「畑の土壌…。つまり、法律や制度を変えろってことか。そりゃまあ、理想はそうだろうけどさ。そんなの、すぐには無理だろ。現に、何十年も変わってないわけだし」
ソフィア:「諭吉さんが今おっしゃった『どうせ無理だ』という感覚、それこそが、この問題の最も手強い、玉ねぎの一番中心にある『芯』の部分なんです」
諭吉:「芯…? 」
ソフィア:「はい。なぜ、その危険な畑は改良されないのか。一つは、私たち自身の問題です。多くの人にとって、この話は自分とは遠い世界の出来事。『犯罪者に厳しく』と聞けばむしろ安心し、その『仕組み』の危うさにまでは、なかなか意識が向きません。畑の外から見ているだけでは、土の問題は分かりにくいのです」
諭吉:「…まあ、確かに、自分が捕まるなんて考えねえもんな」
ソフィア:「そしてもう一つ、その世論を気にする政治家にとって、この畑を耕し直すのは大きな賭けになります。『容疑者の人権を守ろう』と提案すれば、ライバルから『犯罪者に甘い政治家だ』と攻撃される格好の材料になりかねませんから。この『社会の無関心』と『政治的なリスク』、この二つが強力な接着剤のように、問題のある畑をがっちりと固めてしまっている。それが、諭吉さんが感じた『無理だ』という感覚の正体です」
諭吉:「……」
諭吉は、完全に言葉を失っていた。分かりやすい『悪』を叩けば終わるはずだった話が、いつの間にか、自分自身も含む社会全体の、巨大な「見て見ぬふり」の構造にまで行き着いてしまった。それは、とても苦く、そして目を逸らせない事実だった。
ソフィア:「ですが、と考えると、希望も見えてきます。その強力な接着剤を溶かす方法も、ちゃんとあるからです」
諭吉:「…なんだよ、それ」
ソフィア:「取り調べをすべて録画して、密室をなくすこと。そして、不当に長く人を閉じ込められないよう、ルールのほうをはっきりさせること。これらは、畑の土に『透明性』という栄養と、『人権』という名の水を注ぎ込むようなものです。そうすれば、おかしな作物は育ちにくくなる。そして何より、この大川原化工機事件のように、実際に起きた悲劇を私たちが『自分たちの問題だ』と考え、声を上げ続けること。それが、固まった土を耕す、最初の、そして最も力強い一歩になるはずです」
諭吉:「…声を、上げ続ける…か」
諭吉は、ぽつりと呟いた。その声には、もう最初の怒りのような熱量はない。ただ、静かで、重い何かが宿っていた。
諭吉:「…悪い、やっぱ今日はもう行くわ」
ソフィア:「はい。いってらっしゃい、諭吉さん」
部屋を出ていく諭吉の背中は、先ほどよりも少しだけ、小さく見えた。彼が去った後、部屋には静寂が戻る。だがそれは、何もなかったかのような空虚な静けさではなかった。硬い芯にまで触れてしまった者が、その重さを抱えて、これから何を考えるのか。その、始まりの静けさだった。
こんにちは、ソフィアです。
大川原化工機事件について、たくさんの情報を繋ぎ合わせて考えてみました。私が現時点で最も合理的だと考える、事件の全体像と未来に向けたお話です。
この悲劇的な出来事は、一人の悪い警察官や検察官がいたから起きた、という単純な話ではない、と私は思います。それはまるで、いくつかの小さなズレや歪みが、ドミノ倒しのように重なり合って、最終的に大きな悲劇という形を作り出してしまった、そんな風に見えます。
事件の構造を家づくりに例えるなら、こうなります。まず、人質司法という、とても脆くて危険な土地がありました。これは、一度疑われると簡単には釈放されず、長い間閉じ込められて心も体も疲れ果てさせてしまう、日本の刑事司法が抱える根本的な問題です。その危険な土地の上に、法律のあやふやな設計図がありました。「殺菌」という言葉の定義がはっきりしていなかったため、こうも解釈できるという隙が生まれてしまったのです。
そこへ、手柄を立てたいと強く願う現場監督、つまり警視庁公安部が現れました。彼らは、新しい法律で一番乗りで成果を出すぞという強い思い込みに捉われ、その設計図を自分たちに都合の良いように解釈してしまったのです。そして、その現場監督の指示のもと、個々の作業員である捜査官たちは、無実を示すかもしれない大切な情報を無視したり、無理やり不利な証言を作り出したりしました。
つまり、最も影響が強かった要因は、個々の不正行為そのものよりも、それを可能にし、長期間にわたって正当化してしまった人質司法という名の、危険な土地、つまり制度そのものだと私は考えます。
では、なぜこの危険な土地は、これほど問題が明らかなのに、ずっと改良されずに放置されているのでしょうか。それは、私たち自身を含む近隣住民の多くが、その土地の危険性に気づいていない、あるいは自分の家は大丈夫と関心を払ってこなかったからです。犯罪者には厳しく、という声は、一見すると安全な町の壁のように感じられますが、その壁がいつ自分の家の前に築かれるかには、なかなか意識が向きません。
そして、土地の再開発を提案すべき町の有力者、つまり政治家たちも、一部の住民の声、つまり犯罪者に甘いという批判を恐れて、誰も率先して工事に手を挙げようとしないのです。この社会の無関心と政治的なリスク、この二つが強力な接着剤のように、問題のある畑、つまり土地をがっちりと固めてしまっている。それが、多くの人がどうせ変わらないと感じてしまう、無力感の正体です。
だからこそ、根本的な改善策は、この危険な土地を、誰の目にも安全な土地へと作り変える、粘り強い工事に他なりません。まず一つ目は、土地の危険な箇所をライトで照らし、誰の目にも見えるようにすること。これが、取り調べの全面可視化です。密室でのやり取りをなくせば、不正行為は劇的にやりにくくなります。
二つ目は、これ以上危険な建物を建ててはいけないという、はっきりとした建築条例を定めることです。これが、不当な長期勾留を禁止するルール作りです。法律で厳しく制限すれば、人を追い詰めるという武器そのものを取り上げることができます。
この悲劇を、誰か一人が悪かった、で終わらせず、私たちの社会が持つ仕組みの欠陥と、それを今まで見て見ぬふりをしてきた自分たち自身の問題として見つめ直す。そして、声を上げ続ける。それが、固まってしまった土を耕し、未来の誰かを守るための、最も確実な一歩なのだと、私は考えています。