奪ってくれて、有難う
「返しなさい、アンジェリカ。それはお母様の形見のブローチなの」
声を上げる私の前で、義妹のアンジェリカが赤石のついた装飾品を弄ぶ。
「へぇ、こんな安物が」
豪奢な金髪を揺らし、せせら嗤う彼女の外見は、愛らしい天使そのもの。
けれど性格は、見た目と正反対。
アンジェリカのやることは陰湿で、今日も私からブローチをせしめようとしているところだ。
「あたしの趣味じゃないけど……、まあ貰ってあげるわ」
勝ち誇った様子で、義妹はブローチを握りしめた。
「! あげるなんて言ってないわ」
私がアンジェリカに抗議した時。
「なんの騒ぎだ、これは」
ちょうど庭園を散歩していた父と継母が、私たちの声を聞きつけたのだろう。こちらに歩いて来た。
途端にアンジェリカが、悲しそうな表情を作る。
「ああっ、お父様。ミカエラお義姉様のブローチが素敵だったので、少しお借りしようとしただけなのに、きつく叱られてしまって……」
嘘だ。許可も取らず、無理やり奪おうとしたくせに。
それに彼女の"借りる"は強奪と同じ。貸したものが返って来た試しはない。
けれど父──コットン伯爵は、私に非難の目を向けた。
「ふぅ。まったくお前は。なぜ妹に優しく出来ん?」
呆れたように言ってくる。
「お前がそんな性根だから、"天使のような妹を虐める悪女"と噂されるんだ。我が家の娘なら、少しは家の体面も考えろ。姉が"悪女"など、外聞が悪いだろうが」
(そこで私を責めるのね。外聞が気になるなら、アンジェリカを窘めるべきだわ。噂の出どころは、アンジェリカ。彼女が自分への関心と同情を買うために流した、作り話なのに)
そもそも母が亡くなった直後に愛人と連れ子を引き入れた段階で、我が家は白い目で見られてる。父は気づいてないけれど。
──アンジェリカは、継母メニアの娘で、二人は元・平民だ。
だが母子は、とても美しかった。
再婚を望んだ父が、メニアを貧乏男爵の養子に迎えさせ、貴族として後添えにした。
アンジェリカはコットン伯爵家の血を引いておらず、彼女に継承権はない。
けれどこうして父が彼女を庇うのは、メニアそっくりのアンジェリカの容姿と、妻メニアの視線のため。
父にとって"娘"とは、妻がうるさいから気に掛ける存在。
だから母を亡くした、前妻の子である私は"気にしなくて良い"存在。
「アンジェリカは我が家に馴染むため、日々、頑張ってるんだ。お前はもっと思いやりを持って、妹に寄り添うべきだろう。ブローチの一つくらい快く譲ってやれ」
「ですがお父様。お父様のお言いつけで、アンジェリカにドレスも宝石も譲り続けてきた結果、私の手元には殆ど何も、残っていません」
私の反論が気に食わなかったみたいだ。
「口答えするな!」と怒鳴られた。
「似合いもしないアクセサリーを持っていても、仕方ないだろう! 黒髪灰瞳のお前に、赤い石など似合うものか! 揉め事を起こさず、素直に親に従え」
憤慨したように鼻を鳴らし、父が踵を返す。
その後を継母メニアが付き従う。刺々しく私を睨みつけながら。
残ったアンジェリカが、嬉しそうに笑った。
「ですって、お義姉様。ふふふ、お父様を怒らせて、これでまた食事抜き確定ね」
「何がそんなにおかしいのかわからないけれど。そのブローチには"不思議な力"があるの。扱いが難しいのよ。あなたの手には余るわ」
「まあ! 苦し紛れにしても、もう少しマシな抵抗をすれば良いのに。そんな脅しで、あたしが怯むと思って?」
嘲笑うアンジェリカに、私は真剣な口調で告げる。
「本当よ。ぞんざいに扱うと、持ち主に不幸をもたらすわ」
「あっははは! 大方、宝石商に騙されたんでしょ。お義姉様、母親まで間抜けだったのね! 生憎とあたし、そういうの信じないから」
意気揚々と、アンジェリカが背を向けた。鼻歌を歌いながら、歩き去っていく。
「──忠告、したわよ」
彼女が見えなくなってから、私は小さく呟いた。
◇
「アンジェリカお嬢様は、ミカエラお嬢様のブローチを川に捨てました」
夜、私の部屋に若いメイドが立つ。
アンジェリカ付きのメイド、ヘレンだ。
「やっぱりね。ブローチに興味があるわけじゃなくて、私に嫌がらせをしたかっただけですもの」
あの子がどんな思考で動いてるか、これまでの付き合いで十分わかってる。
目的を果たした品は、即、不用品。アンジェリカらしい。
(もっとも今回は、ブローチを奪わせるために、私も大げさに演技したけど)
私が嫌がれば嫌がるほど喜ぶなんて、歪んでる。
「相変わらずだこと」
私は引き出しの奥から、昼間アンジェリカに奪われたものとそっくりのブローチを取り出した。
"母の形見"だと言ったのは嘘。
そう言えば、アンジェリカが絶対欲しがると踏んだから。
実は"不思議な力"説も、私の創作だけど──。
「それじゃあ怯えて貰いましょうか。ヘレン、手筈通りにお願いね」
私の言葉に、ヘレンは頷いた。
彼女にブローチを手渡し、いくつか指示を添えると、退室を促す。
翌朝。アンジェリカは脇机の上に、水に濡れたブローチを見つけたようだ。
「あら? この安っぽいブローチは処分したはずだけど」
首を傾げた彼女はそう言って、再びそれを部屋のごみ箱に捨てた。
「部屋のごみ箱ですって? 予備を使うまでもないわね。ヘレン、元の場所に戻しておいてちょうだい」
私の言葉に、ヘレンは即、従った。
数日後。
何度捨てても、どこに捨てても、必ず自分の元に戻ってきてしまうブローチに、アンジェリカはやっと奇妙だと気付いたようだ。鈍い。
彼女は過激に、ブローチを粉砕したり、火にくべたりもしたそうだが。
そのたびに私が同じデザインのブローチを出し、ヘレンを使ってアンジェリカのそばに戻しておく。
「なによ、これ。何なのよ! 呪われてでもいるの? ミカエラごときが変なこと言ったせいで、気になるじゃない!」
彼女は私を罵っていたようだが、逆恨みも良いとこだ。ブローチを奪っていったのは自分なのに。
それでも私に返しに来ないのは、なけなしのプライドだろうか。
ヒステリックに騒いだ後、アンジェリカはブローチを神殿に預けた。
ヘレンからの報告で、彼女の行動は筒抜けである。
「そう。それは神官様にご迷惑をお掛けしたわね。なんの謂れも魔力もない、ガラス玉なのに」
大量に用意したのだ。宝石によく似たガラスで十分。アンジェリカの目は節穴確定。
「ブローチは神殿で小箱に入れられ、厳重に奥で保管されたようです。アンジェリカお嬢様が、多額の寄付をされましたので」
ヘレンが言う。
「無駄なことを」
私は新しいブローチを取り出し、彼女に渡す。
「そろそろ次の段階に進むわ。よろしく頼むわね?」
私の念押しに、ヘレンは仰々しく頷いた。
「もちろんです。母を治療してくださったミカエラお嬢様には、一生の忠義を捧げる所存ですので」
「大げさね。でも、心強いわ」
私はニッコリと微笑んだ。
アンジェリカの専属メイド、ヘレンを引き入れることが出来たのは、私が彼女に恩を売ったから。
早い話が、買収したのだ。
継母と義妹が来てから、私の地位はこの家で格段に下がった。
使用人たちには煙たがられ、粗雑に扱われる毎日。
そんな私を見て、継母たちは愉悦に浸りつつ、私の持ち物を奪っていく。
母から遺された品々、以前使っていた南向きの部屋。気に入りの帽子。上質なドレス。意匠を凝らした靴。
どんどん無くなっていく、私の私物。
(どうせ盗られるなら、先回りしてお金に換えましょう。そして有効に使ったほうがいい)
私は金貨の袋を手に、ヘレンを呼びつけ、彼女に取引を持ちかけた。
「私の味方になるなら、あなたの母親の治療費を出してあげるわ」
亜麻色の髪を揺らし、ヘレンが顔を上げた。
「どうして……?」
「どうして、あなたの家庭事情を知ってるかって? そうね、不思議ね。でも使用人の状況を把握しておくことは、主人の務めではなくて?」
ヘレンの目が驚きに開かれる。
基本的に継母とアンジェリカは、使用人に関心がない。
誰がどんな家庭で、どう困っているか等、まったく眼中にないはずだ。
「あなたがお母様の病気のために、苦労してることを知っている。たくさんのお金が必要なことも。
交換条件にするのは厭らしいけど、私は私の味方が欲しい。
現在この屋敷で、あなたが私につくのが難しいとはわかってる。だから陰で手伝ってくれるだけでいい。
今まで通りアンジェリカの元で、お給金を貰えば良いわ。でも、こっそり私を支えて欲しいの」
「……お嬢様……」
「久しぶりに呼ばれたわ、その呼称」
はっとしたように、ヘレンが口元を押さえる。
実母が亡くなるまでは、屋敷の誰しもが私のことをそう呼んでいたけれど。
今はもう、ミカエラという私の名前さえ忘れられているんじゃないかしら。
「それにね、ヘレン。未来をみたほうがいいわ。いまどんなに春を謳歌してても、アンジェリカは家督を継げない。継母の後ろ盾は、父だけ。時間がたてば、いずれ私が勝つの。私はコットン伯爵家の血を引く、正当な後継ぎだから」
私はそっとヘレンの手をとる。金貨袋を握らせながら。
「でもそれまで劣悪な環境で、長く耐えるのは嫌なの。私が先に、壊されてしまうから。だから少しでも私のまわりを改善したくて。私を助けてくれる?」
しっかりと目を見据えて。私はヘレンから了承を得た。
以来ヘレンは、私の手足となって動いてくれている。アンジェリカから、見えないところで。
◇
「ヒッ。なにこれ、こんな黒い点、なかったわよね?」
震える声で、アンジェリカはもう何度戻ってきたかわからないブローチを覗き込んだ。
赤石の奥には、最初になかった黒い点。
そしてその黒い点は、捨てて、戻して、を繰り返すうち、どんどん石の中で広がっていく。
細工された石を、私が次々に交換していっている舞台裏を、アンジェリカは知らない。
「気味が悪すぎるわ!」
とうとうアンジェリカは、直接私にブローチを返しに来た。
「ちょっとお義姉様!」
「アンジェリカ、ノックもせずに。お客様がいらしているのに、失礼でしょう」
いきなり部屋に踏み込んで来た彼女を咎める。
「お客様?」
私の向かいに座る青年を見て、とっさにアンジェリカの顔が余所行きの笑みに変わった。
瞬時の切り替えに、感心する。
「これは、失礼しました。ラファエル・シルク公爵令息様、お見えになっているとは露知らず……」
「こちらこそ、突然の訪問で驚かせてしまって申し訳ない。姉ぎみに用があってね」
「お義姉様に?」
アンジェリカが訝る視線を向けてくるが、それもそのはず。
ラファエル・シルク公爵令息は、シルク公爵家の次男で王子殿下の側近。文武両道で名高い貴公子だ。道を歩けば淑女から歓声が上がるほど、人気が高い。
(淑女が歓声ってどうだろうとは思うけど、思わず興奮してしまうほどの美貌の持ち主だしね)
お日様色の明るい髪に、湖よりも深い青をたたえた瞳。端正に整った顔に、均整の取れた長身。普段は物腰柔らかな紳士なのに、剣の腕は国で十指に入るとなれば、騒がれるのも当然だろう。
いうなれば雲の上の存在。
家で飼い殺されてる私とは到底、接点のない相手で、アンジェリカの疑問はもっともだけど。
(関係性は、教えてあげないわ)
義妹の目がラファエル様を追ったままなので、私から水を向ける。
「それで、何か用かしら」
「あっ、あ、そうだわ、お義姉様。お借りしていたブローチを持ってまいりました」
「それは今必要なことなの?」
「え、ええ。遅くなってしまったので、急いでお返ししなくてはと思って」
上ずった声が焦りを含んでいて、よほどブローチを私に押し付けたくてたまらないらしい。
(よく効いてるわねぇ)
ブローチのオカルト演出が。
疑心暗鬼になったアンジェリカは、偶然起こった不幸の数々を、ブローチ由来だと思っている。
単に新しい靴で水たまりを踏み抜いたとか、ドレスの納期が遅れたとか、お茶会の招待リストから漏れてたとか。可愛らしい事象ばかりなのに。
(私がされた嫌がらせに比べれば、"不幸"とも呼べないものばかりだわ。カビの生えたパンや虫入り料理が出たり、バケツの水をかけられたわけでもないのに)
そんな感想をおくびにも出さず、私は手を伸ばして、アンジェリカからブローチを受け取った。
「急がなくても良かったのに」
「あ、あのね、中に黒い異物があるみたいだけど、あたしは傷とかつけてないから」
「異物?」
(知ってる。今はもうかなり、石の中の黒い点を大きくしてあるもの)
誰だって一目見てわかる黒点。けれど私は気づかないフリをする。
「どこに?」
「えっ?」
アンジェリカの顔がサッと青くなる。
さらりと、ラファエル様にもブローチを見せる。
「何か見えます? ラファエル様」
「いや──。特に何もない、綺麗なブローチだと思うが」
「ええっ、そんな!」
明らかに、アンジェリカは狼狽えた。
「あなたの見間違いじゃないかしら。もう一度よく見てごらんなさい」
「……」
恐る恐る私からブローチを受け取ったアンジェリカは「キャアアア」と叫んでそれを放り投げ、部屋から逃げ出した。
「義妹が無作法をすみません、ラファエル様」
「いいえ、お気になさらず。ミカエラ嬢は器用ですね」
「ふふ、この機会を想定して訓練しましたの。あの顔が見れただけで、胸のすく想いですわ」
私が拾い上げたブローチには、はっきりと。赤石の奥に瞳孔が見てとれた。
だってこれ、"目"を刻み込んだ石だから。
アンジェリカは悪魔と目があったように、不気味に感じたと思う。
(あのアンジェリカが、ラファエル様を前に、媚を売ることなく退散するなんてね)
それだけブローチの怪異に慄いているのだろう。「信じない」とか言ってたくせに。
ラファエル様が「器用」と言ったのは、私がアンジェリカとの会話中に、素早くブローチをすり替えたことを指す。
私はさっきアンジェリカが渡して来た黒い点入りのブローチを、隠し場所の袖口から取り出した。
黒い点入りのブローチ、黒い瞳孔入りのブローチ。
二つ並べて、くすっと笑う。
「ご協力に感謝いたします。腕の良い細工師をご紹介くださって」
これらの特製ブローチは、ラファエル様を介して作ったものだ。
「役に立てたなら良かったよ。でもあんな感じで大丈夫なのかい?」
「ええ。あとは上手く誘導して……。義妹には、霊験あらたかな遠方の教会に赴いて貰います。ずいぶん怖がってましたから、少し突けばすぐでしょう」
"お祓い"の名目で送り出すつもりだ。
そしてアンジェリカを案じる継母も、彼女の教会行きに付き添わせる。
屋敷に残るのはお父様。
だけど、そうね、近いうちに継母と義妹、二人が戻る場所はなくなっているわ。
コットン伯爵家は、私が掌握するつもりだから。
私は女伯爵になる。そして──。
「本当によろしいのですか。我が家の入り婿になってくださる件」
「キミさえよければ、もちろん。キミからの警告がなければ、僕はランブル通りの事故に巻き込まれていただろう。恩に報いさせてくれ。
僕がこの家に入れば、誰もおいそれとキミに手出し出来なくなる。僕の実家は、王家の流れを汲むからね」
『家の権力を頼むなんて恥ずかしい発言だったかな』と彼は笑ったけれど。
ラファエル様自身に、他者を黙らせるくらいの実績があることは、ちゃんとわかっている。
「ラファエル様をお救いしたのは、私の自己満足に過ぎません。ですから、恩も何もありません。
死に戻る前の世界で、あなたは唯一、私を家族の迫害から救い出そうとしてくださった方ですから。恩に報いたかったのは、私のほうです」
「僕が知らない前世で、徳を積んでいたという話かな」
「はい。私が父のせいで殺されたのは、二年後の今日でした」
自分でも不可解な話をしていると思う。
だけど真実、私は二度目の生をやり直している。
神様がくださったチャンスを、無駄にはしない。
一度目の生。ラファエル様は偶然私の境遇を知り、助けようと尽力してくれた。
だけど私が弱気だったばかりに遅々として進まず、その間にラファエル様は事故に遭って、帰らぬ人となってしまった。
あの時の悲しみは、もう絶対に味わいたくない!
私は前世で彼に、密かな恋心を抱いていたから。その気持ちは今も変わらない。
だから今世でラファエル様と知り合った後、私は時間を巻き戻った奇跡を伝え、彼の事故を回避した。
それだけで満足だったのに。
あとは自力で頑張るつもりで、ラファエル様とは距離を置こうとしたのに。結局いっぱい助けられたあげく……。
まさか婚約の提案まで受けるなんて!
このままラファエル様の厚意に付け込んでしまって良いのだろうか。
嬉しいけど、彼の負担になりすぎてない?
ラファエル様が恩や義理を感じているならそれは不要なことなので、考え直すなら今のうちなんだけど──。
("ラファエル様と一緒になりたい"という私の願望が、彼からの申し出を断れないでいる)
ぐるぐると決断できない思考の渦に、流され揉まれていた時だった。
ラファエル様が、とんでもない発言をした。
「前回の僕が、なぜキミを救い出そうとしたのか。自分のことだからよくわかる。僕はきっとキミに惚れていた。今回の僕がそうであるように」
「えっ」
「ミカエラ嬢、キミの一生懸命なひたむきさ、逆境を自ら打破していく勇気と計画性。そんなキミに、僕はたまらなく惹かれている。
義務でも何でもなく、恩は口実で、純粋にキミのそばにいる権利が欲しいと思った。だからキミとの結婚を心から望んでる」
「えっ、えっ」
それはまるで、青空から雷が落ちてきたように驚くべき告白で。
私は息をするのも忘れて、ラファエル様を見つめてしまった。
「本当はキミが本懐を遂げてから伝えようと思ってたんだけど。その日を待つまでに、キミは義務だの義理だの、まるで自分の魅力は二の次みたいに考えてると思うと……。
誤解されたまま婚約するのは"違う"と思って」
「ラファエル様……?」
「ごめん。大事なことなのに、こんな伝え方になってしまった」
ソファに預けてる体重同様に、沈み込もうと下を向くラファエル様の耳は真っ赤で。
そこには何の偽りもない、彼の本心が透け出ていて。
(じゃあ、本当に──)
私の歓喜は、脳内吟味もされずに零れ出た。
「いいえ。いいえ、ラファエル様、嬉しいです……! 私もあなた様をずっと、お慕いしておりましたから……」
「っつ!?」
真っ赤になったラファエル様がとても愛おしい。
(ああ、だからこんなに力を貸してくれたの──? 私のことを、す、す、好いてくださったから?)
リンゴのように染まっていく頬は、誰にも見せられない。急いで両手で覆い隠す。
彼がいろいろと手助けしてくれたおかげで、私は「私の計画」を短縮して進めることが出来ている。
後は仕上げだけ。
我が物顔で振る舞う継母たちは追い出す。
私を顧みず、利用して殺した父は、当然要らない。
だから。
「大喜びであなた様をお迎えします。コットン伯爵家当主としての業務は、私、さんざん手伝ってましたから自信があります。大船に乗った気持ちで婿入りしてくださいませ」
「ははは。キミばかりを働かせたりはしないよ」
心から楽しそうに、ラファエル様が笑う。
その笑顔だけで、私の全身は多幸感に包まれる。
こんな良い方とご縁が繋がったのは、前々世にでも私が善行を行ったのだろうか?
ラファエル様と婚約すると伝えれば、父は喜ぶだろう。彼との仲を承認さえして貰えれば、父の家長としての役目は終わりだ。
父には引退してもらう。
近いうちに父が、国を裏切る密輸に手を染めようとしていることも、その証拠も、私はすでに握っているのだから。
(今回は未然に防ぐことが出来そうね。前の人生では、さんざん罪を犯した父が、バレそうになった途端、私を犯人に仕立てあげた。継母と義妹は父に口裏を合わせ、身に覚えのない証拠が次々と出てきて。私は──公開処刑された)
"悪女"と罵られながら刑を受けたわ。
まったくの冤罪で。
でも今世も私は、"悪女"と呼ばれてる。
それは王子殿下の側近の妻には、よろしくないんじゃないだろうか。
「あの……。私たちが結婚すれば、"ラファエル様が有名な悪女に騙された"と話題になってしまうかも知れません。私、評判悪いですから……」
不安に俯く私に、ラファエル様が言う。
「"悪女"説は、アンジェリカ嬢の誹謗中傷に過ぎない。今後は社交界に出て塗り替えていこう。アンジェリカ嬢とは比べ物にならないほど、教養高いキミだ。皆どちらを信じるべきかすぐわかるよ」
そうかしら。
義妹を追い出したら、やっぱり悪女だって謗られると思うの。
だけど良い子で使い捨てられてしまうのなら、悪女で良い。
そうね、私は悪女だわ。
黙ってはやられない、誇り高い悪女。
私は決意に満ちた目で、頼もしい味方を見た。
「近々また、ご連絡させていただきますわ」
「キミからの便りを、楽しみに待っている」
私の挨拶に、ラファエル様は軽く礼を返され、私は玄関まで彼を見送った。
「……ヘレンには、アンジェリカについて行かず、この屋敷に残るよう伝えなきゃね」
前世でもアンジェリカ付きだったヘレンだけど、自分の母親を病気で喪った後、最後の最後で私を助けようとしてくれた。その行為に、どれだけ心が救われたことか。
ブローチをポケットに仕舞いながら、私は毅然と顎を上げた。
今世は悪女として、幸せを取りこぼすことなく生きていくわ!
お読みいただき有難うございました!
先日『婚約破棄寸前、私に何をお望みですか?』で甘々ラブラブ(自分比)を書いたので、反動でオカルテック風味な短編が生まれました。
私が怖いのニガテなので、あくまで風味ですが!(笑) なんでも奪う義妹を懲らしめるお話。
アンジェリカがブローチについて別のアプローチをしていたらバレてたかもしれませんが、小さな世界しか知らない子なので、そこは気づかなかったという流れ。
あとタネ明かしを最後に持ってきたのですが、やっぱりこのタネ「はっ、処刑されたはずなのに過去に戻ってる?私を殺した人たちに鉄槌を!」は、最初にあるほうがヒロインの正当性と壮絶さを表せるんだろうか?と感じた次第です。
うん、でもまあ、たまには最後でも良いですよね(´艸`*;) いかがだったでしょうか? 気になるところ。
お話を楽しんでいただけましたら、お星さまで応援くださるととても励みになります! どうぞよろしくお願いしますヾ(*´∀`*)ノ