表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/71

偵察魂

 

「ハッピー・ニュー・イヤー」


 午前零時になった途端、考子と新はシャンパングラスを合わせた。

 但し、妊娠の可能性を考えて、考子のグラスにはノンアルコールのスパークリングワインが入っていた。


「ごめんね、一人だけお酒を飲んで」


 済まなさそうな表情で新が左手を立てた。


「大丈夫よ。それにね、これ結構おいしいのよ。もちろんアルコールゼロだからまったく一緒ってわけにはいかないけど、ジュースという感じはしないの。これなら雰囲気を味わえるわ」


 考子はまんざらでもなさそうな表情でグラスを口に運んだ。


「ありがとう。そう言ってもらうと助かるよ」


 新は安心した表情でスパークリングワインを味わった。


「ところで今年はどんな年になるかしら?」


「そうだね、なんといっても今年はオリンピックがあるからね」


「そうよね、7月には世界各国から多くの人が集まってきて物凄く賑わいそうね」


「そうなると思うよ。観光客の数が4千万人を突破する可能性もあるらしいからね」


「楽しみだわ。でも、私は楽しめるようになるかしら」


 東京オリンピックが始まる7月24日は考子が妊娠していたら8か月目に入る頃なのだ。


「8か月目になると……、そうだな、会場に足を運ぶのはちょっとやめておいた方がいいかもしれないね」


「やっぱりそうよね」


 考子の声が沈んだ。

 楽しみにしていたオリンピックに行けない辛さが滲み出ていた。

 56年ぶりに巡ってきた日本開催というチャンスがやってきたのに、それをみすみす逃すことになるのだ。

 テレビではなく自分の目で開会式や競技を見ることができる貴重な機会を失ってしまうのだ。


「あと1年延ばしたらよかったかな……」


 不意に後悔が口をついたが、新はそれに同意しなかった。


「そんなことないよ。56年振りのオリンピックをお腹の赤ちゃんと一緒に体験することができるなんて、これ以上最高なことはないよ」


 その途端、考子がアッという顔になった。


「本当だ。テレビを見ながらお腹の赤ちゃんにいっぱい色んなことを話してあげられる」


 そうだろう、というように新が頷いた。


「ごめんね、妊娠しているかもしれないことを後悔しちゃって」


 考子は甘えるように新にしな垂れかかった。

 それを優しく受け止めた新は彼女の髪に口づけをした。


「2人でお腹の赤ちゃんに話しかけながらオリンピックを楽しもうね」


 考子は胸がいっぱいになった。

 この人と結婚して良かったとつくづく思った。

 だから彼の体に回した手を自分の方に引き寄せてギュッと抱き締めた。

 すると新も抱き締め返して髪に顔を埋めた。

「新しい命を授かっていますように」と祈りながら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ