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偵察魂

 

 かなりお腹が大きくなってきた考子は最後となる母親学級に出かけた。

 新型コロナ感染対策のため先着40名限定だったが、ラッキーにも滑り込めたのだ。


 本日のテーマは『妊娠後期から産後まで』だという。

 出産に向けての準備や入院する時期、そして、育児に関する様々なことを教えてくれるらしい。



 考子は開始時間ギリギリに会場に到着した。

 中に入ると、間隔を開けた椅子に座るマスク姿の妊婦さんで埋まっていた。

 顔なじみの人もいたので何人かと目礼を交わしながら彼女の姿を探した。


 すると、中央より少し後ろの方で考子に向かって手を振っている人が見えた。

 優梨恵(ゆりえ)だ。

 母親学級に通ううちに一番仲が良くなった妊友(にんとも)で、隣の席を確保してくれていた。


「ありがとう。助かったわ。バスがなかなか来なくて遅刻しそうで焦っちゃった」


「大変だったわね。でも、遅刻しそうになったとしても走ったらダメよ。転んだら大変なことになるんだから」


「うん、わかってる。おなかの赤ちゃんが最優先だからね。大丈夫」


 2人はせり出してきた互いの大きなお腹を見つめ合って笑みを浮かべた。


「今日は講義や妊婦体操だけではなくて、分娩時の呼吸方法や人形を使った沐浴実習があるからちゃんと勉強しなくちゃね」


「それと、先輩ママの体験談を聞いて質問もできるらしいから楽しみよね」


 2人はバッグから手帳とボールペンを取り出して臨戦態勢に入った。



 講師が壇上に上がった。

 ベテランの助産師だった。

 話がとても上手く、経験に基づくウイットに富んだ話術に考子は引き込まれていった。


 講義が終わると妊婦体操が始まった。

 安産エクササイズだった。

 考子は自宅で毎日やっているので難なくこなすことができた。


 それが終わると、沐浴(もくよく)実習の時間になった。

 ベビーバスにぬるま湯を入れて、そこに沐浴剤を溶かし、実物大の赤ちゃん人形を使って沐浴させるのだ。


 沐浴剤メーカーの女性担当者が壇上で見本を見せてくれたあと、「どなたかやってみたい方いらっしゃいますか?」と呼びかけがあった。

 見ていると簡単そうだったので自分にもできそうだと思った考子は、少し恥ずかしかったが手を上げて初めての沐浴体験に臨んだ。


 しかし、簡単ではなかった。

 実際やってみると見ているよりも難しかった。

 人形が結構大きくて重くて片手で支えるのが大変だった。

 それにガーゼで体を洗っている時、洗う方に気が取られて大変な失敗をしてしまった。


「あらあら、赤ちゃんのお口がお湯の中に入っていますよ」


 近くで見ていた助産師さんの声に驚いて見てみると、口も鼻もお湯の中に潜っていた。


 ワッ⁉


 考子は慌てて人形を引き上げたが、勢い余って助産師さんにお湯をかけてしまった。


 真っ赤な顔になった考子は何度も頭を下げて謝り、おどおどとメーカーの女性に人形を返した。



「もう、最低!」


 席に戻っても落ち込み続けている考子の肩に優梨恵が優しく手を置いた。


「初めてなんだから仕方ないわよ。それに、一度失敗したら同じ間違いをしなくなるから、今日失敗して良かったのよ。失敗は成功の母って言うからね」


「ありがとう」


 慰めの言葉で気を取り直した考子は、自分の子の時は絶対に失敗しないと気を引き締めた。


 そうこうするうちに壇上に3人の女性が現れ、用意された椅子に腰かけた。

 先輩ママの座談会が始まるのだ。


 司会者が「1年ほど前に出産を経験された方ばかりです」と告げたあと、一人一人が紹介された。

 年齢はそれぞれ、28歳、34歳、41歳ということだった。

 幅広い年代の出席者に対応しようとする主催者側の配慮が感じられた。


 高齢出産で帝王切開を経験した41歳のママがその時のことを話し始めた。

 麻酔がかかっていたので出産自体は痛くなかったが、麻酔が切れたあとの痛みは半端なかったと身振り手振りで説明した。

 同年代と思われる参加者たちが首と目を突き出して聞き入っていた。


 34歳のママは陣痛と破水についての体験を披露した。

 病院に向かう車の中で破水し、羊水が大量に流れ出て大変だったし、とても不安だったことを顔をしかめて臨場感たっぷりに話した。

 その光景を思い浮かべた参加者は同じように顔をしかめていた。


 28歳のママは母乳の出が悪くてすごく苦労したことを胸に手を当てて話した。

 その上で、自分でできる授乳のためのエクササイズや乳頭マッサージ、更には、母乳相談室のことを教えてくれた。


 対談の最後に3人が異口同音に話していたのが「一人で悩まない」ということだった。

 医師や助産師などの専門家に早めに相談することが大事だと口を揃えていたのが印象的だった。


「あなたには産婦人科医のご主人がいるからいいわね」


 優梨恵が羨ましそうに呟いた。


 そうでもないのよと小さく手を振ったが、今日の話を聞いて改めて新の存在に意を強くした考子だった。



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