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偵察魂(2)

 

 次の日、夕食を終えた考子と新は胎教を兼ねたクラシック音楽を聴きながら雑誌を読んでいた。

 考子は育児情報誌で、新は新聞社が発行する週刊誌だった。


「ベトナム戦争超えか……」


 新が深刻そうな声を発した。

 視線の先には新型コロナによるアメリカの死者数がベトナム戦争時の死者数を上回ったと書かれた記事があった。

 その数はなんと6万人近くになっているという。

 しかし、そんな緊迫した状況なのに大統領は責任転嫁を繰り返していた。

 初動対応の遅れを批判されたことに対して専門家のせいにする発言をしたのだ。

「彼らが読み違えた。私はこんなに深刻になるとは思っていなかった」と。

 こういう状況に至ってもマスクをしない大統領の表情には真剣に対応するという覚悟は見えなかった。


 新は首を振りながらベトナム戦争について記述されている箇所を読んだ。

 無謀な戦争によってアメリカの多くの若者が非業の死を遂げたと書かれてあった。

 それだけでなく、死を免れて帰国した若者たちも心の傷を抱えて何年も何十年も苦しむことになったという。

 アメリカにとってベトナム戦争はなんの価値ももたらさず、大きな代償だけを支払う結果となったのだ。

 それは悪夢としか言いようがないものだったが、戦争から45年経った今、再び悪夢に襲われている。

 ウイルスによる殺戮だ。

 それは為政者の無知と無策によって拡大されている。

 死ななくてもよかった人たちが次々に亡くなっているのだ。


 本来なら国民に正しい情報を与え、正しい行動様式を示していれば救われた命だった。

 大統領自らが進んでマスクをし、模範を示していればこれほどの感染拡大は起こらなかったのだ。

 しかもこの戦いはまだ始まったばかりだった。

 これからどのくらい続くのか先が見えない中で6万人が死んでいるのだ。


「10万人、いや、20万人を超えるかもしれない。そうなると……」


 空恐ろしくなった新がそのページを閉じると、頭の中にある言葉が浮かんできた。

『アメリカがクシャミをすると日本は風邪をひく』


 日本でも同じようなことが起こるのだろうか? 


 もしそんなことになれば大変なことになる。

 新には医療体制が崩壊する姿が一瞬見えたような気がした。


 しかし、すぐに大きく頭を振った。

 そんなことにはならないというように。

 少なくとも日本の政治家はみんなマスクをしているし、日本人の多くは外出時にマスクをしている。

 だからアメリカのようにはならないと思ったのだ。


 それでも心配は消えなかった。

 4月16日に対象を全国に拡大した緊急事態宣言はいまだ解除されていなかったし、ワクチンも治療薬もまだ存在しない。

 だから、日々多くの患者と接している医療者である自分の感染リスクは甚だ高いと思わざるを得なかった。


 そのため診察に当たっては今まで以上に万全の状態で臨まなければいけないと強く思った。

 さもないと病院内でクラスターを発生させる可能性があるし、自宅に帰って妊娠中の妻にうつしてしまう危険性があるのだ。


 そうなったらとんでもないことになる。


 新は改めて慎重な行動を自らに課した。



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