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偵察魂(2)

 

 次の日の夕食後、考子は気になっていたことを新にぶつけた。


「大丈夫?」


「何が?」


「何がって……、なんていうか……、その~、あれよ、あれ」


「あれって?」


「つまり、その~、あの~、最近求めてこないから……」


 アッ、というような表情になった新は思わず吹き出しそうになった。


「あ、違うのよ。別にしたいっていうわけじゃないんだけど、あの~、あなたが我慢しているんじゃないかなって思って」


 考子の顔は真っ赤になっていた。


「じゃあ、襲っちゃおうかな」


 にやけた顔をした新がガォ~と叫んで、考子に飛びつくふりをした。


「もう~、心配しているのに茶化さないでよ」


 考子が膨れたふりをして背を向けると、「ごめん、ごめん」と新が後ろから抱きしめて首筋にキスをした。


「こっち向いて」


 考子がそのままの姿勢で新の方に首を傾けると、首を突き出すようにしてキスをした。


「機嫌治った?」


 考子の体をくるんと180度回して正面から抱きしめた。

 そして、たっぷり時間をかけてキスをしたあと、真面目な顔になって考子の目を直視した。それは産婦人科医の顔だった。


「本当は君と毎日セックスしたいけど、妊娠の初期は子宮が収縮して出血しやすい時期でもあるからセックスは控えた方がいいと思うんだ。切迫流産なんてことになったら大変だからね。安定するまでは、というか、妊娠中は我慢することに決めたんだ。それにセックスしなくったって、君を抱きしめたり、キスしたり、ペッティングできればそれで十分幸せだからね」


 それを聞いて、考子は泣きそうになった。

 嬉しくて体の芯がジンと熱くなった。


 あ~、なんて素敵な夫なのだろう。


 考子はメロメロになって新の首に両腕を回した。


「ありがとう。あなたと結婚出来て幸せ」


「僕こそ幸せだよ。世界一幸せ」


 2人は時を忘れてキスを交わし続けた。


        *


 幸せいっぱいの新と考子だったが、夜9時からのニュース番組を見ている時、突然表情が険しくなった。

 視線の先には中国の地図が映っていた。

 その中にプロットされていたのが武漢(ぶかん)だった。


 アナウンサーが未知のウイルスについて伝え始めた。

 日本各地で感染が確認されているという。

 2人はそのニュースを食い入るように見つめた。


 当初は日本で感染が広がる可能性は少ないと思われていた未知のウイルスだったが、1月16日に神奈川県で初めての感染者が確認されたあと、24日、25日と連続して東京都でも確認され、更に26日には愛知県でも確認された。


 その後、28日に北海道と奈良県で、29日には大阪府で、30日には千葉県でも確認されて、全国の感染者数は二桁に乗った。

 SARSの時とはまったく違う様相を呈していた。


「ちょっとやばいかもしれないな」


 新の顔が歪んだ。


「やばいって……」


 不安な声を出した考子が新の言葉を待った。


「実は昨年の12月にね、」


 新が口にした内容は衝撃的だった。

 それは、武漢市の医師から発せられた警告に関することだった。

 警告を発した医師は眼科医で、SARSに似た7人の症例に気づいた彼はすぐにSNSで同僚の医師に情報と警告を発信した。

 大流行が起きている可能性が高いから感染を防ぐための防護服着用が必要だと訴えたのだ。

 しかし、それを目にした警察は彼の言うことを虚偽だと決めつけ、このような違法行為を続ければ裁かれることになると脅した。

 そのため、貴重な情報が医療関係者に共有される機会が奪われてしまった。


「未知のウイルスが中国で広がっている可能性が高いと思う。日本でも時間の問題かもしれない」


「そうなの?」


 考子は思わずお腹に手をやった。

 妊娠している自分が感染したらと思うと不安が津波のように押し寄せてきた。


「妊婦が感染したらどうなるの?」


「わからない」


 新は力なく首を横に振った。


「まだこのウイルスのことがよくわかっていないから、妊婦に関する影響についてもなんの情報もないんだ。だから、かからないように十分注意しなければいけないということしか言えない」


 顔を曇らせたが、すぐに思い直したように、同じウイルス疾患であるインフルエンザと妊婦について語り始めた。


「インフルエンザの場合は妊娠しているからといって感染しやすいということはないんだけど、一度かかると心肺機能や免疫機能に変化を起こして重症化しやすいことがわかっているんだ。でも君は予防接種を済ませているし、外出する時はマスクをしているから、油断さえしなければそんなに心配することはないと思うよ」


 考子はその説明を聞いてちょっとほっとしたが、今聞いたのはインフルエンザであって未知のウイルスのことではないことに一抹の不安を覚えた。


「インフルエンザのことはわかったけど、今度のウイルスに対してはどうすればいいの?」


 新はまた頭を振った。


「さっきも言ったけどまだ情報がほとんどないんだ。だからなんとも言えない。それにワクチンも治療薬もまだないから、徹底的に予防をするしかないと思うよ。外出する時はマスクをする。混雑した場所へは近寄らない。咳やくしゃみをしている人には近づかない。家に帰った時は手洗いとうがいを励行(れいこう)する。睡眠と休息を十分にとって健康状態を維持する。そんなところかな」


「わかったわ。今日からそれを徹底するわ。でも未知のウイルスのことで何かわかったらすぐに教えてね」


「わかってる。真っ先に教えるよ」



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