表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/71

偵察魂(2)

 

 誰も知らないはるか昔、ビッグバンによって宇宙が誕生しました。


 そして、約135億年前には銀河が存在していたようです。


 それから80億年以上の時を経て、約46億年前に太陽が誕生しました。


 その成り立ちは宇宙に漂うガスや塵でした。

 それが集まって徐々に密度が高くなり、それが分子雲になり、自らの重力で収縮して原始星になり、外側にあるガスや塵を取り込んで高密度化し、遂には核融合反応をするようになったのです。


 そして1千万度以上の高温になり、明るく輝き始めました。

 太陽という恒星が出現したのです。


 生まれたばかりの太陽はガスや塵で出来た円盤に囲まれていたと考えられています。

 その塵が集まって数キロメートル程度の微惑星が誕生し、その微惑星同士が衝突・合体を繰り返して原始惑星となりました。


 更に、原始惑星同士が衝突・合体を繰り返し、遂には惑星になりました。


 そして、1千万年くらいかけて太陽系が出来上がりました。


「ねえ、135億年前とか46億年前とか具体的な数字を君は言ってたけど、どうしてそんなことがわかるんだい?」


 その質問を待ってましたとばかりに考子は自慢げに説明を始めた。


「天体観測と隕石分析でわかるのよ」


「ふ~ん」


「世界中の宇宙研究者たちが世界各地の高性能な天体望遠鏡を使って宇宙最古の光を観測しているの。その研究から東京大学宇宙線研究所などのチームが年老いた銀河を発見したの」


「年老いた銀河?」


「そう。それは既に星を作らなくなった銀河のことをいうのよ。観測データを分析した結果、銀河の誕生が135億年ほど前と推測されたの。もちろん推測なので断定はできないから、彼らは更に精度の高いデータを取得しようとしているの。2021年にNASAが打ち上げる予定の次世代宇宙望遠鏡で観測して、宇宙最初期の星形成の全容を解明したいと意気込んでいるの」


「ふ~ん、凄いね。日本人研究者も頑張っているじゃないか。なんか嬉しくなってきたな」


 新は顔を綻ばせた。


「ところで隕石の分析って何を調べるの?」


「ウランよ。ウランの壊変を調べるの」


「かいへん? 何それ?」


「原子核が不安定な状態から放射線を出して別の原子核に変わったり安定な状態の原子核に変わる現象なんだけど、それによってウランの半減期がわかるの。半減期とは半数の個体が壊れることよ。で、ね、隕石の中には太陽から放出されたウランなどが含まれていて、その半減期を調べることによって太陽の誕生時期がわかるの。具体的に言うとね、ウラン238という放射性物質があって、それが安定した状態の鉛206に変わるまでには45億年かかるのがわかっていて、それを基に推測したのよ」


「ふ~ん」


 よくわからないけど、まっいいか、というような顔をした新に、「この続きはまた明日にしましょう」と考子が微笑んだ。


        *


「おはよう」


 目覚めた時、新の声がしたので手を伸ばしたが、そこに彼はいなかった。

 ベッドサイドの椅子に腰かけて本を読んでいた。


「何を読んでいるの?」


 新は表紙を考子に向けた。

『太陽系の神秘』という本だった。

 考子の蔵書であるその本を朝から熱心に読んでいたのだ。


「君の話についていきたいからね」


 新は軽くウインクをした。

 そして、「食事の用意ができているよ」とダイニングの方に顎を向けた。


「まあ~♡」


 考子は上半身を起こした。

 すると、「そのまま、そのまま」と言って新の両手が伸びてきた。

 考子がキョトンとしていると、左手で上半身を、右手で下半身を同時に持って抱き上げられた。


 えっ、これって、お姫様抱っこ? 


 考子は思わず両手を新の首に回した。

 すると、「愛してるよ」と新が考子のおでこにキスをした。

 幸せな気分になった考子が「もっと♡」と甘えたような声を出すと、新の唇が考子の唇を覆った。

 考子は幸せ過ぎてとろけそうになった。


 テーブルの上にはクロワッサンと一口サイズに切ったバナナが別々の皿に盛られていた。

 そして、2つのコップには牛乳が並々と注がれていた。


 台所に立った新は「すぐにできるからね」と言って、フライパンに卵を2つ割った。

 そして、「目玉焼きを半分こでいい?」と言ったが、考子の同意は求めなかった。

 冷蔵庫の中の卵は2つしか残っていなかったのだ。


 焼き加減は考子の好みに仕上がっていた。

 黄身が固すぎず柔らかすぎずトロっとして口の中に広がった。

 その瞬間、顔が恵比寿さんになった。


 食べ終わったあと新が皿を片付けて、コーヒーメーカーにカプセルを入れた。

 そして、「外は寒そうだから、今日は一日家でのんびりしようよ」と言って、一体型オーディオコンポにCDをセットした。


 曲が流れてきた。

 考子の大好きな曲『KARI』だった。

 アメリカのジャズピアニスト『ボブ・ジェームス』とジャズギタリスト『アール・クルー』が共演した素敵なアルバムの1曲目。


 ミステリアスなイントロからナイロンギターが奏でるメインメロディーになり、エレキピアノの軽やかな音に繋がっていく。

 たおやかに穏やかに包み込むように流れるメロディーとリズムに考子が身を委ねていると、カプチーノが運ばれてきた。

 考子は香りを楽しんだあとで口に含んだ。


 ん~、この音楽にピッタリ♡


 考子はまた恵比須さん顔になった。


「40年前の録音とは思えないよね」


 新が感心した様子でアルバムジャケットを見た。

 元々の録音が素晴らしい上に、新しい技術でリマスタリングされ、更に音が良くなっている。

 その上、世界的スピーカーメーカーが開発した一体型オーディオだけあって、低音から高音まで全域でクリアな音が再生されている。

 更に、独特のシステムによる臨場感が半端ない。


「賞を獲っただけあって素晴らしい曲ばかりだしね」


 2人はしばらくグラミー賞受賞アルバム『ONE ONONE』の調べに身を委ねた。


        *


 アルバムを聞き終わったあと、着替えを済ませた考子はソファに座ったが、落ち着かなかった。

 昨夜の続きが話したくてうずうずしていたのだ。


「いつでも伺いますよ」


『太陽系の神秘』を膝に置いた新がにこやかに微笑んだ。


「では、お言葉に甘えて」


 考子が居ずまいを正した。


 太陽系の微惑星が衝突・合体を繰り返して原始の地球が出来上がりました。

 それが46億年前のことです。

 原始の地球は今の半分くらいの大きさでしたが、そこに次々と微惑星が衝突してきました。

 そのエネルギーは凄まじく、地表が高温になってドロドロに溶けたマグマの海が出来上がりました。

 この時、鉄やニッケルなどの重い物質は地球の中心へと沈んでいき、それが核になりました。

 そして、軽い物質はマントルや地殻になったと考えられています。


 その後、衝突する微惑星が減っていきました。

 すると地球の表面は冷えていき、地表が出来上がりました。

 それと共に大気中に存在していた水蒸気が雨となって降り注ぎ、それが海になりました。

 海ができたのは約44億年前と考えられています。


 しかし、海ができたからといってすぐに生命は誕生しませんでした。

 その後も微惑星の衝突が続いたからです。

 そのエネルギーによって海の水は何度も蒸発したと考えられています。

 やっと安定的に海が存在できるようになったのは約38億年前になってからです。


「そこから生命誕生へと繋がっていくんだよね」


「そうなの。熱水噴出孔がある場所で最初の生命が誕生したことはこの前話したわよね」


 新は頷き、「単細胞の微生物だったよね」と答えた。


「ありがとう、覚えてくれていて」


 自分の話に興味を持って積極的に理解しようとする夫がたまらなく愛しくなった。

 だから抱きつきたくなったが、ぐっと我慢して話を続けた。


「単細胞の生物は核を持っていない原始的な形をしていたの。そして、酸素がなくても生きていくことができたの。でもね、海の中で取り込める有機物には限界があって、自分で栄養を作り出す必要に迫られたの」


「それって光合成?」


「ピンポン。あなたって凄~い」


 考子がキッスを投げると、新は口をすぼめて受け取った。

 それに気を良くした考子は更に熱を込めて話を続けた。


「シアノバクテリアという光合成をするバクテリアが単細胞生物の中に入り込んで、それが葉緑素になって光合成を始めたの。その中から藻類が現れて更に光合成が進んで、そこで生み出された酸素が海中に蓄えられていったの。海の中に酸素が増えてくると、それを利用して呼吸する微生物も誕生したの。海の中に多様性が生まれたのよ」


 単細胞生物は当初、核膜がなくDNA分子が裸のままになっている原核生物だけでしたが、その後、核膜を持つ真核生物が現れ、更に長い年月をかけて多様な進化を遂げていきました。

 そして、遂に多細胞生物が生まれることになったのです。

 その進化の過程には20億年以上という長い年月が要されたと考えられています。


「ところで、陸上では生命は誕生しなかったの?」


「そう、陸上では無理だったの。強い紫外線が立ちはだかっていたから」


「そうか、紫外線か~、なるほどね。強い紫外線は生物のDNAを破壊してしまうから生きていけないんだよね」


 納得顔で新が頷いた。


「そうなの。陸上で生物が生きていくためには紫外線対策が必要だったの」


「確かに。その頃、UV化粧品はないしね」


 新は化粧品会社のコマーシャルを頭に浮かべていた。


「水着の女性のことを考えていたでしょ」


 頭の中を見透かされた新はドキッとしたが、〈そんなことないよ〉というふうにポーカーフェイスでとぼけた。


「UV化粧品はなかったけど、強い味方が生まれたの。なんだと思う?」


 いきなりふられた新は戸惑ったが、頭の中の水着女性を追い出して必死に考えた。


「オゾン層」


「そう、大正解」


 考子が、新の頭をイイ子イイ子するふりをした。


 海中の藻類が活発な光合成を行った結果、海中で飽和状態になった酸素は海面から大気中に放出され、徐々に酸素量が増えていきました。

 それがオゾンへと変わり、その後、長い時間をかけて上空にオゾン層が形成されました。

 生物にとって有害な紫外線が上空で吸収されるようになったのです。


「オゾン層といえば、オゾンホールが拡大しているという報告があったんじゃなかったっけ」


「そう、日本人の研究者が発見したのよ」


「えっ、日本人? 確か宇宙最古の光を観測したのも日本人だったよね。やるね、日本人も」


 新は我がことのように顔を綻ばせた。


「そうなのよ。気象庁の予報研究部に所属していた南極地域観測隊員が1982年に昭和基地でオゾン層の観測をしている時、南極上空のオゾン量が著しく減少していることを発見したの。それを国際会議で発表したのが世界初の南極オゾンホールの報告なの。オゾン層は太陽からの有害な紫外線を吸収して地上の生態系を保護すると共に成層圏の空気を温める効果があるから、生物や気候に大きな影響を及ぼすことがわかっていて、当時大変な反響があったらしいの」


「それって、確かフロンが原因だったよね」


「そう、冷蔵庫や空調機に使われているフロンは夢のガスとも呼ばれて色々なものに使われていたの。そしてその多くが廃棄される時に空気中に放出されていたの。当時誰も有害だと思っていなかったのよ。でもね、アメリカの研究者がフロンによるオゾン層破壊の可能性を指摘して大騒ぎになったの。その後、国際的な議論が盛り上がって、1985年に『オゾン層保護のためのウィーン条約』が締結されたの。そして、1987年に『オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書』が採択されて、やっとフロンの規制が本格的に始まったの。現在は代替フロンが使われるようになっているけど、温室効果が高いことには変わりがないから、将来的にはノンフロンへの代替が必要と言われているわ。でも、ノンフロンの開発は緒に就いたばかりだし、オゾンホールの動向には注意が必要ね」


「そうだね。オゾン層が破壊されると皮膚がんの発生が増加すると言われているので心配だな。僕たちの子供の健康のためにも一日でも早く解決して欲しいね」


 新は不安そうな目で考子のお腹を見つめた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ