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プロローグ

 

『らんし』って、知ってる?


 乱視じゃないわよ、卵子。

 それが〈わたし〉なの。

 今ね、千倍の競争を勝ち抜いて排卵されたところなの。


 凄いでしょう。

 わたしは選び抜かれた特待生なの。


 それにね、とても貴重な存在なの。

 女性が生まれた時には100万個から200万個の卵母細胞(らんぼさいぼう)を持っているのだけど、一生に排卵する卵子は400個から500個しかないの。


 つまりね、0.04パーセントから0.025パーセントの確率で生き残った特別に貴重な存在なの。


 わかってくれた? 

 あっ、頷いてくれたわね。ありがとう。

 わたしってね、目に見える存在ではないからちゃんと知っている人って意外に少ないのよ。

 女の子は保健体育の時間に教わるんだけど、まともに理解している子って意外に少ないのよね。

 自分の体のことなのに真剣に聞いていないのよ。

 女の子でもその程度だから、男の子に至っては推して知るべしよね。


 でもね、これはとても大事なことなの。

 卵子のことをちゃんと理解していないと〈望まない妊娠〉に繋がってしまうの。

 そんなことになったら大変でしょ。

 だからちゃんと理解してね。

 それが女の子の体と心を守ることだからね。

 避妊もせずにセックスするなんて馬鹿なことはしちゃダメよ。

 パパ活というのが流行っているらしいけど、お金のためだけにおじさんとセックスしちゃダメよ。

「中出しさせてくれたらお小遣い弾むから」なんて言われて頷いたりしたらダメよ。

 あとで泣きを見るのがわかっているんだからね。

 ちょっと説教じみちゃったけど、老婆心ながら忠告させてもらったの。


 何? 

 老婆心は変だろうって? 

 …………、

 そうか、その通りね。

 わたしは排卵されたばかりで赤ちゃんにもなっていないんだから老婆心ってことはないわよね。

 卵子心と言い換えさせてもらうわ。

 それでいいかしら。


 ところでね、わたしって特別な卵子なのよ。

 それはさっき聞いたって? 

 そうじゃないの。

 一般的な卵子の話じゃないの。

 わたし限定の話なの。


 何が特別なのかって? 

 それはね、わたしに与えられた〈使命〉に関係があるの。


 どんな使命かって? 

 それはあとで教えてあげるわね。


 焦らすなって? 

 焦らしているわけではないわ。

 でもね、まだ言えないのよ。

 というか、わたしにもよくわかっていないの。

 だって、これから長い旅をして、

 何事もなく順調にいって、

 人間として生まれないと果たせない使命だから、

 具体的なことはその時にならないとわからないらしいの。

 でも、とっても大事な使命らしいから、そのことだけは覚えておいてね。


 では、自己紹介の続きをさせてもらうわね。

 大きさはね、直径0.03ミリくらいかな。

 ちっちゃいでしょう。

 頼りなさそうに見えるでしょう。

 でもね、一人じゃないのよ。

 いくつもの細胞がわたしを取り囲んでいるの。

 そして、その状態を卵胞(らんぽう)と呼ぶのよ。


 それでね、わたしは今、卵巣(らんそう)から卵管(らんかん)へ放出されたばかりなの。

 ほっとひと息つきたいけど、そういうわけにもいかないの。

 だってわたしの寿命は長くて24時間しかないから、その間に王子様と出会わなかったら人間にはなれないの。

 だからこれから必死になって王子様を探しに行くのよ。


 王子様は誰かって? 

 そのお方はね、精子様よ。

 はるか遠くからわたしを目がけて泳いでくるんだって。


 どんな殿方かしら? 

 ハンサムだったら嬉しいな、

 ってワクワクしている場合じゃないの。

 だって、早く出会わなかったらわたし死んじゃうからね。


 ところで、最終ゴール地点はどこだと思う? 

 それはね、子宮なの。

 そこまでの距離はかなり遠いのよ。

 だって、20センチメートルもあるんだから。


 えっ、何? 短いじゃないかって? 

 そんなことはないわよ。わたしの体は直径0.03ミリなのよ。

 つまりね、自分の体の6万6千倍以上の距離を旅しないといけないの。

 あなたの歩幅が1メートルなら6万6千メートルの旅になるのよ。

 東京からだとどこまで行けると思う?  

 わからない? 

 では、教えてあげるわ。

 小田原よ。

 神奈川県の小田原。

 かまぼこやおでんなんかが有名よね。

 そこへ行くのに新幹線でも34分くらいかかるのよ。

 それを乗り物を使わないで行くの。

 あなたは歩いていける? 

 行けないでしょう。

 わたしは新幹線も車も使わずに移動しなければいけないの。

 大変なのよ。

 わかったでしょう、わたしがどれほど長い旅をするのか。

 だからね、急がないと本当に大変なの。

 道草している時間はないの。


 理解してくれた? 

 頷いたわね。

 わかってくれてありがとう。

 では出発します。

 無事子宮に辿り着けるように見守っていてね。


 ところで、わたしのママとパパのこと知ってる? 

 思い切り首を横に振ったわね。

 そこまで強く振らなくてもいいんじゃない? 

 といっても、わたしも知らないんだから、あなたが知らないのは当然と言えば当然よね。


 それはそうと、ママとパパはどんな人たちかしら? 

 いい人だったらいいな、

 素敵な人だったらいいな、

 なんて思ったら、どんな人か知りたくなっちゃった。

 ちょっと見てみようかしら。


 今度は頷いたわね。

 ありがとう。

 では、早速観察を始めます。

 とはいっても、わたしはママのお腹の中にいるから2人を見ることができないの。

 だから、魂の一部を分離して体外に飛ばすことにしたの。


 そんなことができるのかって? 

 できるのよ。

 さっきも言ったでしょ、わたしは特別な卵子なんだって。

 わかった? 

 それでは、偵察魂(ていさつこん)を分離してママとパパの観察を始めます。



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