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地は破られて萌芽する

「風間、いい加減にしておけ…」

課長が溜め息混じりに呟いた。

「全国的な組織犯罪を洗うことで

手柄に繋げたい気持ちもわかる!

だが不必要な捜査を続ければ

戒告にもなりかねんのだから少しは抑えろ…」

「はい…申し訳ございませんでした………」

そういって課長に対して頭を下げる。

その胸中には自分の真の意図など

誰にもわかるまいという諦めによく似た絶望感と

見破られるような事がなくてよかったという安堵が

交互に去来していた。


由紀の死の真相を追って、

例の組織の記録を引っ掻き回しているが、

何も掴めぬままただいたずらに日々が過ぎていった。

普段はごく真面目に公務に取り組む姿勢が

功を奏したのかもしれないが、

隙を見ては証拠品に手をつけ

必要とあれば失敬する姿は

マトモな警察官の姿ではない。

実際、課長からの厳重注意を受けたのも

危険な試みが未遂の段階で尻尾を掴まれた事が

原因となって招かれたものだった。

もっとも、これまでに失敬した

資料の総量に比すれば、

よく厳重注意で済んだものだと思う程だったが。


それでも尚、自分は止める事ができなかった…

いや、止めるべきではなかった

と言うべきかもしれない…

自らの快楽に溺れ妹を殺した男より、

そんな奴を差し向けておきながら

今尚、娑婆で何の責任も感じる事なく

のうのうと生き続けている何者かの方が

腹に据えかねた。

必ずやそいつに正義の鉄槌を

下してやらなければという気持ちが

自分をここまで追い詰めたからだった。


寝食を忘れ、真実の点を打っては消していく

それらがいつか線になり、

一つの真実が絵画のように現れることを信じて

事実を精査していった。

もう少しだ……もう少しで…

そんな気持ちが薄暗い自室に展開された

事実の曼荼羅を広げるだけ広げては

それを小さくするために頭脳と時間を擦り減らす。

そんな生活が半年も続いたある日、

署内で突然意識を失った。


過労


ムリを通したツケだった。


「………」

「………」

緩やかな陽光が差し込む喫茶店の一角、

緊張感を漂わせながら2人の男が向かい合っていた。

しばらく言葉を交わす事なく、

カップに注がれたコーヒーの量だけが

時間の経過を教えていた。

「……翔くん、これから言う事は酷かもしれないけど

落ち着いて聞いてくれ…」

「………」

「警察官を辞めた方がいい……」

真地さんが申し訳なさそうな表情を浮かべながら、

目の前の青年に対して静かにそう言い放った。


「………」

「勝手な事をすまないと思っているが、

君の部屋に入ってみて思った事だ…」

「………」

「あの事件にこだわったままだと、

警察官はおろか1人の人間として

生きていくのも辛くなる。」

「………」

「だから……」

「わかってます…」

「…」

「正直僕も辛いです……だから…

……辞めます…警察を………」

「…………」

「…結局……僕は…真地さんのようには…

なれませんでした……」

「…いいや……私より立派だよ……

私よりも遥かに………」

陽光は橙に染まり、

店の隅まで行って光が迫っていた。

店員がブラインドを下ろし、

伸びゆく光の行く先を絶った。


その数週間の後、

退官し警察官の職責から解放されることとなった。

これで社会の闇に光を当て、

正義の名の下に悪を追及する必要はなくなり、

その代わりに自分の人生の意義について

深く考える余裕ができた。

それ故か、真地さんに深入りするなと言われた

妹殺しに向けられた探究心は

日を追うごとに暴走していった。



そして、事実と因果の曼荼羅は

我が手によって、

再び無秩序な迷宮と化し、

物証と不確かな証言の

間を漂い続けることで、

疲れをまた溜めるだけの

時間を与えるようになったのだった。


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