華は萎えて種を育む
全てを語り切った咲は遠くを見つめながら
一筋煙草の煙を吐き出した。
その目は穏やかで全てを悟り切ったような
雰囲気を漂わせている。
「……罰ってのは…当たるものね…」
火の燻る煙草を灰皿に擦り付けるながら呟いた。
その様を翔は何も言わずにただ見つめていた。
「…貴方の妹が殺された後、
夫どころかあれだけ愛していた息子にも見放された…
外に居るようなのと会ってたのがバレてね……」
どこか遠くを見つめていた咲の目が
ゆっくりと翔の方へと動く。
「どうしたの?……それで私を殺すんじゃ無いの?」
翔はフゥと息を吐くとゆっくりと背を向け、
歩き出そうとした。
「何故!私を見逃すつもりっ⁈」
大きな驚きと失望にも似た感情が
咲の声にある種のヒステリーを帯びさせる。
それを背中から浴びた翔は
足を止めたものの振り返る事無く、
大きく息を吐いた。
「………あぁ…」
そう呟くとまた足を
ゆっくりと前に進めた。
「待って‼︎今更良心の呵責なんて
言い出すんじゃ無いでしょうね!この復讐鬼‼︎」
今にも泣き出しそうなキィキィやかましい声で
咲はそう叫んだ。
「何とか言えよ‼︎‼︎」
そこで再び翔は足を止め、
最後に一言吐き捨てた。
「てめぇには…もうそんな価値もねぇんだ、クズ…」
そして、再び店の出入口を目指して
遠のいていこうとする背中に
咲は啜り泣きを聞かせ始めた。
それは生命が助かったことへの
安堵の涙というには
あまりに悲しく、
絶望と不安の涙というには
自嘲にも似た雰囲気を漂わせていた。
翔はそれに気にかけることも無く
扉のノブをしっかりと掴み、
外界の清純な空気を
薄暗い店内に吹き込ませる。
翔はただ一瞬を除いては
啜り泣く咲の姿を見る事も無く、
ノブを持ち替え店を発った。
終わった…
今頭にあるのはただその一念のみであった。
強烈な虚無を味わいながら、
欲望の街を進んでいく。
目的を失い流浪の身となったが、
自らの罪を精算し責任を果たすためには
まだ立ち止まるわけにはいかなかった。
無関心にすれ違う市中の人々は
自分にとって異質なモノに思えてくる。
自分だけが何処か別の世界から切り取られ、
この世界にただ配置されているだけの存在のように
感じられた。
足取りが次第に重みを増し、
緊張感が全身を蝕み始める。
逃げ出してしまおうか、
いや向き合わなくては
あの愚かしくて哀れな女と
同じ穴のムジナでは無いか、
退くべきか進むべきか
そんな迷いが視線を落とさせる。
そんな状況の中で視界に入ってきたのは
迷いなく前進を続ける自分の足だった。
そうだ、せねばならない事が残っているんだ
自分が逃げれば母さんへの贖罪はおろか
由紀の無念を晴らす事などできるわけがないのだ。
自分を励ましながら歩いた先に
白亜の壁に黒い門を構えた大きな建物が現れた。
神殿を思わせるような門構えには赤いランプと
「警察署」と読める金色の文字が輝いている。
自動ドアを超えた先、
蛍光灯がついているにしてはやや薄暗い室内を
カウンター目掛けて歩み出す。
「こんにちは、どうかなされましたか?」
受付に座っていた警察官が尋ねると
腕組むような状態で両肘をカウンターに付きながら
小さな声でこう答えた。
「……自首しに来ました」
へっ?と狐に摘まれたような顔を一瞬見せたので、
真剣な調子でもう一度伝えた。
「…拳銃の不法所持で自首しに来ました……
あと、風間翔の名前で暴行の被害届もある
かもしれません…」
まっすぐな眼差しで自らの罪を告白する男に
警察官の顔にも次第に緊張感が宿り始める。
俺はそれに追い打ちをかけるように
内ポケットを探って拳銃を取り出し、
銃口が自分の方を向くように
静かにカウンターの上に置き両手を上げた。
本当に拳銃が出てきた事で署内は一時騒然としたが、
俺が何かをしようとしている
わけではない事を感じ取ると
2人の男が左右をガッチリと固めて
俺を拘束した。