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枯れた華の残香が漂う

“ホープフルモンスター”、

“バイオベンチャー界、期待の新星”

様々な言葉で持て囃され、

更なる飛躍を期待された若き経営者にして、

咲とって最愛の夫、結城助


知識と熱意の他に何もなかった

若き日から成功を信じて走り続けた。

ある時は自分の持てる能力と時間を

彼のために費やし、

ある時は湧き上がる気持ちを押し殺して

彼の帰りを待ち続けた。

自分は彼の伴走者なんだ、

その自覚を強く持って

彼自身と共に信じる未来のために

耐えて耐えて耐え忍んできた。

その甲斐あってか

助の事業は拡大を続け、

業界内で知らぬ者の無いと称される程の

名声を得るに至った。


それに伴って助が咲の元に

帰ってくる事も少なくなっていった。

ただ、それでもよかった。

伴走者であることの強い自覚と

僅かであるからこそに得られた

彼との熱く溶け合うような

心の触れ合い

そして、それによって授かった小さな命が

寂しさを跳ね除ける

心の支えとなっていたからだ。

助がくれた深い愛情と

その結晶たる幸治郎に向ける愛情が

孤独を隠して幸せな日々を送らせてくれた。

そんな平穏が崩れ去ったのは

幸治郎が生まれて3年ほど経った頃だった。


最初は些細な違和感だった。

それは次第に拡大し、

疑念は現実として

残酷にも突きつけられた


助は不倫をしていた。

しかもその相手との間には子供がいた。


それまで疑うを知らず

忠実なる成功者の伴侶として

これまで尽くしてきた

咲にとって夫の行為は

許し難い裏切りであった。

即座に助を呼び出し問いただすと

潔く浮気を認めたので、

その事自体も咲の癇に障った。


こんなのが時代の寵児だと、ふざけるな!

私1人幸せにできない奴に経営なんぞ務まるか!

殺してやる!

こんなのサッサと捨てて、人生を取り返してやる!

様々な怒りが頭の中を駆け巡る。

破壊的あるいは破滅的な衝動が胸を焼く中で

ふとある名前が過ぎる。


幸治郎……


その瞬間、

胸を鷲掴みにし千切れんばかりに揺さぶった激情が

嘘のようになりを顰めた。

まだ2歳になったばかりの我が子の名前…

それが感情の濁流を鎮めてしまった。

咲はその事に若干の驚きを感じながら

平謝りする夫にそっと手を差し伸べた。

助はその手をしっかりと掴んで立ち上がり、

咲の胸の中で大粒の涙をポロポロと流した。

咲も助の背中に腕を回し、

優しく背中を叩いてやった。

側から見れば慰めているようにも見えるが

背中を叩くリズムは機械的で

目には慈愛というより哀れみのような

感情が滲んでいた。


助のために人生を賭けた女は

もうここにはいなかった、

いたのは我が子に全霊を傾けるただ1人の母親だった。

彼女の生き甲斐は夫に尽くすことから

我が子をあらゆる困難から

護り遠ざけることへと変わった。

だからこそ、助を捨てるわけにはいかなかった、

幸治郎の幸せのためには必要なのだ。

浮気が確定的になってからの半年は

忌まわしい女“風間綾音”の気配を消し去らなければ、

平穏など一生訪れないという強迫観念に襲われた。

そんな精神状態の中で

私に1つの考えが生じた。

暗闇に栄える大繁華街、

その一角に巣食うクズ共に

綾音を脅し、2度と私達の前に

姿を現さないように仕向けさせたのだ。


夫が事業を円滑に動かすためには

度々そういった輩と

付き合わざるを得なかった事があったので

妻である私が連中の居場所を知っていたのだ。

色欲に汚れた夫の交際が

暴力に汚れた妻の交際を

呼び込んだことは

今になって考えてみると

皮肉もいいところだが、

当時はそんな事は微塵も

気にならなかったし、

クズと蔑んだ連中は

立派に仕事を果たしてきた。

あぁ、これで全て落ち着いた

自分のための幸福な人生を

息子と一緒に歩めるんだ、

そんな歓喜と解放感が

私の心に満ち、

明るい未来に期待が膨らんだ。

事実、それから10年程は

何の不安も感じる事なく、

些細な出来事にも幸せを感じられる

平和な家庭を築く事ができた。

同時に10年という時間は

再びそれと遭遇した時の

不安と恐怖を静かに醸成させていた。

息子の高校の入学式、

風間翔の名前を見た時、

それは遂に暴発した。


“風間翔”


その名前を忘れられるわけがなかった。

私の人生の全てを否定した男と

それに色目を使った卑しい女、

その間に産まれた忌み子の名前だった。

何故、こんなところに…という驚愕と

あの女…性懲りもなく私に付き纏いやがって

という怒り、

そして何より私の過ちに対する

報復なのではという恐怖が

頭の中を支配した。


どうすればいいのか、

と考えを巡らせ

一先ず思いついたのが

息子の学校生活の全てを

人を使ってでも監視する事だった。

いくら風間が憎く、

本当に彼女に報復の意志があるとしても

こちらから手を出せば、

何らかの制裁をこちらが受けるのは世の常だ。

ならば、向こうの出方を全て把握し、

攻撃や報復の意志を見せれば

行動の芽を潰せば良いという

考えから出た行動だった。

今にして思えば私の人生の分岐点は

ここにあったと言ってもいい。


幸治郎が1年生の間は実に平穏で

報復はおろかイジメの兆候すら見当たらなかった。

杞憂だっただろうかと思い始めた頃、

尾行させていた探偵から穏やかでない

報告がもたらされた。

幸治郎が風間の娘と男女の関係に発展していた

という内容だった。

夫の浮気を知ったその年に

風間が身籠っていた娘と

我が子が関係を持っているという事実に

気が動転した。

最愛の息子と殺してやりたい程に憎い女の娘

男と女の関係ともなれば

近縁となるだけでなく

同じ子種の兄妹の子が出来かねない。

それは恐れていたどんな報復よりも堪えた。


どうすれば…

その一念が頭に重くのしかかり、

何も手につかない日々が続いた。

我が身を滅ぼしかねない不安に支配されていると

思考は暗く深く沈んでいく。

手を打たなければという焦りも手伝って

私は余りにも愚かしく

それでいて強力な手段をもって、

彼らの愛を捻り潰す事にした。


極悪の巣食う夜の街、

2度と関わる事がないと思っていたはずの

モノ共に再び顔を出した。

ガキの恋時の邪魔をしろという仕事の依頼には

連中は殆呆れた様子だったが、

大金をチラつかせれば

アッサリと引き受ける節操の無さは

相変わらずだった。

幸治郎以外の男をけしかける、

脅迫で無理矢理別れさせる、

最悪強姦でもよかった、

どんな手を使ってでも

アレから息子を引き剥がしたかった。


その依頼から数日後、

その結果は朝まで外出していた我が子を迎えた

2時間程後になって知らされた。

風間由紀は殺された、

強姦されその最中に首を絞められて

窒息したというのが死因だった。

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