悪が華咲く時もある
夜が明けて眠りについた
ネオンの街
その一角にある酒場も
本来なら眠りにつくはずだが、
店内の薄暗い照明をつけたまま、
何人かの客人を迎え入れていた。
その客というのも
渇きを潤しにきたような手合いではなく
ガッチリとした体格に
よく手入れの行き届いたスーツを身に纏い、
その面持ちはあらゆる修羅場を乗り越えてきた自信と
他者を寄せ付けない厳しさを漂わせていた。
街中で見てもおよそ目を引くであろう
大きくがっしりとした体格を持った
6人の客人はよく訓練された海兵隊員のように
休めの姿勢を取って
ソファーに腰掛けたたった1人の
ご婦人に向き合っていた。
「何のために呼ばれたかわかる?」
ご婦人が静かに呟いた。
「……よく…存じております…」
前側に立っていた2人の内の
一方がゆっくりと口を開く。
「何…かしら?」
ご婦人が再び口を開く、
あくまで穏やかな口調を装っているが
明らかに怒りが混じっている。
「……あいつを消せって依頼の事ですかね?」
やや躊躇いがちに尋ねると
鋭い目線がその男に突き刺さり
問い返した。
「なんで、できてないの?」
「そ…それは…」
「テメェらがしょうもねぇチンピラ
しか寄越してえねぇからだろうがぁ‼︎あぁ‼︎」
「申し訳ありません‼︎」
「詫びるんだったら
さっさと奴の首取ってこいよ‼︎
私の事舐めてんだろ?なぁ⁈」
「そんな事はございません‼︎」
「だったらなんでぶち殺せてねぇんだよ、
なんであんな噂まで広がってんだよ‼︎
なぁ…なぁ⁈」
「………」
「ビビってんだか知らねぇけど
金もらってやってんだろ?
責任感持てよ、なぁ⁈」
ご婦人の口調は矢継ぎ早に言葉を継いで
責め立てるような形だったが、
ヒステリー特有の高音はなく、
一定の冷静さと余裕が感じられた。
「頭が下げれるんなら、
さっさとブチ殺してこい‼︎‼︎」
怒りに震えた叫び声が響いた直後、
この場に立つ7人以外の声が聞こえた。
「そのへんで勘弁しといてやれよ」
「誰だ‼︎」
店の勝手口からゆっくりと
歩き出す人影が見える。
「お客さん?…まだ店はやってないよ、
掃除に手間取っちゃってねぇ…」
「それは残念と言いたいとこだが、
生憎金を払いにきた訳じゃなくてね…」
「それなら清掃業者さんってどこかしら」
「イエスと言ってもいいかもしれが………
残念ながらノーだ‼︎」
そう言うと人影は上着を投げつけ、
男達の視界を暗ます。
掴み掛かろうとかなりの勢いで飛び出してくる
男達に耳に何かが弾けるような音が
4発飛び込む。
ダッダッダンダーン‼︎
「アァァ‼︎グゥゥゥゥ…」
2人の男が膝をつき、
足を庇う。
一方、ご婦人を除いた無傷の4人は
その男が手に持っている
強烈な音響を発したものを見て、
ギョッとした。
銃口から煙をなびかせる自動式拳銃が
男の右手に握られていたのである。
「動くな」
「お前、どこのもんじゃあ‼︎」
クックッと堪えたような笑いを浮かべながら
拳銃を掴んでいる男は答えた。
「なるほど、道理で俺1人満足に
殺せん訳だわなぁ」
「お前は‼︎」
「その通り…
あんたらが掃除しちまおうとしているゴミ…
風間翔だ‼︎」
「よくもまぁ…のこのこと出てきたものね…」
「妹の仇は討たせてもらうぞ!結城咲‼︎」
「あんたら…外しなさい」
「‼︎…本気ですか⁈」
「本気よ!早くしな‼︎」
やや躊躇いがちではあったが6人の男達は
静かに店の外へと出ていった。
「何しにきたかわかってるわよ…
さっさとそれで片をつけなさい…」
先ほどまで男達に放っていた
怒声とは打って変わって
静かで悟り切ったような口調で
言い放った。
「どうしたの?
仇とは言えお友達の母親を殺すのは
気が引けるかしら?」
「いや、そんなんじゃない」
「だったら何?」
「なぜ、由紀が死ななきゃならなかったんだ?
幸治郎のためか?自分のためか?」
「…両方よ」
「………」
「……下ろしなさい、
どうせ撃つ気ないんでしょ?」
「………」
その通りだ
少なくともお前の口から真実が
語られるまで息の根を止めるつもりは無い。
そう考えながら
ゆっくりと銃口を下ろし、
腰の辺りにつけた粗末なホルスターに
ゆっくりと差し込んだ。
体に寄りかかる鈍い重みを感じた後、
咲はゆっくりと口を開き始めた。
「……私の可愛い幸治郎と
あなたの可愛い由紀ちゃんはね…」
咲の視線がゆっくりと俺の方に向き、
静かに次の言葉を繋げた。
「腹違いの兄妹なのよ…」