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培った担当を外されるのは悲しい

 会社としての方針だった。オンプレミスで売ってきたシステムのクラウド化が決まった。販社の人材が不足し、メンテナンスが追いつかないこと、現行のビジネスモデルで利益を出すことも難しくなってきており、クラウド化することで課金による利益を得ることが上層部の判断で決定されたのだ。


 春も終盤にかかり梅の実が出回って来た頃。課会で方針を伝えたのは、暫く不在だった柴田部長だった。課長はまだ現地で雪隠詰めになっていた。全社的に、多くのオンプレミスシステムを、クラウドサービスへと移行しつつあったのは彼女も知っていた、いつか自分のプロジェクトにもトップダウンでその指示が来るだろうとも予想していた。ただ、それを永らく阻んでいたのが、広田が作成している部分だった。MSVCで作られているだけに、Windowsに特化してしまっている。しかしクラウド化する以上は、プラットフォームに多様性が求められるのだ。MSVCによって作成されたプログラムはむしろ悪夢のような存在だ。


 広田からの宿題もそれで消えるのだろうか、森は寂しいような、嬉しいような複雑な気分だった。


「森さんは、広田くんからの引き継ぎ要員だったね」柴田が、ふいに森に顔を向けた。


「そうです」森は部長から声を掛けられどきりとした。


「君には、今の担当から抜けてユーザーインタフェース周りの処理を対応してもらうことになる。当然広田くんの担当部分については方式を全く変えて移行する必要があるので、仕様面でのアドバイスをして欲しい」


 森は思わず反論しようとしたが、相手が部長とあっては、声も出なかった。心の奥底でこれは絶対ミスキャストだと思った。JAVAやJSPなら得意ではあるので、問題は無いだろう、しかし広田の後を引き継ぐとなると、自分以外に適任は居ない筈なのだ。


 そんな想いが、頭の中でしこりのように残り続け、会議の内容は耳で聞いてはいるが、全く記憶に残らなかった。あとで言わないと、絶対直訴しないと・・・という思いだけが思考の中でレベルをあげていた。


 そうこうしている会議は終わり、メンバーはこれから大変だぞとか、口々に不安を吐露しながら部屋から出て言ったが、森はじっと席に座ったままだった。部長は自らホワイトボード書いたシステムのアウトラインを消していた。ホワイトボードが綺麗になったところで、柴田は森に目を向けた。


「森さんは、何か言いたそうだね。」柴田は、笑みを浮かべて訊いた。森の言いたそうなことは承知している様子だ。


「広田さんの、プログラムの移行は私がやるべきではありませんか?」森は、やっと口に出した。


「まぁ、僕もそう思うのだけどね。」柴田は、椅子に座り直した。「生前の広田くんからの要望なんだよ」


「広田さんの?お見舞いに行かれたのですか?」


「いや、忙しくてそれはできなかったが、こっちに戻ってから直ぐに、彼の自宅に行ったら、奥さんから、私宛の手紙を渡されてね、君を古いプログラムに縛り付けるのは、忍びがたいので、是非とも最新の技術の場に投入してくれと書かれていたのさ」


「いえ、違うと思います。私、最期まで広田さんの宿題を解けなかったから、愛想を尽かされて、引き継ぎを任せられないと考えたのだと思います。」森はうつむいて言った。


「いや、広田くんの言う通りだと思うよ。あいつは、管理職になるのは嫌っていたが、人を見る目だけは鋭いものがあったからね」


「いえ、やっぱり違うと思います、広田さん優しかったから・・・」


「そんなに自分の能力を低くみないで、ここは広田の言う事を信じてやってくれ」柴田はそういうと、一枚の白い封筒を取り出して、彼女に差し出した。「君も読むといい」


森は、それを受けとり封筒の中で綺麗に折りたたまれた便箋を取り出した。すると同時に一枚の黄色い付箋紙がそこからぽろりと会議卓の上に落ちた。


「あら?」とそれを拾いあげると、それには「森に伝えること、Post」とだけ記述されていた。

 

「そんなのが入っていたのか?」柴田が、横からそれを見た。「なんだろうな?」と森の横顔を見るが、森も首を傾げていた。


「なんでしょうね?ポスト?郵便でも出そうとしたでしょうか?」


「まぁ、訊くべき相手は、空の上だしな」と柴田は、席を立った。そして、再度便箋を取り上げて、森に差し出した。「広田の意向を汲んでやってくれ」


「そうですね」と森は、付箋をポケットに仕舞い込むと、便箋を受け取った。「後で読みます」


「広田は、今回のクラウド化に向けては、君がキーマンになると言っていた。宜しくたのむ」柴田は、片手を揚げ一瞬森の肩をぽんと叩こうとしたが、上げた手の置き場に困ったかのように、静かにおろして会議室から出て行こうとした。


「広田さんと柴田部長は、仲が悪いと思ってましたけど、違ったのですね」ふと、森が言った。


「仕事が絡まなければ、奴とは話しが合ったのだけどね、奴にしてみればプログラムは芸術品のようなものさ、マニュアル不要な程に直感的な操作可能なユーザーインターフェース、それを実現するのに複雑さを極めることに躊躇はせず、しかしそれにも関わらずメンテナンスを容易にする構造、知識とセンスを融合し具現化したものが、美しいシステムだと言ってたよ。しかし、私はそういうことを極めるつもりはなかった。この会社の中で、地位を上げることが、一般的だと考えた。大事なのは、納期を守ることと、利益を生み出すことだ。システム作成は、仕様さえ守れれば必要充分なものだ。バグがあっても、発見されなければ、それはバグではないという現実な意見に、奴は不満たらたらだったからね」


 その見えないバグを指摘され、私は悩んでいるんです。森は心の中でそう答えた。


「私は、事業部会があるからもう行くからね」と柴田は部屋を出た。

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