笑顔の記憶
私にも、なんとなく分かる。二人の過ごした9年の重さ。
薄れて、ぼやけていく過去の記憶の中で、まだ鮮明に思い出せるものがありました。
名前は、思い出せません。細かいことも、分かりません。でも、彼の笑顔だけ、思い出せます。
この人、誰だったかなぁ?アンソニー様ほどじゃないけど、いい顔してるなあ。
私も17歳だし、恋人とかだったりするのかな?いやいや、片思い?
残念だけど、思い出せません。でも、思い出す笑顔、10歳くらいの男の子だから、きっと小さい時から知っている人なのでしょう。弟ってこともあるかな?
アンソニー様、マリア様も、10歳の時から二人の時を重ねて来ています。
まさか、聖女が召喚されるとは思わなかった。思いたくなかったという感じだったのでしょうね。
召喚されちゃって、ごめんなさい。
でも、私、どうしてこうなったのか、召喚された直前のことも、まったく思い出せません。
分かるのは、、もうこんな思いをする人を作っちゃいけないということ。
「アンソニー様、やりましょう!!」
私は、アンソニー様としっかり向き合いました。
「私の頭は、いまハッキリしています。お気づきでしょうけれど、私は過去の記憶をどんどん忘れ、この世界に馴染んでしまって、アンソニー様との結婚を当然のことと思い始めています。次のチャンスはないかもしれません。今のうちに行動させてください。」
「頭がはっきりって・・・君、自覚があったのかい?」
アンソニー様が驚いた顔をしました。
「ええ、時々、、、時々ふっと思い出すの。なぜここにいるのかなと。でもこのままだと、何の疑問も感じなくなって、マリア様の涙も、仕方がないことだと受け入れて、アンソニー様と結婚してしまいそう。」
「私のことなど、どうでもよいのです!」
マリア様が涙声で言いました。
「いいえ、マリア様。私、マリア様が好きです。幸せになってほしい、、、アンソニー様、時間がありません。私の意識があるうちに、お願いしたいことがあるのです!」
「僕も、君に話があるんだ。」
アンソニー様と私は、黙って頷き合いました。