◇8
「おっ! また味見係が増えたな!」
屈強な男が、がははと笑う。
コック服を着ていなければ、兵士だと思っただろう。
筋骨隆々の髭面の男だった。よく日に焼けて、サラサがいままでみた人間の中でいちばん背が高い。
短い髪の上にはなんだかサイズが合っていないコック帽が、ちょこんとかぶさっていた。
「はじめまして。今日からお世話になります」
「コック長のザロよ」
礼儀正しく見えるよう、深く礼をしたサラサに、シーラが男を紹介してくれる。
「よろしくな! いっぱい食ってデカくなれ!」
「サラサです」
「好きな食べ物は?」
「え、えっと、果物……?」
「よし、じゃあ明日の朝食のデザートはフルーツたっぷりにしてやる!」
「ザロなりの歓迎」
シーラがちょんとサラサの脇腹をつついた。
「ありがとう」
「いいってことよ」
「で、嬢ちゃんたちの目的はこれか?」
「わーい♡ さすがザロ、話がわかる男!」
シーラが丸太のような腕に抱きつく。
ザロが出したのは、見たことのない食材だった。
「これは何?」
「ん? お刺身よ」
サラサが聞くと、シーラがにこにこと答えた。
「オサシミ?」
聞いたことのない食材だ。
「生魚♡」
いたずらっぽく笑うシーラに、驚く。
「え、この国の人は生の魚を食べるの?!」
サラサは雑食だ。魚の生食に抵抗はないが、人間が食べているところは見たことがない。
しかも。一口サイズに切り揃えられた姿が。
「すごく、キレイだね」
「でしょう? 鱗も皮も内臓も骨もとってあるの! レフの故郷のお料理なのよ!」
「へぇ?」
ちらっとレフのほうをみたら、なんだか切なげに笑ったように見えた。狐は狐なのだけれど。
「すごくすごく遠いところよ」
と、レフは言う。
「さ、食べてみて! すごいでしょう、この新鮮さ! レフの転移術とプラシノの氷魔法と解毒魔法の賜物なのよ!」
なんだかすごく高級な食材なのではないだろうか。
「このショーユにつけてね。緑のはワサビよ、ピリッとするの。少しつけると美味しいわ」
何だか少し緊張しながら、いわれたとおりにして、一切れを口に運ぶ。
「ーー!」
丸のままの魚を齧るのとは全然違う。
歯応えは柔らかくトロリとして、口の中に溶けて消える。
ショーユの塩味と風味がさらに味わいを深め、爽やかなワサビが良いアクセントになっていてーー。
「お、美味しいです、すごく!」
「ふっふっふ。サラサもこの地のーースマラグドスの美食に胃袋を掴まれたな!」
プラシノが鼻高々に自慢する。
「うふふ。私たちの経営しているイザカヤでも食べられるからね。もう少し大きくなったらぜひ来てね」
と、レフが言う。
イザカヤとは飯屋のことだろうか。子供は入れない大人向けの。しかも経営者は琥珀狐……。
なんだかすごいところに来たものだ。
(世界は広いな)
そして、この地に逃げてきた自分の直感は誤ってはいなかった。
そう思いながら、サラサは赤いオサシミをもうひときれ口に含んだ。