◇5
大金貨を受け取り去っていく男を眺めて、シーラは毒づく。
「ふん。牢に入る覚悟もないくせに、ふっかけるんじゃないわよ」
「シーラ様。言葉づかいを穏やかに」
すかさず口を挟むエリアスに、にっこりとよそゆきの笑顔をむける。
「商談がまとまって何よりですわ♡」
そんなことより、と、シーラは翼竜に向き直った。
「怖がらせてごめんね。私はシーラ。あなたの名前を教えてくれる?」
「ーーい」
「ん?」
「怖がってなどいない」
大人びたトーンだけれど、その声色は子供のもののように聞こえた。たとえるなら、シーラと同じくらいの。
シーラは一礼をした。
「それは失礼をいたしました」
「名は……。故郷に、置いてきた」
「訳ありかしら」
「そんなところだな。ーーシーラ。我に名を」
「え? いいの?!」
翼竜は頭を持ち上げて、ふふんと笑った。
「君が、我を買ったのだろう?」
シーラも笑い返して、頷く。
「わかった。良い名前を考えるわ!」
「それと」
翼竜が、店舗の並ぶ通りの方を見て言った。
「我にも服をお願いできるかな? このままの姿では支障もあるだろう。人型になる。そうだな、シーラより少し大きいくらいのサイズで良い」
「エリアス、お願い」
「お守りは任せとけ」
「うん。保護者はプラシノと私で大丈夫よ」
「レフは見た感じペットだけどな」
「ほ・ご・しゃ・よ」
ふっと笑って、エリアスは一礼する。
「承知いたしました」
「これでいいかしら」
エリアスが調達してくれた服を、シーラが翼竜の前に運ぶ。
白いシャツと黒い長丈パンツ。それに肌着と、深青色のローブだった。
「ああ。ありがとう。ーー名は決まったか?」
「ええ! きっと気にいるわ」
「ではその名を呼び、我に触れてくれ」
シーラは宝物に触れるように、そっと翼竜の胸に手を触れた。おもったよりざらざらとして、そして温かい。
これは体温なのか、魔力の温かさなのか。
名をつけるーー初めて他者とつながりを作る責任に胸を昂らせながら、シーラは声高らかにその名を呼ぶ。
「ーーサラサ」
ふわりと風が吹いて、翼竜は髪の長い子供の姿になった。
(予想はしていたけど、は、はだかじゃないっ)
「ぶっ」
視界がもふもふで遮られる。レフがシーラの顔に覆いかぶさったのだ。
「保護者ですからねっ」
「もういいぞ」
プラシノが、サラサのまわりに視界遮断の結界を張ったようだ。
円柱状に、黒い結界。
簡易版、試着室。
「着替えたよ」
子供の姿になると、口調も変わるのだろうか。
さっきよりも砕けた物言いで、サラサは言った。
結界がとけてきえると、その場にいたのは美しい顔立ちの少年だった。
栗色の髪は腰までまっすぐのびている。
肌の色は白く、深青色の目とのコントラストが印象的だ。
「よろしく、シーラ」
「よろしく、サラサ!」
にっこりと微笑み返しながら、ママにどう報告しようかと、シーラの頭の中は大忙しだった。
ちょっと街に出たら翼竜を拾っちゃったなんて、その翼竜がこの子だなんて、さすがのママでも驚くかしら。
考えながら眺める先で、精霊であるプラシノと琥珀狐のレフが、楽しそうに言い合いをしていた。
「よし、サラサ! 今日から俺の弟子にしてやる」
「精霊と翼竜でどう師弟関係築くのよ」
「うるせぇな、こんなのはノリと気合いだ」
「ノリって言っちゃってるし」
(……そうだった。レフちゃんもプラちゃんも、ママが森で見つけたんだった)
血は争えないの一言で片付きそうだなと、シーラは雑に結論づけて、じゃれあう精霊と琥珀狐に困惑している翼竜のもとに駆け寄った。
「あたしもまーぜーてっ!」
もはや唯一の引率者となったエリアスは、この面倒な事態の責任の在処をどうロナルドに押し付けようか、思いを巡らせているのだった。